【第五幕】素晴らしき、最低の酒
※前話——王家の献上要求に、アイラは祖父の最上の樽を「これでも満足させられません」と警告した上で、無償で持たせて帰しました。半月後、王都からエリン使節団の評が届きます。
半月後、コナーの手紙が届いた。
封を切る手が、少しだけ重かった。……結果は、読む前から分かっていたから。
『王都の試飲の席に、従兄も同席した。ローワンデンの樽が開けられ、使節団の全員が口をつけた。評は、こうだ』
一行、空けてあった。商人なりの気遣いというやつだろう。
『「ローワンデンの職人たちに、最大の敬意を表する。素晴らしい古酒だ。――だが、この場において選定されるべき酒としては、最低の酒である」』
そうして使節団は、席を立ったという。
美酒さえ飲ませておけば良い、という王家の態度そのものへの大激怒だった。誓いの樽を失くした側が、誓いの代わりに「もっと美味い酒」を差し出してきた――これを侮辱と呼ばずして、何と呼ぼう。
『両国の間は、記念の年にも関わらず、この最近の中で最も冷えている。……嬢の樽に、罪はないのだがな』
手紙を畳んで、私はしばらく、熟成庫の梁を見上げていた。
想像していた通りの展開だった。想像していた通りに、なってほしくなかった。
祖父の詰めた樽が、「最低の酒」と呼ばれた。
樽は、何も悪くない。四十年、皆に愛されながら静かに眠っていただけだ。それが政争の卓に載せられ、外交の道具にされて、最大の敬意と最低の評とを、同じ晩に貰って帰ってくる。
……ごめんなさい。あなたを、あんな席に出して。
悲しいのは、評ではなかった。うちの樽まで、間違った答えの道具に使われてしまったことだった。
そして、三日後。
怒りを馬車に満載して、殿下が戻ってきた。
「貴様のせいだぞ、アイラ・グラント!!」
試飲室の扉が、蝶番ごと悲鳴を上げた。
「エリンとの関係が破綻しかけている! 貴様が寄越した、あの樽のせいで――」
「殿下」
私は、お茶を注ぐ手を止めなかった。
「わたくしは、大勢の方が見ている前で、確かに申し上げました。『この樽でも、エリンの使節団を満足させることはできないでしょう』と」
「ぐ……」
「そして殿下は、ご自身で試飲をなさった上で、あの樽をお選びになりました。……違いましたかしら?」
「…………っ」
殿下は、言葉に詰まった。護衛の騎士たちが、そっと視線を天井に逃がす。
「で、では……どうすればよかったと言うのだ」
首を刎ねられず会話になったことを心で少し安堵しつつ、私は口を開いた。
「最初から、申し上げていたはずですわ。――エリンの求める友好の樽を、取り戻すために全力を尽くすべきだったのです」
「取り戻す、だと?」
「エリンが求めているのは、極上の酒ではございません。四十年前、和議の場に立ち会った樽――両国の王が、お二人で酒をお詰めになった、あの樽そのものが必要だったのです」
「……っ、それを『若々しい』と蹴ったのは、向こうだぞ!」
「ですから、あれは偽物ですと、何度も申し上げております」
「そんなわけがあるか! 王家の熟成庫だぞ!」
「偽物です」
「そんなわけはない!」
堂々巡り。祈りにも似た「そんなわけはない」を、私がもう一度崩そうと息を吸った――そのときだった。
激しい馬蹄の音。転げるように試飲室へ駆け込んできたのは、泥だらけの伝令だった。
「し、失礼いたします! 殿下、火急の報せにございます! エリンより、王宮へ書簡が――」
「読め!」
伝令が、震える手で書面を開いた。
「『二人の王の樽を、エリンが保護した。鑑定のため――最高の鑑定人を要求する』……以上に、ございます!」
二人の王の、樽。
保護。
鑑定。
殿下が、伝令の胸ぐらを掴まん勢いで問うた。
「最高の鑑定人とは、誰のことだ!?」
伝令は、ごくりと唾を飲み込んでから――私の方を、見た。
「……先方は。アイラ・グラント嬢を、ご指名です」
お読みいただき、ありがとう存じます。
続きは明日の21時に樽出し予定ですわ。




