082:数の暴力
忠信が控えている本陣に、忠信軍の旗を背に差した伝令兵が走ってやって来る。
本陣の守備についている吉丸は少し警戒するが、元々忠信の家来である男が、吉丸の前にスッと手を出して「コイツは問題ない」と伝えるように目を見て小さく頷く。
安心なら良いかと吉丸は、スッと姿勢を正し直す。
誰に止められる事なく伝令兵が、忠信の前にやって来ると「報告!」と叫んでから地面に膝を着いて頭を下げた。
「西竹軍、撤退を開始っ! そして祥龍軍少将・西竹 道英を討ち取った由にございます!」
「なんと! 西竹を討ち取ったか。まぁこんな戦い方をしたら、こうなるのは必然か……いや、それにしても西竹も力尽くで押し切れると思ったのか。なんと愚かなものだ」
忠信は西竹を討ち取ったと聞いて、立ち上がり目ん玉を剥き出しにして立ち尽くす。
これは大きいと思った忠信は、ガッツポーズする。
しかし直ぐに我に返って、ゴホンッと咳払いをしてから討ち取ったのは当たり前だと言う。なにせ力尽くのみで、川を渡ろうとしていたのだから。
とにかく開幕は忠信が勝利した。
忠信は近くにいる兵士たちに「良いぞ! このままこの戦の勝利も頂く!」と声をかける。
兵士たちは拳を突き上げ「おぉおお!!!」と続く。
一方で西竹を討ち取られた祥龍軍は気が気ではない。
まさか5000人の大群で、勝負を決めに行ったというのに、敗走した上で指揮官も失ってしまったのだ。
これは幸先が悪い。
里見四天王たちも「これからどうなるのか……」と持ち場で、この戦いの行く末を按じる。
しかし誰よりも動揺しているのは、本陣で戦を見届けようとしていた祥龍本人だ。
「ふざけるな! どうなっているのだ! どうして5000の兵を送ったというのに、負けて逃げているのだ!」
「う 上手く立地を利用されたようで……さすがは忠信さまと言ったところでしょうか」
「こんな事は許されぬ! 指揮官は何をやっている!」
「そ それが西竹少将は、お討死との由にございます」
5000人も送ったのに、どうしてここまでコテンパンにやられて逃げているのかと祥龍は怒り心頭だ。
もうこれは指揮官に責任を取らせるしかないと、どこの誰が指揮官なのかを問いただす。側近の人間は、言いずらそうに指揮官は死んだと伝える。
すると祥龍は目眩がしたようで、クラッと蹌踉めく。
次の瞬間、座っていた床几を思い切り蹴り飛ばす。
自分で蹴ったというのに、足がジーンッと痛くなる。こんなのを周りに痛いとバレたら、格好がつかないと思って何も無かったように振る舞う。
誤魔化そうと話を先に進める。
「もう良い! 他の奴らに任せていたら、負けるやも知れぬ……ここは俺が直々に軍を率いる!」
「お お待ち下され! それはさすがに危のうございます。総大将であられる祥龍さまは、ここでドシッと構えて行く末を見届けて下され!」
「ふざけるな! 俺に同じ事を言わせるつもりか? 他の奴らには任せてはおけぬ。他の者に任せられぬのならば、俺が率いる他に手はあるか?」
「そ それは……」
もう家臣たちを信用できないと思った祥龍は、総大将である自分自ら軍を率いると言い始めた。
側近の男は、どうにか考え直すように諭そうとする。
だがもはや祥龍は考えを改めるという段階にはいない。
このまま反論し続けて失脚する事を恐れた側近は、これ以上の説得を止めて従う事に決めた。
「後方からの回り込みに備え、5000の兵だけを残し全軍で川を押し渡る! そのまま忠信の首を刎ねてやる!」
「は。承知いたしました」
秀蘭たちが援軍として向かって来るのは知っている為、それに備え5000人の兵を残す事にした。
それ以外の残りの兵で、川を押し渡る力技に出る事を決めた。かなりの兵士が死ぬ事になるが、それでも数の力には勝てないだろうと祥龍は考えている。
その指示通りに指揮官たちは準備を始めた。
大軍がザザザーッと動くので、もちろん吉丸たちがいる忠信軍本陣からでも見える。
祥龍軍の動きを見た忠信は「はぁ……」と溜息を吐く。
「あの男は、どこまで愚かなのか。数で勝っている相手に対し、こんな愚策に出るとは……全くもって救いようも無い愚かさだ! 作戦を変えず、このまま岸の立地を利用して上に上がらせるな!」
『は! 承知いたしました!』
忠信が呆れたのは、数で勝っているというのに力技で死ななくて良い部下を殺すような判断を下したからだ。
上に立つ人間として、そんな選択肢を取るなんて愚の骨頂であると怒りすら覚えている。
忠信軍の作戦は変えない。
岸にすら上げさせない作戦を選択する。
昼を迎えようとしていたタイミングで、祥龍は全軍に対して突撃を命令した。
そして「うぉおおおお!!!!!」という雄叫びと共に祥龍軍は川へと入って行く。
忠信軍は、それに備える。
やはり策も無しで突撃するのは無理がある。川に上がろうとしたところ槍で突かれ、そのまま後方に控えている弓隊の弓矢で面白いくらいに討ち取られていく。
「何をしている! こちらは5倍の兵士がいるんだぞ!」
「しかし! 有利な立地を取られております。ここから川を突破するのは、中々に骨の折れる作業です」
「そんな事は言われなくても分かっている! それでもさっさと突破しろと言っているのだ!」
あんまりにも兵士たちが死んでいき、岸に上がる事ができていないので祥龍はイライラしている。
側近の男は「そういうものだ」と説得したが、それを理解した上で言っているのだと言い放つ。あまりにも自己中心的な考えで、側近も「マジかよ…」と呆れる。
しかしこの祥龍の心配は、直ぐに解消される。
確かに立地の有利というものがあって、最初こそ数の有利を覆すような戦い振りができていた。
だが残念ながら、これは最初だけの事だ。
時間が経てば経つほど、均衡が数の有利である祥龍軍の方に傾いて行く。
何とか保っているところがあれば、もう崩れてしまっているところもある。普通ならば前線を突破した人間たちから、他の前線を助けに行くのが定石だ。
それが祥龍軍の兵士たちは、我先にという感じで忠信軍の本陣に向かって突撃して行く。自分が武功を上げたいからという理由である。
「忠信さま! 前線の一部が突破され、こちらに向かって来ているとの事にございます!」
「もう突破されたか……いつかはされると思っていたが、ここまで早いとは」
「殿、どういたしましょう?」
「致し方あるまい、ここで迎え撃つ! 外の守備隊に、迎撃準備するように指示を出せ!」
「は! 承知いたしました!」
忠信は前線を突破されるのは時間の問題だと予想はしていたが、想定よりも早い突破に少し驚く。
こうなってしまったら、覚悟を決めるしか無い。
忠信は本陣で向かって来る敵を迎え撃つ事を決め、本陣の外で待機している吉丸たち守備隊に「敵が向かって来る! 迎え撃つ準備をせよ!」と指示が飛ぶ。
吉丸たちは「いよいよ、始まるのか」と溢す。
本陣守備隊は、こちらに向かって来る祥龍軍を迎え撃つべく守備陣形を迅速に取るのである。
そしていよいよ吉丸は戦闘を開始する。




