俊助vsレリーラvs悟
僕は真っ二つに裂けた海の底を走り続けた。どういう原理で海が真っ二つに裂けたのかは分からないが、僕の両側には海水の壁が聳えたっていた。海底は意外と浅く、二メートルから三メートルぐらいだろうか。深いところでも五メートルはないだろう。いくら自分がやっていることであっても海水の壁というのは、崩壊すれば溺れてしまうという恐怖感があった。。
その壁の間をコスプレした集団が走っているのは、傍から見えると非常に滑稽であろう。しかし、当人達は至って真面目なのだ。トップを行くのは最初に駈け出した夏姉。運動神経がいいので、疲れを見せずどんどん先を行く。
それに続くのが僕。袴という走りにくいものを穿いているのに、単独二位だ。そして陸上部の美緒だ。振り返るとカノンが猛追していて、他は団子状態だ。
あの団子状態の中に千草さんもいるようだ。あの千草さんがこんな馬鹿げたことに参加するとは思わなかったが、きっと友達と遊んでいるという感覚なのだろう。それにしても心配だ。今僕たちが走っている海底は地面の隆起が激しく、ごつごつとした岩も多い。千草さんが躓いてこけないか心配であった。
「シュンスケ!ぼさっとしていると追い抜くわよ!」
島へのラストスパート。緩やかなになった傾斜をカノンが猛スピードで追い抜いて行く。こ、こいつも、願い事があるのか?
「く、くそっ!」
姿こそ見えていないが、サリィもこの余興に参加しているはずだ。本当に願いが叶う、としてしまった以上、僕としても負けられないのだ。
「負けられんのだよ!」
僕は、最後の力を振り絞り全力疾走した。
島に上陸してしばらくは闇雲に走っていた僕だったが、ふと立ち止まった。
「どうやって山頂まで行くんだ?」
とりあえず上の方なのは間違いない。海岸から上へ向かう道を見つけたものの、この道が本当に山頂の一本松に続いているのだろうか。
冷静になれ、と自分に呼びかけ、周囲を確認する。木立の隙間から海が見えるので、それほど海岸から離れているわけではなさそうだが、基本的には山の中にいると言っていい。自分が辿った道程を思い返してみたが、分かれ道があったわけではない。海岸から見えたこの道を只管先に進んだだけなのだ。
「それにしては誰もいない……」
どう考えても皆この道を通るはずだ。それなのに、僕の周りにいる生き物と言えば、何かよく分からない虫ぐらいであった。
「ひとまず海岸まで戻ってみるか……」
先を急がなければならないのは間違いないが、だからと言ってこんな孤島で遭難するのも嫌だ。やはり冷静になって視界が広い場所に戻って様子を見よう。
僕が踵を返そうとすると、無人の孤島に相応しくない幼女が見えた。
「何や、兄ちゃんか」
とりあえず自分以外の誰かに会えてほっとした。しかし、こいつもライバルなんだよな。
「ま、そんなに警戒すんなや、兄ちゃん」
僕の警戒心を察知したのか、レリーラが屈託のない笑みを浮かべる。だが、この幼女の腹黒さを知っているだけに、その笑みが逆に恐ろしい。
「なぁ、兄ちゃん。ここはひとつ協力しようやないか」
「協力?」
「そうや。カノンはお頭が弱いから気がついとらんかもしれんが、オレには分かってるで。この茶番、兄ちゃんが仕組んだんやろ?」
突如として悪魔の顔に変わるレリーラ。や、やっぱり、こいつは油断ならない。
「な、何のことだ?」
「とぼけんでもええって。どうせ例の写真撮影が嫌で嫌で仕方ないんやろ?分かる分かる。こんな恥ずかしい格好、誰もしたくないもんなぁ」
兄ちゃんの気持ちよく分かるで、と何度も頷くレリーラ。
「それでや。兄ちゃんが優勝するように手助けしたる。その代わりやけど……」
にひにひ、と悪巧みをする小悪党のような笑い方をするレリーラ。様になっているから余計に恐ろしい。
「な、何が望みだ?」
「オレの晩飯、毎日肉にしてくれ。家計の問題があるかもしれんから、豚や鳥もOKや。ただ、メインは当然牛やで」
……。うん。レリーラが小悪党で助かった。もっと法外な望みを言われると思ったのだが。
「どや?お互いにとってええ話やと思うがな?」
