079:野間口家の右大将
英明を誅殺してから2日後。
和帝暦18年10月20日、待ちに待った義央が、庇護者である秀蘭と共に大治城へと入場した。
義央が入場する時、門前には憎き英明の首が晒されており、ようやく父親の仇を取れたと義央は嬉し泣きする。その姿に義央の家臣たちも男泣きである。
そんな中で義央たちは城の中に入り、秀蘭たちを含む家臣たちを上段の間へと集めた。
「父上の死は何よりも悲しく、英明らの裏切りは何よりも腹立たしい……しかし! 貴殿らの働きに、私はとてつもなく嬉しく思っておる! 皆の者、良くやったぞ!」
『ははぁあ!!!』
義央は父親である良元の死を悲しみ、英明がやった事に対して手が震えるほどに憤慨している。
しかし英明に怒りを感じているくらい英明を討ち取ってくれた家臣たちに、義央は心からの感謝を持っている。
その中でも最も感謝しているのは、今回の騒動で手足となって動いてくれた秀蘭だ。大治仙道家との戦いにおいての武功第一功も秀蘭である。
「今回の勝利は、秀蘭が居なければ無かったであろう。そこで秀蘭を野間口家の右大将に任ずる!」
「はは! ありがたき幸せ!」
「しかしこれだけでは、借りた恩は返せたとは思えぬ! そこで何か欲しい物を与えようと思うが、何か欲しい物はあるか?」
大治仙道家との戦いにおいて秀蘭の活躍を認め、野間口家の右大将に任命すると正式に発表された。
序列1位である左大将には、既に西春仙道家の仙道 津山守 秀孝が就いている。その為、秀蘭は左大将の次に偉い右大将の官位を貰った。
しかしそれだけでは足りないと義央は、欲しい物は無いかと秀蘭に問うのである。
聞かれた秀蘭は少し考えるように黙り、そして顔を上げると自分の欲しい物について話す。
「私が欲しい物は思い当たりませぬ。しかしながら、1つだけ殿に、お頼み申し上げたき事がごさいまする!」
「良い、申してみよ! 俺のできる事ならば、なんでも叶えてやろうでは無いか!」
「はは! ありがたき幸せ。では……駿静の中林家と同盟を結んで欲しいのです!」
秀蘭が義央に頼んだのは、駿静の中林家と同盟を結んで欲しいという事だった。
あまりにも突然だったので、上段の間は静まり返る。
そして直ぐに「ふざけるなぁ!」と左大将である秀孝が割って入り、秀蘭に罵声を飛ばすのである。
「お前は何様だ! 英明の首を取ったからと言って、西愛河を取ったつもりか!」
「秀孝殿、あまり物騒な事を言わないで頂きたい。全くもって、そんな事を考えた事は1度たりとも考えた事なんて無い……ん? まさか貴殿が、そんな事を考えているから私も同じだと思ったんじゃ無いですか?」
「ふ ふざけた事を吐かすな! この私が野間口家を裏切り国を簒奪など、考えるはずが無いだろう!」
イチャモンをつけるように秀孝が言って来たので、秀蘭は自分が考えているから他人にも思うのだろと言い返す。
その言葉を聞いて秀孝が、さらに怒りを露わにした。
2人の言い合いが激しさを増そうとして来たタイミングで、義央が「2人とも止めよ!」と仲裁に入る。
さすがに義央が止めに入ってから続けるわけにはいかないので、秀孝は膝を床に着けて頭を下げた。
「秀孝、お主が俺の事を心配してくれているのは理解している。しかし今回の戦いで、最も尽力してくれたのは秀蘭であり、秀蘭が居なければ勝てなかったのは事実だ。それに隣国である駿静との同盟は、私も考えていたこと」
「と 殿が仰るのであれば……私に反対する権利はございませぬ。子供のように駄々を捏ねてしまい、誠に申し訳ございませぬ」
「分かってくれれば良いのだ……さて秀蘭の申す通り、これより駿静との同盟を結ぶ事に尽力しようでは無いか! それを持って褒美とする!」
「はは! ありがたき幸せ!」
義央は秀蘭の頼みを聞くと約束し、その言葉通り駿静に同盟を組みたいという旨を伝える使者を送った。
まさしく駿静の中林家からしたら寝耳に水だろう。
秀蘭を攻める作戦が進んでいたというのに、ここに来て雪庭の死去と共に義央が国主になるのが重なるという運の無さを感じざるを得ない祥鳳。
こんな事になったので祥鳳の家臣である太原たちは、この同盟に大反対するのである。
「こんな同盟を呑んではいけませぬ! 今、秀蘭を討ち取る好機にございまするぞ!」
「そんな事は理解している! しかし野間口家とは祖先の代から、共に天皇陛下にお仕えした仲……そんな友の右大将を攻めるなど、余の武士道が許さぬ!」
「今、そんな事は……」
そう日本時代末期に野間口家と中林家は、天皇陛下にお仕えしており仲が良かった。
そんな関係性があるのに、この同盟を蹴って野間口家の右大将を討ち取るなんて事は祥鳳にとっては、武士道に反する恥ずべき行為であると思っている。
主君の固い意志に、太原や央泰と言った重臣たちも言いたい事はあるが、ゴクンッと飲み込むしかなかった。
これにより野間口家と中林家の同盟が成立。秀蘭たちの寿命も存える事になったのである。
秀蘭は右大将になったタイミングで、居城を上前津城から大治城へと移した。
ならば誰が上前津城に住むのか。
それは……。
「叔父上、今まで何度も何度も助けて頂き感謝のしようもありませぬ! 是非とも上前津城を貰っては頂けぬでしょうか?」
「なっ、ワシに上前津城を!? 上前津城は、仙道愛知家代々の城……そんなところを、こんなワシでは貰えぬ!」
「いやいや、叔父上よ。何を言っておるのですか? 叔父上だって歴とした仙道愛知家の人間ではございませぬか。是非とも叔父上に貰って頂きたいのです」
秀蘭が上前津城の新たな城主に選んだのは、幾度も秀蘭に手を貸した叔父の秀安だった。
まさか自分が上前津城を貰えるなんて思っていなかった秀安は、自分には勿体無いと辞退しようとする。
上前津城と、秀斗の居城である古森城は代々仙道愛知家の人間たちで受け継がれている城だ。もちろん秀安も仙道愛知家の人間ではあるが、家督争いから排除されている人間には勿体無い城だと思ったのである。
しかし秀蘭は秀安の気持ちを理解した上で、それでも受け取る人間は秀安しかいないと説得に説得を重ねる。
さすがに秀安も断れないと分かったのだろう。渋々ではあるが、上前津城を預かるという名目で受け取る事を正式に承認し、改めて感謝を秀蘭に伝えた。
だが秀安が上前津城に住んだのは2ヶ月間だけだった。
天好新書には『秀蘭の叔父・仙道 秀安は、和帝暦19年1月に、何者かによって暗殺された』と記されている。
記述通り誰かは特定されたわけでは無いが、秀蘭は秀安の家臣でありながら英明の身内である男を犯人と断定。そのまま秀蘭の配下の人間に、その男を討ち取らせた。
あまりにも全てが突然に起こった為、周囲の人間たちは秀安を殺させたのは秀蘭では無いかと噂する者もいた。
しかし実際のところ誰が殺したのかは分からない。
それでも秀安が死んだ事によって、秀蘭の地位は盤石になって行くのである。
そしていよいよ美飛での大戦が始まろうとしていた。




