083:窮鼠猫を噛む
吉丸たちが配置されている本陣守備隊の方に、前線を突破して来た祥龍軍の兵士たちがやって来る。
吉丸は歯をグッと食いしばってから、刀の柄をギュッと握る。スーッと息を吸って、フゥ〜と深い深呼吸をした。
そして目をカッと開いてから部下たちに「目の前の敵を斬り倒せぇええええ!!!!!」と叫ぶ。吉丸の声に康人たちも「おぉおおおお!!!!!」と呼応して刀を抜く。
隊長である自分が先頭に立たなければ、示しがつかないと思って吉丸が最前線で待ち構える。
キッと構えた吉丸に、敵兵たちは雄叫びを上げながら斬りかかってくるが、先頭の1人を刀ごと斬り伏せた。
その一撃に後続の敵兵の動きが鈍る。
「今だ! この敵は恐るるに足らず! ただ数で押そうとする愚か者たちを斬り伏せろ!」
「そうだ! 隊長に続けぇ!」
『おぉおおおお!!!!!』
吉丸たちにとって、これからの戦いが今回の戦において初戦だ。しかしそんなのは関係なく乱戦となった。
数で劣っている中、乱戦なんてひとたまりもない。
だが士気の高さと、吉丸が日々行なっている鍛錬によって数的不利を互角まで引き上げている。
いや、互角以上とも言えるだろう。
互角以上に渡っていると言っても、それは窮鼠猫を噛むのような一時的なものに過ぎない。根本的な戦況への関係性は少ないと言っても過言では無い。
それを表すように時間が経つと、康人たち1人に対して複数人で対応するようになった。これは最初こそ勢いで行けていたが、時間が経った事で敵兵は「数で押せば良いじゃん」と気がついたという事だ。
もう血眼になって康人たちは戦う。
しかし吉丸隊の創設メンバーである岳人、日向が力及ばず討死した。涙を溢し悲しみたいところではあるが、そうなった人間から死んでいく為、そうはできない。
康人は吉丸が無事であるかを確認する為、吉丸が戦っている方をチラッと見てみた。
「ま マジか……」
吉丸を見た康人は、この言葉を溢した。
それもそのはずだ。吉丸の戦い方は、剣術の型なんていうものはなく、ただただ目の前の敵をバッサバッサと斬り伏せて行くだけだ。相手の返り血も相まって、その姿は鬼なんじゃ無いかと思うほどの風体をしている。
これが後に武鬼と言われるようになる所以。
すると吉丸は戦いながら「康人殿っ! こっちに来てくれ!」と声をかけて呼んだ。
怖いと思っていた康人は「ひゃい!?」と変な声を出しながら、走って吉丸のところに駆けつける。
「ど どうか致しましたか?」
「これから戦場を離脱し、こちらに向かって来ているであろう殿のところに参れ! そして今の現状を伝え、直ちに援軍を送って貰うように要請して来てくれ!」
「い 今から前線を離脱するのですか!? しかしそんな事をすれば、今でも数が少ないのに……」
「そんな事は、どうだって良い! 康人殿の分も、この俺が戦えば良いだけの話だ。そんな事よりも、この状況をどうにか打開しなければ負けは確実だ!」
吉丸は今はまだ耐えられているが、これから先は時間の問題だろうと考えている。
いや、考えなくたって分かる。
こんな戦いを長く続けていたら、どう考えたって忠信軍が全滅するという事が。
ならば、何か状況を打開するような策を打たなければ無駄死にも無駄死にである。その為に吉丸は、信用できる康人を戦場から離脱させ、秀蘭のところに向かわせようと考え、自分のところまで呼んだ。
ただでさえ数が少ないのに、指揮官が1人抜ける危険性を康人は吉丸に伝えた。
吉丸だって、そのリスクは理解している。
しかし今は、秀蘭の援軍が到着する事以外に、今の状況を打破する作戦など存在しない。
「分かりました……直ちに殿の元に向かいまする」
「分かってくれたか! やはり頼れるのは康人殿だ!」
「でも良いですか! これだけは約束して下さい!」
「ん? なんだ?」
「絶対に死なず、この場を切り抜けて下され。貴方は、こんなところで死んで良い人間ではございませぬ」
「あぁ約束しよう。俺は、こんなところでは死なぬ」
康人も馬鹿では無いので、吉丸が言いたい事を理解している。ここを離脱して秀蘭のところまで向かうのは了承したが、ある約束を吉丸と交わす。
それは絶対に死なないという事だ。
康人は吉丸が、こんなところで死んで良い人間では無いと思っている。自分は戦場を離れるが、それは吉丸が死なないのを前提とした話であると言うのだ。
吉丸も死ぬつもりは無い。だから笑顔で約束した。
しっかりと約束したと言わんばかりに、康人は「うん」と頷いて戦場を離脱するのである。
「さてと。死なないなんて言ったけど、こればっかりは安易に約束しちまったかぁ? いやいや、俺とした事が弱気になってる場合じゃねぇ!」
康人が戦場を離脱できるように援護する。
なんとか無事に康人を離脱させた吉丸は、フゥと息を吐いて安堵する。
だが苦笑いしながら、死なないと約束したのは安易だったかと思ってしまう。
それでも直ぐに、こんな弱気じゃダメだと反省する。
なんとか気持ちを切り替えた吉丸は、また目の前の敵兵を斬り伏せ始めた。
鬼のような戦い振りをしている吉丸だが、鬼のようなだけで吉丸も人間だ。苦しくなって息が上がり始める。
すると腕の力だけで刀を振るうようになって、繊細さが欠け空振りも多くなって行く。
そんな時に吉丸が、空振りすると刃が地面に当たり、パキンッという音を立てて折れてしまった。足軽大将とはいえども、まだまだ給料が安い吉丸は刀を1本しかない。
思わず吉丸は「あっ!?」と大きな声を出してしまう。
これを好機と見た敵兵たちは、吉丸をグルッと囲む。
「囲め囲め! さっきまでは鬼かと思ったが、刀を失ったら赤子も同然だ!」
「そうだそうだ! こんなガキに、良いようにされたまま終わるわけにはいかねぇぞ!」
吉丸はジリジリと少しづつ敵兵から距離を取り、どうにか打開策を模索している。
いろんなパターンを頭の中で想像する。
槍を敵兵から奪って戦う。倒れている兵士の持っている武器を借りて戦う。
色々と考えた。
しかし敵がそれをやらせてくれる気がしない。
どうしたものかと万策尽きようとしていた、その時。
「小僧っ! ほれ、受け取れ!」
吉丸がピンチな時に声をかけたのは忠信だった。
刀が折れたと知った忠信は、自分の持っていた刀を腰から取って、吉丸に投げて渡した。
まさか刀を渡してくれるとは思わず、吉丸は「え!?」と刀と忠信を交互に見るのである。
「し しかし忠信さまの刀を貸して貰うわけには……」
「ほれ! ワシには、この愛刀がある! 心配するなら、己の身を心配せよ、小僧」
「は! ありがとうございまする!」
自分に刀を渡してどうするのかと吉丸は心配するが、忠信は基本的に戦闘を行う時は鎌槍を使っている。
自分ならば愛刀〈黒縫〉があるから問題ないと、満面の笑みを吉丸に見せた。
これが本当の武士だと吉丸は思った。
もしも断ったならば忠信の武士としてのメンツを潰してしまうと思った吉丸は、感謝の言葉を述べてから忠信の刀を借りる事を決める。