確かにいい話に違いない。レリーラは、モキボがなくても魔法が使える。ある意味、優勝候補となり得る存在だ。最大のライバルと手を組むのだから、もはや向かうところ敵なしに違いない。晩飯が毎日肉というのは経済的に苦しくなるが、そのうち誤魔化して有耶無耶にできるだろう。
「よし、その話乗った」
「物分りのある兄ちゃんで助かったわ」
交渉成立や、と握手を求めるレリーラ。僕は少し屈んでがっちりとレリーラの手を握った。巫女服の男と幼稚園児の固い握手。全然絵にならないだろうな。
「ククッ、兄ちゃん単純や。土壇場で裏切ったるねん」
「ん?何か言ったか?」
「な、何でもない。さて、オレ達の一番のライバルはカノンや。あいつ、魔法は使えんけど、あの格闘スキルは半端ないからな。魔法使う前に背後回られたら、間違いなくやられる」
「運動神経だけでいえば、夏姉と美緒も油断ならない。それにサリィもおそらく参加している」
「何やて?そりゃ、ますます手を組んでおいて正解やな。ひとまず先へ進もうか」
「でも、この道であっているのかどうかが分からないんだ。だから一度海岸に戻ろうとしていたんだ」
「何や兄ちゃん、下調べしてへんのか?」
「う、うん……」
「ほんましゃーない兄ちゃんやな。ますますオレと手を組んでおいて正解やったな。安心せい。この道であっとる」
「根拠は?」
「女の勘!」
「やっぱり海岸に戻ろう」
「ま、待てや、兄ちゃん!」
海岸へ戻る坂を下ろうとすると、レリーラが袴の裾を掴んだ。や、やめろ。転ぶだろう。
「この道であっているよ。二人とも」
坂の上の方から声がした。『シスターヴァンパイア』のロッドに扮した悟さんだ。
「悟さん……」
「この道に限らず全ての道が山頂に通じているよ。小さい頃に両親のボートに乗ってよく遊びに来たからね。ここのことはよく知っているよ」
「どうしてわざわざ坂を下ってきたんですか?」
「君達の声が聞こえたからさ」
止まることなく僕達の方に歩み寄る悟さん。レリーラがさっと僕の背後に隠れた。幼女は明らかに警戒していた。
「さ、悟さんも例の願い事のことを信じているんですか?」
「さて、どうだろうね。結果として願い事が叶えばそれでよし。そうでなくてもこの騒動を楽しむというのも一興だと思ってね」
「悟さんの願いって?」
「おいおい俊助君。人に願い事を聞くなんて野暮なことはやめたまえ。ま、言わずとも分かっていると思うがね」
悟さんの視線は、僕の背後に集中していた。レリーラが、ひいっ、と小さな悲鳴を上げた。
「兄ちゃん、助けてくれや。オレ達、手を組んだんやから」
「ああ……分かっている。だから袴から手を離せ」
す、すまんな、と素直に袴から手を離すレリーラ。
「ほう、俊助君。僕に挑むのかね?僕が『スクールホイップ』を見て、みわわんが使う暗殺拳『虎狼暗黒砕岩拳』の使い手になったことを知らないのかい?」
両手両足を動かし奇妙なポーズを取る悟さん。はっきり言って怪しい踊りだ。レリーラが、魔力が吸い取られそうや、とうめいている。
「その前に悟さんって空手の有段者ですよね?」
「そのような俗世のつまらぬ称号など、我が暗殺拳の前では灰燼等しい。いざ!」
暗殺拳はともかくとして空手有段者と戦うのはつらい。
「し、仕方がない。奥の手を使うか……」
「そうや!兄ちゃんにはあの不思議な力があるんや!」
「すまん!レリーラ!」
僕は素早くレリーラの背後に回り、彼女を抱きかかえ迫る悟さんに対する盾にした。
「レ、レリーラちゃん!」
急に動きが緩慢になった悟さんが、僕から受け取るようにレリーラを抱きしめた。
「に、兄ちゃん!う、裏切ったな!」
「そっちこそ、土壇場で裏切ったるとか言っていただろう!ちゃんと聞こえているわ!」
「は、謀ったな!兄ちゃん!」
憤怒と怯えに滲ませたレリーラの叫び声が聞こえる。しかし、僕には尊い犠牲になった英霊の言霊にしか聞こえなかった。
「戦いに犠牲はつきものだ。レリーラ……お前の勇気は忘れないぞ」
「兄ちゃん!覚えとけよ!ってそんなところ触ったらあかん!は、犯罪や!警察に訴えるぞ!」
「ああああああ!レリーラちゃん!ま、まさか僕の望みが叶ってしまうなんて……!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!」
「さらば!レリーラ!」
僕は涙を拭って坂道を駆け上っていった。




