080:いざ、死地へ
大治城に引っ越しを行なった事で、吉丸たちの住居も変わって大忙しである。
自分の家だけなら簡単に終わる。なんせ吉丸の家の中には家具という家具を置いていないからだ。
しかし上前津城から大治城への秀蘭の引っ越しは、吉丸たちのような下人とは比べ物にならない。数日かけて家来総出で行なって3日位かかってしまう。
気がつけば和帝暦19年(西暦2179年)を迎えており、新しい春を迎えようとしていた。
だが、穏やかな春は訪れない。
「え? 私が呼ばれてる? なんだろうな……」
「別にお前だけが呼ばれてるわけじゃ無いぞ? どうやら300人規模の隊を編成しているみたいだ」
「隊を編成ですか? まぁよく分からないですけど、とりあえず大治城に行きますね」
吉丸は大治城の城下を見回っている時に、自分よりも位の高い家臣の方が呼びに来た。
どうやら吉丸が大治城に招集されたらしい。
何か特別な事があるんじゃ無いかと思っていたが、呼ばれているのは吉丸だけでは無い。なんなら今、秀蘭は300人規模の隊を編成しているとの事だ。
よく分からないが、城に行けば分かるだろうと向かう。
大治城に到着すると、吉丸と同じ足軽大将だが吉丸よりも長く勤めている男たち9人が集められていた。
つまり30人を率いる足軽大将を10人集めたという事は、さっき呼びに来た人が言っていたように300人規模の隊を編成しているのが確信に変わる。
それにしても足軽だけを集めて、一体どんな命令を受けるのかと吉丸は少しドキッとするのである。
すると秀蘭の家臣で左大将である大盛と、ここ最近になって大きく出世し始めている丹瀬 長廉が現れた。
「貴殿らに集まって貰ったのは、他でも無い! 殿から仰せつかった特別任務を行なって貰う為だ!」
「お 俺たちに特別任務ですか!? それって一体……」
「なに難しい事では無い。今から貴殿ら300人には、美飛へと向かい、忠信さまの軍勢に加わって貰う! そして我らよりも先に祥龍軍と戦うのだ!」
ここに集められた足軽大将たちへの命令は、戦が始まるであろう美飛へと向かう先陣を切る役目だった。
ようやく理解した。戦いが始まるというタイミングで、秀蘭たち本隊も美飛へと向かう。それよりも先に忠信の護衛を務める為に吉丸たちは贈られるのだ。
普通ならば主人の義父の命を守ってみせると、やる気を出すところである。しかしここに集まっている足軽大将たちは、全くもってそういう士気を感じさせない。
どうしてか。
それは簡単だ。噂話だが忠信軍と祥龍軍では圧倒的な兵力差があるという情報が流れているからである。
その数2700人と、1万7500人。圧倒的も圧倒的であり、これで戦いに行けという方が酷な話だ。
「どうしたんだ、お前たち? まさか死ぬのが恐ろしく行きたく無いなど、そんな腑抜けた事は言わぬだろうな?」
「お前たちは、なにも理解していない! どれだけ殿が、忠信さまの事を心配なさっているか。今にも自分で飛び出しそうなのを、我らがお止めしているのだ。主人が死ぬのを覚悟で助けに行こうとしているのに、家来であるお前たちが逃げ出そうとしているなど、言語道断だ!」
あまりにもこの道理は可哀想である。
どんな人間であっても死ぬのは恐ろしいはず。それを逃げていると言われ、足軽大将たちは「そんな事を言われたって……」という表情を浮かべている。
しかしそんな中で1番後ろにいた吉丸が「ははぁ!」と言って地面に座り、深々と頭を下げた。
ここにいる人間たちの視線が集まる。
「この犬飼 吉丸に、その大仕事をお任せあれ! 殿の心配なさる事は絶対に起こさせず、忠信さまを命に変えてお守りいたしまする!」
