096:文句なき当主
櫻井大佐が率いる200が先導隊として野林 透が率いる部隊と衝突。激しい戦いの末、櫻井大佐は右腕を落とされ討死しながらも透に手負させた。
傷が癒えぬうちに秀蘭軍の本隊が到着。
秀蘭と透の一騎討ちの末に、秀蘭が自ら総大将とも言える透を討ち取って戦いを終わらせた。
「殿っ! 見事な勝利にございまする!」
「いや、戦いはまだ終わっていない。まだやらなければいけない事が残されている!」
そう新大正橋の戦いには勝利したが、家貴軍と野林軍は末森城と上前津城に籠城した。
つまりまだ決着はついていないのだ。
このまま有耶無耶にしてしまっては、また挙兵されると秀蘭は考えている。
反乱の目は摘まなければいけない。
「これより進軍を続け、上前津城と末森城の城下を焼き払う! これは我ら官軍にのみ許された攻撃である!」
『おぉおおおお!!!!!』
秀蘭は手勢を引き連れ上前津城と末森城の城下町を、ことごとく焼き払った。
それでも秀斗らは籠城し徹底抗戦の姿勢をとった。
だが、この状況に痺れを切らした人間がいる。
それは秀蘭と秀斗の母親・花春である。
「もう兄弟で殺し合うなんて、止めてくれんかのぉ? 殿も居なくなって、もう私から何も奪わんでおくれ」
「そんな事を言われましても、ここで引き下がったとなれば武士の恥。引くわけにはいきませぬ……いや、そもそも兄上が許してくれるとは思えませぬ」
「それでもじゃ! ここは兄と手を取り合い仙道家を、繁栄に導いてくれんかのぉ」
花春は兄弟での殺し合いを止めて欲しいと頼んむ。
しかし秀斗が戦いにおいて、ここで諦めたら武士の恥であると理由を述べた上で、そもそもここで降伏をしても秀蘭が許してくれないだろうと言った。
花春は自分が仲立ちするからと秀斗を説得する。
母親の圧に負けて秀斗は降伏する事を決めた。
それを喜び花春は、直ちに自分の配下の人間を秀蘭の下へと使者として送ったのである。
「大方さまからの伝言にございます。此度の行いに対し、謝罪をした上で秀斗さまは末森城に隠居。柴山 家貴並びに野林 剛は秀蘭さまに忠誠を誓った上で、秀斗さまの与力として変わらず仕える。そして最後に秀斗さまは、これより仙道 津軽守 蘭介に名を改める所存との事にございまする!」
花春が秀斗たちを助けて貰う条件として提示したのは、秀斗の隠居。家貴並びに家臣たちが秀蘭の直参となるが、与力として変わらず秀斗に仕える。最後に秀斗が秀の字を捨てて、秀蘭の蘭の字を貰い蘭介と名乗る事になった。
この条件を聞いた秀蘭は、フフフッと条件が花春らしいと母親味を感じていたのである、
しかし向こうから提示された条件だけを、勝った秀蘭が飲むのでは見栄えが悪い。
「概ね条件は分かった……が! こちらからも1つだけ条件を飲んで貰う」
「それはもちろんにございまする! なんなりとお申し付けください」
「秀斗……蘭介並びに重臣たちが、俺の眼前で頭を下げ謝罪する事だ」
「は はは!……しかとお伝えいたしまする」
秀蘭が条件として提示したのは、今回の戦いにおいて主犯格となった人間たちが、秀蘭の目の前で頭を下げて謝罪するという事だった。
そうすれば降伏を受け入れると言う。
これには使者の人間も、逆に蘭介が拒むのでは無いだろうかと不安になりながら伝えると答えた。
使者は急いで末森城へと帰って、今回の話し合いについて報告を行なうのである。
すると案の定、蘭介は怒り心頭だ。
「どうして、この私が頭を下げなければならないのだ! 私は仙道家の為に、あの化け物を退治してやろうとしただけだろ! それをどうして……」
「殿っ! 我々は負けたのです。勝者の条件を飲むのは、至極当然の事かと存じまする」
「家貴、貴様ぁ! 貴様が裏切らなければ、私の勝利は堅かった!」
「言ったでしょ! 私は最初から秀蘭さまとほ戦いは、避けるべきだと」
「うるさい、うるさい、うるさい!」
自分が間違っていないという思考に陥っている。
どうしても自分は秀蘭に頭を下げたく無いと思って、子供のように駄々をこねる。
しかし周りの重臣たちが、自分たちは負けたのだから勝った秀蘭の条件を飲むのが筋であると説いた。もちろん武士道から外れない程度ならばである。今回は頭を下げれば許すというオマケもオマケだ。
これがどうしても蘭介のプライドが許さなかった。
「殿、子供のように駄々をこねるのはお止め下さい。殿の言葉には、どれだけの民の命がかかっているとお思いか」
「くっ! この私が……相分かった」
家貴たち重臣の説得により、さすがの蘭介も条件を飲むという風に約束してくれた。
何より蘭介も条件を飲まなければいけないという事くらいは理解している。ただ本当に秀蘭に頭を下げたく無いという子供みたいな思考になっていただけだ。
こうなったら頭を下げて終わらせようと覚悟を決める。
和帝暦2179年8月。
蘭介は重臣・柴山 家貴、芦名 康敬、そして元左大将である野林 剛が今回の新大正橋の戦いへの謝罪をしに秀蘭の前にやって来た。
「この度は、西愛河を混乱させるような戦を起こしてしまい。誠に申し訳ございませんでした」
蘭介が秀蘭の眼前で、自分が行なった行為に対する謝罪を重臣たちと共に行なった。
その姿を見た秀蘭は左口角を上げて、遂に蘭介が自分に頭を下げさせたと優越感に浸っている。
深々と頭を下げてから、十分に時が経ったと思って蘭介たちは顔をスッと上げる。もう帰ってやりたいが、それでは武士道に反すると思って我慢。
「お前が俺に頭を下げるというのは、この上なく屈辱的な事だったであろうな。しかしこんな屈辱を味わうのは、これが最初で最後だ」
「と言いますと、それはどうしてでしょうか?」
「これからは、この俺1人が仙道家の舵取りを行なう。お前は、隠居し自由気ままな生活をせよ。もちろん生活に困らないくらいの金は毎月、お前に渡そう」
この面会が叶っている時点で蘭介の隠居は確定。
実の弟にこんな若さで隠居をさせる為、秀蘭は自由気ままに暮らせるだけの金を渡すと約束した。
周りから見ている人からしたら「そんな生活ができるんなら良いなぁ」と思うかもしれない。
だが蘭介からしたら、そんな事は屈辱でしか無い。
負けた側が大きい顔をできないと分かっている蘭介は、また深々と頭を下げ「ありがとうございまする」と言う。
しかしその顔を下げた時の表情は、まさしく地獄のような表情をしている。怒りで体も小刻みに震えている。
何がともあれ、秀蘭は正式に仙道家の家督を継いだ。
天好新書によれば『秀蘭は秀斗との戦いにおいて勝利した事で正式に仙道家の家督を継いだ。そして負けた秀斗は名前を蘭介と改めると、末森城に隠居生活を始める』と明確に記されている。
そして当主就任を祝うように、この年の10月に秀蘭と果耶の間に長男となる忠秀が生まれる。
吉丸が美飛から帰還した時点で、既に果耶は懐妊していた。




