089:ほんの一息
吉丸が西愛河に帰って来て3日目が経とうとしていた。
普通ならば職務に戻りたいところだが、秀蘭から強制的に休暇を取らされていた。回復したとて酷い怪我を負っていたのだから、大事をとって損は無いと秀蘭は言う。
吉丸的には直ぐにでも働けるのに、こんなにも暇で良いものかと、時間を持て余していたのである。
ボロッと「はぁ…働きたい」と吉丸は溢した。
この言葉に「もうそこまで行ったら、病気だね」という風に、吉丸の発言をイジるような声が聞こえた。
声の主は誰かと吉丸が周りをキョロキョロすると、入り口に満面の笑みを浮かべている結菜を発見した。
「結菜さまでしたか、驚かさないで下さい」
「びっくりした? びっくりしたなら、作戦大成功だぁ」
「それよりも病気というのは、聞き捨てなりませんぞ。主人に尽くすのが病気という事ですか?」
「いやいや、そんな風には言ってないよ? 怪我をして満身創痍なのに働こうとする姿を見て言ったんだよ。日本時代風に言えば……社畜? そう! 吉丸は社畜っ!」
「誰が社畜ですか!?」
大怪我を負ってまで働きたいという吉丸の姿を見て、結菜は日本時代のサラリーマンと姿を重ねた。
そして社畜と称すと、吉丸は両手を上に上げて怒る。
これに面白がった結菜は「きゃきゃきゃ!」と笑いながら吉丸の家を出て逃げていった。
そんな姿を見た吉丸は、フッと優しく微笑む。
本当に家に帰って来れたというのを実感したからだ。
だが唯一困っている事がある。
それは吉丸が死んだと聞かされ悲しんでいた結菜が、その反動が来ているように家に来る頻度が増えたのだ。
休めと言われ、指示通りに休もうとしているのだが、結菜に構っていたら休めない。
まぁ休めないと言っても吉丸にとっては、こうやって結菜と遊んでいる時間も癒しではある。
そんな事を、しみじみ想っていると結菜が戻って来て、入り口の扉の方からピョコッと顔を出した。
「ねぇ今から城下に行かない?」
「ん? そうですねぇ……行きましょうか! こうやって家の中に居てもつまらないし」
「そう来なくっちゃ! 行こう行こう!」
結菜は城下町にいかないかと吉丸を誘った。
こんな風に家の中でダラダラしていても、1日が経つのが遅いと感じていた吉丸は、結菜のお誘いを受けて城下町に繰り出す事にしたのである。
久しぶりの城下町に吉丸は、結菜と共に遊び明かす。
こんなにも穏やかな日は久しぶりだ。日常というのは、こんなにも穏やかなものなのかとしみじみしている。
少し遊んだところで茶屋に入って休憩する。
甘い物を頼んだ結菜は、ほっぺいっぱいにオヤツを含んでモグモグしている。その姿はまさしくハムスターのようで、吉丸は思わず吹き出してしまう。
すると大きく開いた吉丸の口に、結菜はオヤツを放り込む。いや、ねじ込むという方が正しいだろうか。
とにかく吉丸と味を共有したかったのだ。
美味しいのと楽しいので吉丸たちは、良い感じでティータイムを楽しんだ。
そして茶屋を後にしようとしたところで、後ろのお侍さんたちの喋り声が聞こえて来る。
その話し声の内容が気になるものだった。
内容というのが。
「なぁ知ってるか? 野林兄弟が末森城に行ってるって噂だぜ」
「え? あの野林兄弟が? あぁ確かに最近になって、秀蘭さまとの仲も悪くなってるっていうしな」
話の内容というのが秀蘭の重臣である野林 剛と弟の透が、秀斗の居城である末森城に密かに行っている。という話だったのである。
今は戦ってこそいないが、秀蘭と秀斗の緊張状態は保たれたままで、いつ戦いになってもおかしくは無い。
