088:それの縁
吉丸の「まだ続きがありまする!」という言葉を聞いた果耶は、チラッと秀蘭の方を向いた。
あまりにも取り乱す果耶を見て、秀蘭が声を殺しながら笑いを堪えようとしている。
恥ずかしいと思った果耶は、スッと座り直す。
そして吉丸に「続きを聞かせて」と場の雰囲気を、元に戻そうとするのである。これが秀蘭には、さらにツボにハマって「プフ!」と吹き出す。
「なにを笑っているのですか! 特に無いなんて、実の親に言われたら同じ反応になるでしょ!」
恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら秀蘭の肩を、ポカポカと優しさが溢れる拳で叩くのである。
秀蘭は笑いを堪えながら、果耶を宥めた。
収集を付ける為、秀蘭は吉丸の方を向いて「さぁ続きを話してみよ」と半笑いで言う。
吉丸は「はは!」と言ってから話し始める。
「お前は仙道家の女になったのだ。里見家の人間が、仙道家の女に言う事は無い。ただ1つ言う事があるならば、しっかりと夫である婿殿を支えるように。婿殿の道は、修羅の道と言って良いほどに険しいものだ。それを妻である果耶が支えるのだ………との事にございます」
「ちゃんとあるじゃないの、もう! でも……やっぱり父上らしい言葉ね。しっかりと承ったわ」
忠信は実の娘である果耶を、もう仙道家の人間であるからと恩着せがましい話はしたく無いと思っていた。
しかし何も無いというのも悲しい為、大事を成す人間の嫁としての立ち居振る舞いについて話した。まさしく大黒柱を支える第二の柱としての矜持だ。
その言葉を聞いてポロポロと小粒の涙を流しながら、しっかりと話は聞いたと真っ直ぐ芯の通った顔をしている。
「犬。良くぞ、親父殿の言葉を伝えてくれた!」
「はは! ありがたき幸せにございまする!」
「全くもって、お主という男は……とにかく今は、休んで英気を養うのだ。これからも戦いは、まだまだあるのだからな」
「はは! ご心配ありがとうございます。しかし美飛の国で、十二分に休息は取りました。今から戦場に行けと言われても、行けるほどに元気でございます!」
秀蘭は吉丸を褒めた。
生きて帰って来ただけではなく、忠信の重要な言葉を伝えに来てくれた事を褒めるのである。
それゆえに、ゆっくりと休むよう気遣った。
確かに休めるのならば、ありがたいが今は休むよりも秀蘭の為に働きたいと吉丸は思っていた。なので休みはいらないと、秀蘭の目を見て忠義を示すのである。
これには秀蘭は「はははは」と満足そうに笑う。
「あっ! これをお返しするのを忘れておりました」
「ん? おぉそれは、お父上が大切にしていた愛刀の1本では無いか。どうして、ソナタが持っておるのだ?」
「はは! 実は戦中に、私の刀が折れてしまいました。その時、忠信さまがお貸しくださったのです」
話が終わったところで、長居するのは失礼だと思って立ち去ろうとした。
だが刀のカチャンッという音が耳に入って、もう1つの用件を思い出すのである。
それは忠信から借りていた刀だ。
自分の腰から刀を取ると、ススッと秀蘭と果耶の前に借りた刀を差し出す。
深々と頭を下げて「お返しいたしまする」と言う。
果耶はジーッと刀を見つめてから、フッと優しく微笑んで姿勢をスンッと正す。
そして吉丸に「これはソナタの物だ」と言う。
吉丸は困惑して「え?」という表情を浮かべた。
「い いえ、これは決して私の物では……この刀は、忠信さまから借りた物にございます。それが、どうして私の物になるのでしょうか?」
「お父上は、本当に貸すと言っておったのか?」
「え? い いやぁ……忠信さまの口からは、貸すという風には聞いておりませぬが」
「ならばお父上は、その愛刀をソナタに託したのだ。あのお父上が、誰これと愛刀を貸すはずが無い。ならば、その刀はソナタの物じゃ」
果耶が言いたいのは、誰でも構わず愛刀を貸すような男では無い。だから忠信が死んだ今、その刀は吉丸の物であるという事である。
それはさすがに暴論では無いかと吉丸は言うが、その考えにも果耶は否定する。
「私に刀が返って来たところで、それこそ刀の飼い殺しというものじゃ。ソナタの手で、戦場を駆け回るという事こそが、刀にとっての幸せだと思うが? ソナタは私に、お父上の愛刀を飼い殺しにしろと?」
「い いえ! そういうわけでは……分かりました! この犬飼 吉丸、忠信さまの愛刀をしかと頂戴頂きました!」
「うむ! それで良いのじゃ」
果耶の口車に吉丸は言い返す事ができなくなって、形見である忠信の愛刀を受け取る事にした。
しっかりと吉丸は受け取るの約束した事で、果耶は満面の笑みを溢して嬉しそうにしている。
吉丸は「やられた…」という感じで悔しそうにする。
用件を終えた吉丸は、最後に深々と頭を下げた。
そして立ち上がって部屋を出て行こうとする吉丸に、秀蘭は「しっかりと休めよ?」と念を押した。
この指示に吉丸は「っす」という感じで誤魔化した。
吉丸のダッダッダッという廊下を歩く音が聞こえなくなったところで、秀蘭は果耶に「良かったのか?」と聞く。
お茶を淹れようとしていた果耶は「はい?」と言葉の意図が分からないという表情を浮かべた。なんとなく刀の事なんだろうと思いながら、それでも分からない。
「あの刀は名刀中の名刀だったな? 確か日本時代最後の名刀と呼ばれている《満月切歳三》だったはず、それを考えもなく犬にやって良かったのかと聞いたのだ」
「ふっ…全くもって問題ありませぬ。あの刀には、あの刀の人生というものがあります。そして今回の犬の手に渡ったのも縁というものにございます」
「さすがは俺の嫁だ! 全くもって敵に回したら、怖い女だ!」
あの刀は名刀中の名刀で、刀マニアである忠信が集めていたコレクションの1つ。
しかもあの刀に付いたあだ名は、日本時代最後の名刀という仰々しい名前である。
そんな物を渡して良かったのかと秀蘭は聞いた。
大きなお世話かもしれないが、アレを売れば果耶が大好きな宝石やらが買えると思ったのである。
だが残念ながら果耶は、そこまでして宝石を買うような強欲な女では無いと言い切った。
これに天晴れと秀蘭は評価する。
大治城を後にした吉丸は、とりあえず家に帰る事にしたのである。その道中、死んだ事になってるから俺の家は無くなっているんじゃ無いのかと心配していた。
しかしどうやら、まだ吉丸の家は残っていた。
安心していると、共同の井戸のところに結菜らしき少女の後ろ姿があるのに気がつく。
どうにも気恥ずかしいものがある。
だが心配させたかもしれないと思って「結菜さま」と恐る恐る声をかけてみた。
すると結菜はピタッと動きを止める。
結菜も恐る恐る後ろを振り返る。そこに立っているのが吉丸だと分かった瞬間、手に持っていた桶を落とす。
そのまま一気に走り出して吉丸に飛びついた。
「もぉおおおお!!!!! 本当に死んじゃったと思って悲しんだんだよぉ……もう帰って来ないって思ったら、悲しくて動けなかったんだよ。でも、それじゃあ吉丸が悲しむからってお父ちゃんが言うんだ……だから、こうやって立ち直ろうとしてたのに! 生きてたなら早く言ってよぉおおおお!!!!!」
「本当に本当にご心配をおかけして申し訳ございません。帰って来るのも遅くなり申し訳ございません……しかし心配して、私を想って泣いてくれてありがとうございます」
吉丸の胸の中で泣き続ける結菜を、吉丸をギュッと優しく抱きしめ、泣き止むまで側にいた。
ようやく吉丸は故郷に帰って来たと実感する。




