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【第四幕】最初からそうすればよかったんだ

※前話——エリンの使節団は、王家が出した偽の「四十年」を「実に、若々しい」と皮肉って式典に相応しい酒ではないと宣告しました。そんな中、谷の道を、アルビオン王家の紋章を掲げた馬車の列が上ってきます。

 馬車の列は、来客の列ではなかった。

 先頭の馬車に翻る紋章を見て、谷がしんと静まる。獅子と王冠――アルビオン王家の紋。

 王太子エドマンド殿下の、お成りである。

 ……追放を言い渡した御本人が、追放した女の家の敷居をまたぐ。世の中には、まだ驚くことが残っているらしい。

 応対は、蒸溜所の試飲室で。私の隣には父が黙って座った。アンガス・グラント男爵は口数こそ少ないが、体格が熊と樽の中間くらいあるので、座っているだけで大変な仕事をしてくれる。護衛の騎士たちが、父を見て、そっと剣帯の位置を直した。


 殿下は、椅子に着くなり本題に入った。

「単刀直入に言う。エリンの使節団が、式典に使う予定の酒に難癖をつけた。――若々しくて駄目だ、とな」

 難癖。

 その二文字を、私はひとまず聞かなかったことにした。

「仕方なく、彼らの満足しそうな同じ年の良い樽を探している。識者どもに『この年の酒で、どこの蒸溜所が良いか』と問うたところ、揃いも揃って同じ名を挙げよった。――ローワンデン、とな」

 父の眉が、ぴくりと動いた。不本意な流れではあるけど、誇っていいのよ、お父様。

「よって命じる。エリンとの記念すべき年に生まれた樽のうち、最も良いものを王家に献上せよ。……悪いようにはせん。さすれば、そなたの不名誉も、なかったことにしてやってもよい」

 名誉のお話は結構です、と喉まで出かかったが、飲み込んだ。先に、正さねばならないことがある。

「殿下。恐れながら――使節団は、味に文句をつけたのではございませんわ」

「……何?」

「『若々しい』は、酒の出来への評ではございません。四十年物として出された酒が、若い。つまり――これは偽物だ、本物はどこだ、という宣告ですの。御披露の席で殿下がお聞きになったあの一言は、そういう意味でございます」

 殿下の顔が、みるみる赤くなった。

「……お前は」

 低い声だった。

「お前はまだ、職を解かれたことを根に持っているのか! 事もあろうに、王家の慶事を偽物呼ばわりして台無しにしようなど――大人気ない女だ!」

 試飲室の空気が、びりっと鳴った。

 壁際に控えていた職人たちが、一斉に気色ばむ。半分は生まれた時からの谷の男たち。もう半分は――王立を追われて、この谷に流れてきた男たちだ。

 私は片手を、小さく上げた。

 それだけで、みんな踏みとどまってくれた。ありがとう。怒るのは、私の仕事ではないの。証明するのが、私の仕事。

「……失礼いたしました、殿下。では、先に味のお話をいたしましょう」

 私は席を立ち、熟成庫から酒を汲んで戻った。祖父が遺した、和議の年の樽。ローワンデンの誇る、最上の一樽だ。

 グラスに注ぎ、殿下に差し出す。

 琥珀が揺れて、香りが立った。

 完熟マンゴーの香り。熟した桃。そこへ、極上の葉巻を燻らせたような香りが静かに重なって、ひとつに調和している。四十年の歳月だけが編み上げられる、極上の味わい。

 殿下はひと口ふくんで、目を見開いた。ふた口目で、言葉を失った。

「……なんだ、これは」

「ローワンデンの、四十年でございます」

「素晴らしい……いや、素晴らしいなどという言葉では足りん。これだ。これを出せば、エリンの連中も必ず満足する! 言い値で買ってやる、寄越せ!」

「いいえ、殿下」

 私は、静かに首を横に振った。

「残念ながら――この樽でも、エリンの使節団を満足させることは、できないでしょう」

「……何だと?」

「できないと、申し上げました」

「っ、出し惜しみのために適当なことを抜かすな! 現に、この味ではないか!」

 ああ。

 届かない。この方には、まだ届かない。

 これでもエドマンド殿下は舌先の冴えと才もあり、知識と経験もご立派に体得されていらっしゃる。

 この樽がどれほど偉大なものであるのかも正確に理解していらっしゃる。

 だがこれは、そういう話ではないのだ。

 私は説得を、諦めた。

「……承知いたしました。では殿下、どうぞその樽をお持ちくださいませ」

「な……に?」

「使節団の方々が『これで良い』と仰ったなら――お代は、要りませんわ」

「…………ふん」

 殿下は、勝ったような顔をなさった。

「最初から、そうすればよかったのだ」

 行列が、最上の樽を荷台に載せて、谷を下っていく。

 見送りながら、私は胸の内で祖父に詫びた。ごめんなさい、お祖父様。あなたの樽を、間違いの証明に使います。……間違いは、証明されなければ、終わらないから。

 エリンが求めているのは、味ではない。歴史なのだ。

 亡き母の手料理を求めて泣く子に、極上の宮廷料理を振る舞ったとて――その舌先は満たせても、心までは満たせないのだ。

 どれほど美味くとも、あの樽は、「あの日の樽」ではないのだから。

お読みいただき、ありがとう存じます。

続きは明日の21時に樽出し予定ですわ。

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