そんな時に秀蘭の重臣である野林兄弟が、敵方の秀斗の城に行っているなど言語道断だろう。
吉丸は本当か嘘かは分からないが、とりあえず吉丸の仕事スイッチが、カチッと入ったのは確かである。
この日の夜に吉丸は、利恒と虹直を家に招待した。
お酒を飲み交わそうという名目で、昼間の野林兄弟についての話をしたい為である。
生きて帰って来た吉丸との久しぶりの酒飲みなので、利恒はノリノリで虹直を連れて吉丸の家を訪れた。
最初は吉丸が利恒と虹直の盃に酒を注ぐ。
そしてカンパーイと、一気に飲み干した。
「さてと本題に入ろうか! お前たち野林兄弟の噂、知ってるか?」
「野林兄弟って、あの重臣の野林殿の事か?」
「その野林兄弟が、最近になって末森城に密かに出入りしているって話があるらしいんだよ。ここ最近、秀蘭さまとの仲が悪いだろ? もしかしたら、もしかするんじゃないのかと思ってな」
「お前、もしかしてそれを聞く為に酒盛りに呼んだのか? まぁそんな事だと思ってたところもあるけどよ……」
吉丸が野林兄弟の噂話について話したところで、コトンッと利恒は盃を床に置くのである。
そして今回、自分たちが呼ばれた理由を理解した。
久しぶりに飲むというのだから、それなりにゆっくりと仕事の話をしないで楽しむのかと思っていた。しかし実際のところは、バリバリに仕事についての話だった。
どこか心の端で、こんな事になるんじゃないなと少し予想していたのである。
とにかく休みなのに仕事の話をするなんて、ハァ〜と溜息を吐いてから呆れる。
これに吉丸は酒を「ささ!」と言って注いで飲ませた。
「それで野林兄弟が何だって? 秀斗さまと密会しているみたいだって?」
「うん、それで合ってる」
「そんな噂話、聞いた事ないけど。吉丸は誰から聞いたんだ?」
「昼間の茶屋で、後ろの席の侍たちが話してたんだよ」
少し呆れながらも酒を飲み干してから、野林兄弟の話にシフトして詳しく聞くのである。
利恒は、そんな噂を聞いた事が無かったので、誰がそんな事を言っているのかと吉丸に聞いた。
そして茶屋の後ろの侍が話していたと言う。
またも利恒は「そんな噂話、信じるのか?」と呆れた。
「虹直、お前は知ってるか? 野林兄弟が、末森城に出入りしてるって話」
「ん? あぁ何となく聞いた事あるよ。信憑性に関しては如何なものとは思うけどな」
「そうか、お前は聞いた事あるのか。それなら、まぁ……確かに大変な事だよな」
1人でチビチビと酒を楽しんでいた虹直に、野林兄弟の噂話を知っているかと利恒は聞いた。
すると「ん?」と酒を飲むのを、一旦やめてから少しなら聞いた事があると答える。
それを聞いた利恒は「ある程度は広がっている」と噂話についての存在は認めた。信憑性は除いているが。
「もしかしたら、もう少しで秀蘭さまと秀斗さまの戦いが始まるんじゃないのか?」
「本当ならやるべきじゃないだろうけどな。現実問題、殿から権威を奪う為に秀斗さまは戦いを挑むだろうな」
「そうなった場合、利恒は戦況や勝機についてどう考えてるんだ? もちろん秀蘭さまが勝つよな?」
噂話が本当だった場合は、どこまで行っても秀蘭と秀斗の戦は避けられないだろうと吉丸たちは考えている。
もし戦になった場合は、どちらが勝つのかと吉丸は利恒の考えについて聞いた。
酒を飲む手をピタッと、1度止めてからスッと酒を飲み干した。プハーッと盃を上に持ち上げてから、床にドンッと地面に叩き置くのである。
そして利恒は自分の考えを言おうとした。
吉丸はゴクンッと固唾を飲む。




