095:義の一喝
家貴と戦っている成之と秀総は、もう持ち堪えるのに限界を迎えていた。
かなり粘った方ではあるが、家貴には2人かがりでも限界があるという事が分かった。なんなら家貴は、寛太との戦いにおいて深傷を負っているが、それでも敵わない。
成之たちが、もう無理だと思った瞬間、戦場に甲冑を着た秀蘭が姿を現したのである。
いきなりの登場に家貴すらも「殿!?」と声を出す。
「家貴ぁあああああ!!!!! 貴様、誰に刃を向けているのか、分かっているのかぁああああ!!!!!」
秀蘭の叫び声が戦場に響き渡った。
天好新書や他の歴史書にも秀蘭の声は大きかったが、それ以上に良く通る声だったと書かれている。
「我が主人、秀斗さまの名により! 秀蘭さまを討ち取らせて頂きまする!」
「貴様、正気か? この俺を討ち取って、タダで済むと思っているのか?」
「は! 秀斗さまを、ご当主に致す為、気持ち苦しいですが秀蘭さまには死んで頂きます!」
「ふっ! 笑わせるな。あんな奴が当主になったら、この仙道家は終わるぞ! アイツは太平の世こそ生きていけるが、乱世では生きては行けぬ男よ。それは貴様もわかっているはずでは無いのか!」
「そ それは……」
家貴は主君の為に。という理由で秀蘭を討ち取ろうとしている。が、そんな家貴に対して秀蘭は秀斗の才能の無さについて冷酷にも乱世を生き抜く事のできない人間であるとバッサリ切り捨てた。
事実を言ったまでだと言わんばかりに秀蘭は仁王立ち。
そして別に馬鹿では無い家貴に、自分も分かっているはずだと問いかけるように言った。
秀蘭の言葉に家貴は言葉を失う。
「お前も馬鹿では無いだろ。大軍を率いて勇猛に戦うお前は、良いとまではいかないが馬鹿では無いはず。そして何よりも、お前は義を重んずる武人。お前ならば、この戦いに大義が無い事など、とうに分かっているはずだ!」
義を重んずる家貴としては、確かに主君である秀斗の命令は絶対と言えるだろう。
しかしそれ以上に、最優先事項は仙道家の繁栄だ。
仙道家の繁栄を最優先事項とした場合。この戦いに大義が無いというのは、家貴も十二分に理解できている。
だからこそ、家貴は秀蘭の言葉に返す言葉が無い。
「引き下がれ! ここで引き下がるのならば、お前の今回の謀反を無かった事にする。悪いのは、お前に指示を出した主君・秀斗だ!」
「うぅ……」
完全に押されている家貴に対し、秀蘭は軍勢を引いて戦場から離脱するように指示をした。
元から家貴軍は味方同士の戦いという事もあって、士気は高いものでは無かった。それを家貴が先頭を切って戦っていたので、少しは上がったのだ。
しかし秀蘭の強い主張により、家貴の中で闘争心の火は完全に消えてしまう。これ以上は戦えないと思った家貴は歯を、ギギギッとさせてから口を開く。
「相分かりました。秀蘭さまの言う通りにございまする、直ちに軍勢を引かせて頂きます」
もう戦えないと思った家貴は、秀蘭に軍勢を直ちに引くという約束をして「引くぞ」と側近に言う。
側近も仕方あるまいと思って「は!」と頭を下げる。
約束した通りに家貴は、家貴軍の全軍に末森城への撤退を指示するのである。
みるみるうちに大軍が、ゾロゾロと引いていく。
アレだけ追い込まれた状況で、まさか家貴軍が引き下がるとは思っていなかった。
引いて行った敵軍を見た秀総は、秀蘭の方に駆け寄る。
そして深々と頭を下げて「さすがは殿!」と煽てた。
「そんな事は、どうだって良い! 元より我々の敵は、裏切った野林兄弟のみだ」
「は! 直ちに襲い掛かります!」
煽てられるほどの事を秀蘭はしたが、秀蘭の目には次の一手しか映っていなかった。
何より秀蘭の頭の中では、今回の戦いの敵は家貴でもなければ秀斗でも無い。この戦いの本当の敵は、自分の事を裏切った野林兄弟である。
野林兄弟を討ち取る為、また軍を編成し直すように秀総と成之に指示を飛ばした。
一方で野林兄弟は、どこで何をしているのか。
こんな状況ならば挟み撃ちして、秀蘭の首を上げるのが戦いの定石と言っても過言では無い。
しかしそんな中で野林兄弟は動いていない。
それは野林軍を率いる武将は兄の野林 剛であるが、剛は弟の透に突撃の指揮権を与えていた。
だから今、突撃していないのは透の指示というわけだ。
「透殿、動かれないのですか? このままでは、秀斗さまから急かされますぞ?」
「ははは!!! こんなところで焦っても仕方なかろう。秀蘭さまの軍は兵士こそ少ないが、その1人1人が猛者であるのは間違いない。ならば家貴殿の軍が、良いところまで敵兵を疲れさせたところで、頃合いを見て本陣を取る」
「そ そんな戦い方は、あまりしない方が……」
「はぁ? 俺たちは別に秀蘭さまと戦わなくなって良いんだぜ? 秀斗さまが戦って欲しいと頭を下げたから、俺たちは仕方なく加勢してるんだ」
秀蘭軍の力を認めた上で、そんな兵士たちと戦ったら人数で勝っていても自軍はタダでは済まない。
それなら家貴軍が、秀蘭軍を疲弊させたところで頃合いを見て本陣に突撃すると言うのだ。あまりにも姑息というべきか、良いところ取りをしようとしている。
秀斗の与力としてやって来た男は、そんな戦い方は侍の戦い方では無いと強く非難した。
すると透は嘲笑うように、手を貸しているのは自分たちだから「手を貸さなくて良いんだぞ?」という風に、相手を馬鹿にして大笑いしている。
そんな透のところに「報告! 報告!」と伝令が来た。
戦いが始まってから、それなりに時間が経っているので頃合いかと思ってヘラヘラしながら床几から立ち上がる。
立ち上がった透は頃合いが来たみたいだと、与力の方をフッと鼻で笑った。こんな事をされて普通ならば、手を出したくなるだろう。
しかし与力の男には、そんな事はできない。
グッと拳を握って耐えている男を横目に、透は「して、頃合いか?」と戦場の状況について聞いた。
「そ それが家貴軍……全軍、撤退にございます!」
「な なんだとぉ!? まさか家貴殿が討たれたのか!?」
「いえ! 家貴さまは傷は思っているものの命に別状は無いようです」
「ならば、どうして引き下がる! あの軍団があれば、手こずるとしても負ける事は無かろうが!」
手こずったとしても負けるわけないと思っていた透は、家貴軍の撤退を聞いて驚きを隠せない。
まさか討ち取られたのかと思ったが、どうやら生きてはいるらしいと聞いて、さらに透を困惑させた。
どういう事なのかと思っていると、新たな伝令が来る。
「報告します! 秀蘭軍、ここに向け全軍で進軍を開始したとの事にございます! 先導隊として櫻井大佐が率いる200の兵が、もう少しで到着するかと!」
「くそがぁ、こんなにも上手くいかないものか! 直ちに迎え撃つ支度をしろ! こうなったら、ここで俺が自ら秀蘭の首を取ってやる!」
秀蘭は家貴軍を退いたのを見てから透隊が待機している戦場に向かって進軍を開始したという。
これを聞いて透は床几を蹴り飛ばし、怒りを露わに。
怒っていても仕方ないので、透は迎え撃つ準備をするように指示を出した。




