085:さらば、親父殿
忠信は最後の力を振り絞っているので、全身の力を祥龍に預けている。
今までの関係を知っている人間ならば、忠信の体をグイッと押して自分から引き剥がすと思うだろう。
しかし実際は違う。
ギュッと掴まれているのを振り払うでもなく、ただジッと遠くを見て微動だにしていない。予想外の反応だ。
「最後に問う……お前の父は誰だ?」
「俺の父の名は……小里 健太」
忠信は最後の力を振り絞って、祥龍の父親は誰なのかと何回目かの問いを投げた。
しかし結果は変わらず、祥龍は自分の父親を小里 健太であると断言する。
これに忠信はフッと笑ってから「ワシの勝ちじゃ」と呟き、全身の力が抜ける。そのままバタンッと地面に倒れ、満足そうな顔をして、この世を去った。
忠信、討死である。
「勝鬨を上げよ! 我らの勝利だ!」
『えい! えい! おぉおおおお!!!!!』
忠信軍との戦いで勝利を挙げた祥龍軍は、山を越えるほどに響いた。
一方で援軍としてやって来た秀蘭たちは、一体どこで何をしているのか。実は既に美飛まで入っており、長良川SAのところまでやって来ていた。
残念な事にギリギリのところで間に合わなかった。
しかし秀蘭たちは、まだ知らない。
「ここで準備を整え、直ちに援軍に向かうぞ!」
『おぉおおおお!!!!!』
長良川SAで最後の準備を整え、援軍に向かおうと動き出そうとしていたところだった。
そんなところに1人の兵士が「失礼します!」と言って秀蘭たちがいる本陣にやって来る。
「犬飼 吉丸足軽大将の部隊の副長と名乗る人間が、殿にお話ししたい事があるとやって来ました! 本物かの確認が取れていませんが、如何しましょう?」
「康人が? どうしてこんなところに……よい、ここに通せ」
「は!」
康人は激しい追跡を、なんとか振り切って秀蘭のところまでやって来たのである。
その時には既にボロボロだった。
「報告します! 吉丸隊長から少数でも良いので、援軍を出して欲しいとの事にございます! 敵軍が、もう既に本陣まで攻め込んで来ており……」
康人が全てを報告する前に、伝令兵の旗を差した兵士が走って「報告! 報告!」とやって来た。
全員の視線が伝令兵に移り、秀蘭は「どうした!」と康人の話の前に聞く。
「忠信軍、壊滅っ! 総大将・里見 忠信さま、お討死の由にございまする!」
「な なんだと!? 親父殿が討死……他の者は!」
「生き残った者はいないとの報告にございます」
忠信軍の大敗と、忠信の討死を聞いた秀蘭軍本陣の兵士たちは信じられない様子で呆然としている。
秀蘭も「本当か!?」と言った感じで信じられない。
とりあえず冷静になろうと思いながら、伝令兵に生き残りはいないのかと聞いた。
そして伝令兵はいないと答える。
これに吉丸の命令で来た康人も「間に合わなかった」と絶望して地面に両膝を着けて項垂れる。
すると気持ちを立て直す暇もなく、新たな伝令兵が「報告! 報告!」とやって来た。
これには秀蘭も「今度はなんだ!」と声荒げて言う。
「岩安 守人率いる4000から5000の敵軍が、ここを目指して進軍しております!」
「なんだと!? アイツら、勝ったからと言って引き下がらぬか……いや、これは祥龍のやりそうな事では無い。という事は、周りの家臣たちの入れ知恵か」
「殿、どういたしまする?」
「撤退だ。雑兵と食糧隊から撤退させよ、殿は……俺が務める!」
もうこうなってしまったら、撤退する他ない。
助けるべき人間はいなくなってしまったのだから。
しかしその際に秀蘭は自分が、最も後方で敵の攻撃を受けやすい殿を務めると言ったのである。
当主である秀蘭が殿を務めるなど、重臣たちから「そんなのはいけませぬ!」と止められるような行為だ。なんなら秀蘭が務めるくらいならば、自分が務めるという人間が出て来るほどに軍を混乱させた。
残念ながら秀蘭は本気であり、指示が変わる事は無かった。
直ちに撤退陣形を取り、雑兵と食糧から先に撤退を開始させ、それに続いてドンドン足軽たちも撤退を開始した。
撤退を開始して30分が経ったところくらいで、守人が率いる討伐軍が迫って来た。
戦いは乱戦にこそなったが、秀蘭は持ち前の統率力と武力によって命に別状なく西愛河へと帰還する。
この戦いについて天好新書には《美飛元国代・里見 伏見守 忠信が、嫡男・里見 大阪守 祥龍と武儀川で戦闘となった。忠信軍は2700人、祥龍軍は1万8000人という圧倒的な差がありながら、忠信軍は大いに奮戦し祥龍軍の兵士を多く討ち取った。しかし数の差が圧倒的で、最後は忠信と祥龍の一騎打ちの上に忠信が討死した。秀蘭は、援軍として美飛に向かったが間に合わなかった》と明記されている。
忠信軍が全滅したという話が広がる。
つまり忠信軍に従軍していた吉丸も死んだと広がった。
まず最初に伝わったのは、吉丸と最も親しい利恒と虹直の両名である。
「くっ……だから、あれだけ気をつけろって言ったんだ」
「いや、今回の戦いに関しては、アイツは悪くないだろ」
「くそ……くそ! アイツは、こんなに早く死んで良い人間じゃねぇんだよ!」
利恒は大粒の涙を流し、地面を叩き悔しがる。
その声には嗚咽も混じっており、これが乱世かと利恒は強く時代を恨むのである。
今回の戦いに関しては、どれだけ吉丸本人が気をつけたところで、どうしようも無い事であった。ただただ運が悪かったとしか言いようがない。
だからこそ利恒たちは、時代を恨むのだ。
そして次に伝わったのは結菜である。
結菜が誰よりも大泣きし、暴れ散らかす阿鼻叫喚。
まぁ普段からの関係からしたら、こうなる事は父親の優勝も想像できた事だ。
何時間も泣き続け、疲れ果てて眠る事で泣き止む。
だが、また目を覚ますと吉丸がいない事に悲しみ、泣き出すというのが何日も続いた。
そして最後には涙を出し尽くし枯れてしまった。
吉丸は本当に死んでしまったのか。
否、死んではいない。
じゃあ一体どこにいるのか。
吉丸はフラフラになりながら山を越え、どこ安全なところに逃げなければと生存本能が働いていた。
記憶に残っているのは、必死になって歩いているところまで。いきなりプツンッと映像が途切れるかのように、記憶が飛んでいるのである。
そして次に目を開く。すると目線の先は、見た事ない家の天井が広がっていた。
どこなのか状況確認する為に、起きあがろうとするが、あまりにも全身が痛くて起き上がれない。
そんな吉丸に「おっ! 目を覚ましたか」と男の人の声が聞こえて来た。
「オメェ、4日も寝てたんだぜ?」
「4日も……そ そんな事よりも戦いわ!?」
「戦い? あぁ4日前の戦か。それなら忠信さまが負けて討死なされたぞ?」
「やっぱりか……」
「なんだ。オメェ、忠信さまの軍に入って戦ってたのか? そりゃあ、こんなボロボロになるわな」
どうやら吉丸がいるのは、どこかの民家らしい。
そしてこの男の人に助けられたのだと、吉丸は起き上がれないが「助けてくれたんですか? ありがとうございます」と首だけを動かして感謝する。
「おぉ! オメェが俺の家の前で倒れてた時は、何事かと思ったぜ? 俺が医者だったからこそ良かったが、そうじゃ無かったら死んでたぞ?」
「お医者さんなんですね……命を助けて頂き、本当にありがとうございます」
この助けてくれた男の人は、医者なんだという。
そして男の人がいうには、自分が医者でなければ吉丸は死んでいたと語る。つまりそれだけの大怪我をして、ここまでやって来たのだ。
死んだと思われていた吉丸は生きていた。
しかしまだ西愛河の人間は、吉丸が生きている事を知らない。




