078:孤独な人形
秀安一団は大治城に到着した。
今日、来るというのを分かっているので、城門で英明らの家臣が待機していた。重要人物である秀安を待たせるわけにはいかないと思っているからである。
家臣は頭を下げて秀安を迎えるが、その後ろにいる吉丸たちは配下の人間の多さに違和感を持つ。
「秀安さま、場内にお供する家臣の方々は3人までにして頂きたいのですが。あと刀も預からせて頂きます」
「英明殿を信用していないわけではござらぬが、ほんの少し前まで戦っていた間柄。これくらいは許して頂きたい」
「し しかし決まりは決まりですので……」
「ならば、この話は無かった事にして貰おう」
当たり前だが、もしもの事を警戒している門番の兵は、城の中に連れていく兵の数を制限し武器も預かると秀安に説明を行なうのである。
しかしこんなところで兵を減らし、武器を渡すわけにはいかない秀安。どうにか理由をつけて認めさせようとしたが、向こうも向こうで、指示されていない事を許可するわけにはいかず、お断りを入れるしか無かった。
こうなったら仕掛け直すしかないと秀安は、今回の話を無かった事にすると言って帰ろうとする。
帰ろうとしている秀安を見て、門番の兵士は「あ…あ」と某小さくて可愛いキャラクターや某神隠し映画に出てくるキャラクターのように言葉を発するだけだった。
どんどん帰ろうとする秀安を、城の中の方から「ちょっとお待ちを!」と秀安を呼び止める声がする。呼び止めたのは俊膳だったのである。
「いやいや、秀安殿の言う事が真にございますな。確かに少し前まで殺し合いをしていた人間たちを、そう易々と信用する事などできる事ではございませぬ。ならばお呼びだてしてしまったのは我らでございますし、本日は秀安殿の申される通りにいたしましょう」
「おぉ俊膳殿、中々にお話を理解されているお方だ。それではお言葉に甘えて」
「さぁさぁこちらにどうぞ! 英明さまが、お待ちしておりまする!」
俊膳は秀安に気分を害され、協力しないと言われたら大損になってしまう為、秀安の言うように全てを認めた。
そして満面の笑みで、秀安たちを城の中に案内する。
あまりにも嘘くさい笑みを浮かべながら、秀安に着いて来た吉丸たちも歓迎する。
だが全員が入ったところで、怖いくらいの真顔になる。
「俺は少し出掛けてくる、話し合いの途中には帰るゆえ、ここの守りは任せたぞ?」
「は! 承知いたしました!」
どうやら俊膳は用事があるらしく、話し合いまでには戻ると言って大治城を後にした。
しかし俊膳が城に戻ってくる事は無かった。
それは天好新書にも書かれている事ではあるが、詳細な記録が記されているわけでもなく、情報に乏しい。
だがこれだけは言える。俊膳は何かを悟り、直ちに西愛河を脱出。そのまま駿静へと亡命し、どこにも仕官する事なく余生を過ごし、最後は誰にも看取られる事なく生涯を閉じる事になるのである。
そんな事が起きているなんて知らない吉丸たちは、城の中に入ると上段の間に通された。
その間、吉丸と森木を含む数人のみは上段の間の前で、もしもの時の為に待機する。それ以外は下段の間で話が終わるのを待つように言われており、下段の間で待っているのは秀安の側近たちだ。
上段の間には英明と秀安の2人だけ。
いよいよ西愛河の明暗を決める会談が始まる。
「俊膳が遅れているようで申し訳ございませぬ。もう暫し待っていただけないだろうか」
「いやいや、今回の議題ならば我らだけでも行なえましょう。私は俊膳殿に手を貸すのではなく、英明殿と手を取り合いたいと思っておりますゆえ」
「秀安殿に、そう言って貰えたのはありがたい! それでは俊膳は待たずに、話し合いを始めましょうか」
英明は俊膳の到着を待とうと提案した。
こんなところで時間がかかってしまうと、秀蘭が悪い想像をしてしまうかもしれない。つまり時間がかかっているという事は、もしかしたら寝返ろうとしているのでは無いかと勘ぐる可能性があるという事だ。
それだけは避けたいので、秀安は俊膳の事を少しだけ下げた上で、手を取り合いたいのは英明である事を明確しにして、気分良くなった英明は話し合いを始める事にした。
「して、秀蘭との戦況については如何に?」
「これは明らかに劣勢に立たされており、我らだけの戦力で勝利するのは絶望的な状況にありまする……」
「ほぉだから秀蘭と親しく、大きな戦力を持っている私に白羽の矢が立ったというわけですね?」
「その通りにございまする! 今まで秀蘭に勝てなかったのは、貴殿の尽力があったからこそ! そんな貴殿を、我らの仲間になって頂けるのはありがたい限り!」
英明は本当に秀安が裏切るという最悪なシナリオを考えておらず、本気で仲間になってくれると思っている。
そんな英明に秀安は、心の中で「はぁ…」と呆れる。
やはり英明には西愛河を治めるだけの才覚は無いと、秀安は判断した。これ以上は時間の無駄だと悟り、秀安は部屋の外で待機している吉丸たちに「始めろ!」と叫んで合図を出す。
合図を聞いた吉丸と森木は互いの顔を見合ってから、小さく「うん」と頷いてタイミングを確認した。
そして刀に手をやって近くにいる英明の家来を斬る。
上段の間の方で騒ぎが起きているのに気がついた下段の間の秀安の家来たちも動き出す。
「ど どうなっているのだ!? ま まさか貴様、私を騙したのか!?」
「勘違いしては欲しくありませんね、私は1度と貴方の味方になるなんて言った覚えはございませぬぞ? 何より最初に裏切ったのは貴方の方だ」
外での騒ぎに驚きながらも、この瞬間にようやく裏切られたんだという事に気がついた。
しかし気づいた時には、もう遅い。
部屋の外を制圧した吉丸と森木が、襖を開けて上段の間に入って来る。その姿は敵兵の返り血を浴びており、まさしく鬼の形相と言って相違ない。
そんな人間たちが入って来たので、英明は「ヒイィ」と情けない声を出して、あぐらをかいていた足を崩す。
「さぁ英明殿、最後くらいは武士の根性を見せてみろ!」
秀安は武士の情けというのか、最後くらいは花を持たせてやりたいのか。それは誰にも分からないが、秀安は懐から短刀を出して英明の前にドンッと置いた。
その短刀を凝視しながら、英明は歯茎を剥き出しにし息を「ふぅー! ふぅー!」と荒立てている。
震える手で短刀に手を伸ばし、手に取る。
ゆっくりと鞘から短刀を抜く。その刃に怯えている自分が写っており、英明は「これは誰だ? これは俺か?」と写っている人間が恐ろしく弱々しく見えた。
すると英明はグッと歯を食いしばり、叫び声を上げながら秀安に襲い掛かろうとする。
だが、いち早く反応した吉丸の手で首が刎ねられた。
英明の体はそのまま前にバタンッと倒れ、首はコロコロッと転がって秀安の前で止まる。
その首を秀安は冷たい目で見下ろす。
「最後の最後に根性みせたでは無いか。だが、いまいち遅かったようだな」
和帝暦18年10月18日。その生涯を俊膳の傀儡として過ごし、なに1つとして成し遂げられなかった。
ここに仙道 横須賀守 英明、死す。