「犬、良くぞ申した! お前たちの活躍が美飛の、西愛河の命運がかかっておる! 全力で心せよ!」
『ははぁああ!!!!!』
吉丸が他の足軽大将たちの尻を叩いた事で、自分たちも負けてはいられないと火が付いた。
戦って勝てば良いと覚悟が決まった。
その光景に大盛と長廉は満足そうに笑みを浮かべる。
直ちに足軽大将たちは、自分たちの部下を集め美飛に向かって出発する。その中にもちろん吉丸の部下である康人たちも含まれており、十分な説明を受けておらず、なんとも言えない表情を浮かべていた。
吉丸たちが美飛に向かって出発するところで、利恒が吉丸に駆け寄る。今さっき話を聞いたのだ。
「なんだ、心配して来てくれたのか?」
「当たり前だろ! 今回の戦いは、かなり不利だっていう話だ……絶対に死ぬなよ?」
「いやぁ、そればっかりは分からないだろ。それでも俺は出世する男だ、こんなところじゃ死なないよ……まぁ帰って来たら、酒でも飲もうや。お前の奢りでな」
「たくっ、お前は……」
吉丸は利恒に見送られ、美飛へと出立した。
その道中もプラス思考である吉丸ですら、今回の戦いで死ぬのでは無いかという想像をしてしまう。
嫌な想像をしながら吉丸たちは、3日の道のりを歩いて行き井ノ山城に到着。
娘婿が援軍を出してくれた事が嬉しく、忠信は吉丸たちを快く迎えるのである。
「貴殿らの到着を待っておったぞ! さぁさぁ豪華とは言えぬが、貴殿らの為に料理を用意した。存分と食べて飲んで英気を養ってくれ!」
『ははぁ! ありがたき幸せ!』
忠信は吉丸たちに食事と酒を用意したから、それを食べて飲んで英気を養うように言う。
足軽大将たちは上段の間を続々と出て行き、宴会場の方に向かう。吉丸はペーペーなので、1番最後に立ち上がって一礼してから部屋を出ようとした。
すると「吉丸、ちょっとお主は待て」と言われた。
どうしたのかと思ってドキドキしながら「は!」と返事をしてから、また座り直す。
「前に来た時は、ただの奉行。そして今は足軽をまとめる隊長にまで成り上がったか。見事なものだな」
「はは! 忠信さまに、そう仰って頂けるなんて光栄の極みにございまする!」
「そこでお主を、ワシの本陣守備隊に組み込みたい」
「な なんと!? わ 私が本陣守備隊に!?」
「そうだ、武功を挙げていると聞いている。今は少しでも優秀な人材を、登用しなければ立ち行かん!」
吉丸が戦に行く資格のない下人から、たったの数年で足軽大将になった事を忠信は大きく評価していた。
なので自分の本陣守備隊に入れと言う。
まさかそんな事を任じられるとは思っておらず、深々と頭を下げ光栄である事を体で表現した。
しかし吉丸は疑問を持つ。
「私の事を評価して頂いているのはありがたいのですが、他にも優秀な人材がいると思います……なにゆえ私だけなのでしょうか?」」
「アレらはダメだ! お主と違って目が死んでおるわ。どうせ今回の戦いは勝てぬ、どうせ死ぬと思っているような目だ。しかしお主だけは、目に正気を感じる! それゆえにお主だけを連れていく」
「はは! 訳を知り、気合も入りました。忠信さまの為、この犬飼 吉丸、身命を賭して戦いまする!」
理由を知った吉丸は、確かに自分以外の足軽大将たちは心の中では「どうせ負ける」や「どうせ死ぬ」と言ったマイナスな感情を持っているだろう。
しかし吉丸は違う。本気で勝てると思っているし、絶対に死ねないとも思っている。
そんなところを忠信は見抜いたのだ。
いよいよ、本格的に吉丸の死闘が始まろうとしている。




