090:酒の席の憂い
一気に酒を飲み干した利恒は、思い切り盃を床に叩きつけて秀蘭と秀斗の戦いについて「俺の考えは」と自分の考えを述べようとするのである。
しかし異様に引っ張るもので、吉丸たちの話に興味が無い虹直の「プハー!」という酒を飲む声が響く。
どっちなのかと吉丸が固唾を飲む中で、利恒は言う。
「秀蘭さまの方が分悪し!」
「マジかよぉ!?」
秀蘭の方が戦いにおいて分が悪いと聞いた吉丸は、テンションが下がって後ろに倒れ込み仰向けでジタバタする。
今までの戦い振りからしても秀蘭の方が、秀斗よりも有利であると思っていたのだ。それを信頼している利恒の口から不利であると聞かされて落ち込む。
「なぁどうして秀蘭さまの方が、分が悪いんだ? 今までも、格上の相手にも買って来てただろ?」
「別に勝てないなんて言ってないだろ? 分が悪いって言っただけで」
「その理由が聞きたいんだよ! なぁなぁ教えてくれよ」
吉丸はガバッと起き上がって、利恒の両方を掴んでグワングワンッと前後に揺する。
聞かれたから答えただけで、そんなに詰められる謂れは無いとキッパリという。それに分が悪いと言っただけで決して勝てないと言ったわけでは無い。
そんな事は言われなくても吉丸だって百も承知だ。
ただ利恒が、どうして不利だと思ったのか、それを聞きたいだけ。そうただただそれだけなのである。
これには利恒も「もぉ! 分かったよ!」と吉丸の両手を振り払って、盃を手に取ると吉丸の方に「ん!」と差し出し、説明するから酒を注げと促した。
それくらいならお安い御用だと、吉丸は満面の笑みで酒器を持って、利恒の盃に注ぐのである。
また一気に飲み干し、利恒は体を吉丸の方に向けた。
人差し指を立てて吉丸の方に向けると「良いか? これはあくまで、俺の考えだぞ?」と念を押す。
吉丸は「うんうん!」と正座して目を輝かせた。
「良いか? 1つ目の理由は、大盛さまや長廉殿のような若くて優秀な家臣を殿はお持ちだ。だけどな、秀斗さまの方には先代からの重臣たちが圧倒的に集まってる」
「確かに秀蘭さまの周りには、若くて優秀な人が多いよな。それにしても何で秀斗さまの方には、先代からの重臣が集まってるんだ? まだ家督相続が終わって無いとはいえ、秀蘭さまは西愛河で凄まじい権力を持ってるんだぞ?」
「確かに権力は持ってるけど、殿は奇抜で苦手な人はトコトン苦手そうだからな。それに秀斗さまは良くも悪くも礼儀正しいし頭も良い、何より大方さまからも寵愛されているからな」
1つ目の理由として利恒が挙げたのは、権力を持っている重臣たちが秀斗側に着いているという事だった。
秀蘭の方には大盛や長廉といった若くて未来のある優秀な家臣こそいるが、まだ仙道家の家臣団の中での地位は盤石というわけではない。あくまで有望な若手という位置付けに過ぎないというわけだ。
あと秀斗の方に重臣たちが集まっているのには、真面目や気品があるという理由だけでは無い。秀蘭と秀斗の母親である大方さまが、秀斗の方に着いている。着いているというよりも秀斗の方ばかりを寵愛していた。
「2つ目は大きな後ろ盾を失ったってところだろうな」
「大きな後ろ盾かぁ。先の合戦で忠信さまを失ったのが、何よりも痛手って事か」
「そういう事だな。アレだけの戦力を持っていて、秀蘭に戦いを仕掛けたら、忠信さまの軍勢があるというのは敵軍からしたら恐ろしいんだよ。でも、それを失った事で殿は裸になったも同じってわけだ」
「何が何でも前の合戦は勝っておくべきだったか……」
2つ目の理由として大きな後ろ盾となっていた美飛の忠信を失ったという事だ。
誰もが秀蘭に攻撃を仕掛けたら、後ろにいる忠信軍とも戦わなければいけないという緊張感があった。
しかしそれが忠信の死と共に無くなってしまったのだ。
これを好機だと思わない人間は、どこの国にもいないだろうと利恒は残念がりながら言う。
吉丸も忠信を守り切っていればと責任の念を抱く。
「そして先に2つ述べた理由を鑑みて、どちらにもつかずに中立を決め込むから」
「中立? いやいや! 確かに家督は、まだ秀蘭さまの手には渡っていないけど。それでも中立!?」
「どちらにつくかを決めあぐねている人間なんて、ごまんといると思うぞ。もちろん俺らは殿につくけどな」
最後の理由は、先に挙げた2つの理由を合わせて、どちらに着こうか決めあぐねている人間が多くいるからだ。
いろんな理由があって中立を保つ方が、きっと自分たちにとっては良いだろうと考えている家臣と国衆が多い。
忠義の塊である吉丸は、そんな事は考えられない。
「とにかく! 俺が言いたいのは負ける不安要素が多いってだけで、勝てないって言ってるわけじゃ無いんだよ。これだけは、しっかりと理解してくれよ!」
「もちろんだよ! どこの誰が、勝てないと思って戦うバカがいるんだよ! やるからには勝って、秀蘭さまを西愛河の覇者に押し上げるんだ!」
「お おぉ……さすがは吉丸だな、普通の人間という事が月とスッポンだな」
「当たり前よ! 周りと同じような夢を追っても面白く無いからな! 生まれたからには楽しく生きたいだろ!」
自分の考えを言い終わった利恒は、いろんな事をツラツラと述べたが決して勝てないとは思っていないと、わざとらしい付け加えをするのである。
なんとなく話を変える為、盃を手に取ってグイッと吉丸の方に差し出す。つまり酒を注げという事だ。
吉丸は利恒の盃に酒を注ぎながら、負けるつもりは微塵も無いという、いつも通りのポジティブを見せる。
吉丸の野望というのか、願望というのか。
とにかく吉丸の目標の大きさに2人は大笑いして酒の肴にしていると、グーグーッという寝息が聞こえてきた。まさかと思って虹直を見てみると、酒瓶を持ってヨダレを垂らしながら爆睡していた。
これには2人も「はははは!!!」と大笑いする。
「もう湿っぽい話は止めて、今日は飲み明かそうや! 久しぶりに飲むんだしさ!」
「おぉ! そうだな!」
良い感じに笑ったところで、利恒は湿っぽい話を止めて酒を飲み明かそうと吉丸の盃にも酒を注いだ。
そのまま2人は久しぶりの楽しい飲み会を楽しみ。飲み会は夜が明けるまで続いた。
そして忠信が死んでから1ヶ月後。
秀斗に忠信が死んだという確定した情報が入った。
「秀斗さまっ! これは好機にございます!」
「殿っ! もはや秀蘭さまには後ろ盾などありませぬ。家督を正統な後継者である殿に戻すのに、これほどの好機はありませんでしょう!」
噂通り野林兄弟は末森城に来ており、秀蘭の後ろ盾がいなくなった事は好機であると諭す。
重臣たちは野林兄弟たちの言葉に乗っかるように、挙兵して秀蘭を討ち取るように推挙する。
しかしその中で1人だけ反対する人間がいた。
それは仙道家の中で、最も武勇に秀でているであろう鬼の武将・柴山 家貴である。
「考え直されては、どうでございましょうか? まだ家督が確定してはおりませぬが、今となっては西愛河を秀蘭さまが掌握したも同然。そんなお方に戦いを仕掛けるというのは、こちらに大義が無いのでは?」
「おいおい、家貴殿。今更になって、そんな事を言うのはどうしてだ? もしかして秀蘭さまと戦うのが、恐ろしゅうなったから止めたいんじゃないのか?」
家貴は家督を相続したわけでは無いが、実質的に家督を相続したも同然な秀蘭と戦うのはいかがなものか。
そう考えていたのだ。
まさか家貴が、そんな事を言うとは思っておらず、野林が立ち上がって家貴の周りをクルクルと歩き回りながら、ポツポツと嫌味を言うのである。




