084:最後の刻
忠信から刀を借り、士気が復活した吉丸は孤軍奮闘という言葉が似合うほどに奮戦した。
しかし士気でこの状況を打破できる時点は過ぎている。
吉丸の体からは、どうして立っていられるのか。それ以前に、どうして死んでいないのかというほどの血が、体の外に流れ出ていたのである。
本当ならば既に意識を失っているはずだ。
それを気合いだけで倒れずに立っている。
だが現実というのは残酷なものだ。
さっきまで、それなりに大勢いた。それが今となって忠信を守っているのは、吉丸も合わせて5人だけである。
いつ死んでもおかしく無い吉丸を数えなければ4人だ。
総大将である忠信も鎌槍を必死になって振り、目の前の敵を、なんとか倒している。
しかしそれも時間の問題である。
それを理解せざるを得ない状況になったところで、フラフラな吉丸に「小僧っ!」と声をかけた。
「もう良い、小僧は戦場から離脱せよ」
「ちょ ちょっとお待ちください! 総大将を置いて逃げる守備兵など聞いた事はありませぬ!」
「こっちにもこっちのメンツがある! 娘婿から借りた兵を、全滅させたなど後世に残る恥よ。そんな事を、ワシにさせぬのも家来の役目と思うが?」
「そ それは確かに……」
ここでの打開策が無いのを悟った忠信は、吉丸に戦場から離れるように促すのである。
しかし秀蘭から忠信を守るように言われて来たのに、忠信を置いて自分だけ逃げるなんて論外だ。そもそも総大将を置いて逃げる武士なんて聞いた事が無い。
ここに残りたいと吉丸は意思を示すが、忠信には忠信の守りたいものというのがある。それは娘婿から借りた兵を全滅させたなんて、とてつも無い恥だ。
だから吉丸は逃げて生き残るように言った。
これには吉丸も納得せざるを得ない。
「まぁ本当のところを言えば、これより先は身内の問題。関係のない人間に見せるには、あまりにも醜悪……見られたならば、生き残ったとしても生き恥を晒す。頼むから、ワシの為に逃げてくれ」
「承知いたしました。どうかご無事で……ごめん!」
もちろん娘婿である秀蘭の家来を、全滅させる事は絶対に避けたいと思っていただろう。
しかし気持ちの大半を占めていたのは、これから祥龍と行なう一族での醜いやり取りだ。それを家中以外の人間に見られるのは恥ずかしいのである。
色々と察した吉丸は、絶対に生き残るように言って、刀を鞘にしまい森の方に走り出す。
生き残るように言われた忠信はフッと笑う。
「死ぬなというのか、この状況で……なんとも厳しい事を言う小僧じゃ」
忠信は死ぬ事がほぼ確定している中で、吉丸から生きて欲しいと言われた事が面白くて笑った。
こんなにも窮地に立たされているというのに、ここから生き残れなんて酷な事を言うと忠信は思う。しかし逆にそれが、忠信の士気を無自覚に上げた。
「おい! 1人、逃げたぞ! 追え追え!」
「そうはさせるか! ここから先にはいかせん!」
「ちっ、しぶとい男じゃ……弓兵っ! あの者を打て!」
吉丸が逃げたのを見つけた祥龍軍の指揮官は、逃がさないように急いで追うように指示を出した。
しかしせっかく逃したのに、背を打たさせるわけにはいかない忠信が道を塞いだ。その姿はまさしく平家物語に出てくる武蔵坊弁慶のようである。
これじゃあ追いかけられないと思った指揮官は、弓兵に吉丸を射抜くよう指示を変えた。
言われた通り弓兵は、狙いを吉丸に定める。
さすがにここまでは忠信も防ぐ事ができず、ピュッと放たれた弓矢は吉丸の肩に命中した。
だがグッと歯を食いしばって走り続ける。
「もう良い! 雑魚を追いかける暇なんて、俺たちには無い。用があるのは、そこにいる忠信だ」
「祥龍……久しぶりだな、随分と老けたのでは無いか? それもそのはずか、実の弟たちを手にかけ。今、父すらも殺そうとしているのだからな!」
「忠信、もう決着は着いている。俺の軍門に降れ、さすれば命までは取らぬ」
吉丸を追いかけようとした兵士を、ようやくやって来た祥龍本人が止める。
それもそのはず。
目的は吉丸のような足軽ではなく、敵の総大将である忠信ただ1人である。
数ヶ月しか経っていないが、忠信の目には祥龍が老けているように見えた。きっと自分で決断こそしたが、それでも実の弟を手にかけたというのは心に来たのだろう。
しかしこの場で、その事を忠信が突いたのは、もちろん祥龍を怒らせようとしているのだ。
だがそう簡単にはいかない。
冷静な表情と声で、祥龍は忠信に降伏するよう促す。その際、今直ぐ軍門に降れば命までは取らないと好条件を出して、どうにか戦いを終わらせるようとする。
普通なら条件を飲んだって良い。
しかし祥龍が相対しているのは忠信である。そんな条件に、忠信は数ミリも気持ちは靡かない。
「ふっ! 笑わせるでは無いか! お前のような己を偽る男の軍門に降るほど、この忠信落ちぶれていないわ!」
「なに? どこの誰が、己を偽っているって!?」
忠信は軍門に降れと言う提案に、己を偽っている男の軍門に降らないと断言した。
さっきまでは冷静だった祥龍も、己を偽っていると言われた瞬間。目をカッと開き、全身が小刻みに震えるほどに憤慨して声を荒げ怒鳴る。
そんな祥龍の姿を見た忠信は、フッと嘲笑うように笑って鎌槍の矛先を祥龍に向けた。
「ならば問おう! お主の父の名はなんじゃ!」
「俺の父の名は……小里 健太さまだ!」
「それじゃ! それを己を偽っていると言っておる。お主の父は、お主が成り上がり者、国取りの逆賊であると罵っている……この里見 忠信じゃ!」
「違う! 俺の父は美飛の国主である健太さまだ! 断じて貴様なんかでは無い!」
「ならば勘違いしたまま死ね! 愚かな子、祥龍っ!」
やはりまだ祥龍は自分の父親を、美飛国主・小里 健太だと思い込んでいる。
というよりも、そう思いたいという強い気持ちが、己の本当の出自を捻じ曲げているのだ。それを忠信は、己を偽っていると指摘する。
しかし耳が痛い話で、祥龍は自分の間違った思考を変える事なく忠信ばかりを否定した。
これには忠信も救いようが無いと諦める。
グッと鎌槍を構えて、祥龍に襲いかかっていく。
この忠信の攻撃に祥龍を守備する兵は、割って入り祥龍を助けようと動いた。
だが「やめろ!」と祥龍が叫んで止める。
そんな事をしなくても祥龍には勝つ自信があった。
あったが、蓋を開けてみたら互角も互角。いや、忠信が優勢と言っても過言では無い。
それにより祥龍の方が、先に痺れを切らした。
「もう良い! お前たち……やれ」
「まさかここまで愚かだったとは……どこで教育を間違えたかのぉ!」
忠信から距離を取った祥龍は、スッと槍を下げてトドメを刺すのを部下たちに任せたのだ。
これにはさすがの忠信も頭を抱えて、本当にどこで教育を間違えたのかと祥龍を強く非難する。
そして1対多数の戦いとなり、さすがに忠信と言えども多勢に無勢で限界を迎えた。最初に背中を、次に腹を刺され「う!?」という言葉と共に愛刀を地面に落とす。
しかし地面には倒れず「祥龍ぅ……」と言いながら、祥龍の方に向かって歩いていく。その姿は初めて歩いた赤子のように、ヨチヨチと歩いていく。
もはや武器も持っていないので祥龍は微動だにしない。
いよいよ忠信は祥龍のところに着いて両手で肩を掴む。
親子、最後の刻である。




