077:甘く見られたものだ
孫六と喜平太が殺されているのだ、自分の命も無いと悟った忠信は徳道に「さっさと殺せ!」と命乞いをしない。
顔が涙と鼻水でグチャグチャになっている。
そんな忠信を見た徳道は「ふふ」と笑った。しかも腹が立つ事に、手で顔を隠して上品に笑ったのである。
これにもちろん忠信も「何を笑っている?」と目を限界まで開け、低い声で徳道を問いただす。
「これは失敬、失敬……別に忠信さまが、滑稽だから笑ったわけではございませぬ。祥龍さまは、今日この日に忠信さまを殺すつもりはございませぬ。祥龍さまは、忠信さまに対して、今夜中に武芸川城を出ていくよう仰っておりました」
祥龍が孫六や喜平太のように、忠信を殺すつもりは無いと断言していたのである。
こんなところで、こんな形で忠信を殺したところで祥龍の本当の勝利にはならないと分かっているのだ。
だから殺さず、今日のうちに城を出るよう要求した。
ギリッと歯を噛み締め、こんな形で城を出るのは忠信一生の汚名ではある。しかしこんな事を死ぬわけにもいかないので、祥龍に言われたように側近たちを連れ城を出る。
それだけでは無い。武芸川城の城下町を、しっかりと焼き払ってから武芸川を渡り、井ノ山城に逃げた。
これが今回の騒動の全貌である。
思っていたよりもドロドロして、醜い家内闘争に吉丸は何とも言えない表情を浮かべている。
全てを説明した利恒も何とも言えない表情をしている。
「それで忠信さまと祥龍は、いつ戦いを始めるんだ? もしかしたら直ぐ始まってもおかしく無いんじゃないか?」
「確かに関係としては、今日にでも始まってもおかしくは無いと思うけど……まぁ季節が10月というものあって、年を越し雪が溶けてからじゃ無いか?」
「あぁ確かに言われてみたらな。今から始めたところで、もしかしたら良いところまで行って雪で中断されるかもしれないよな」
「そうなんだよ、それを考えたら年越しを待った方が賢明だろうな」
忠信と祥龍の関係と対立を考えたら、今すぐに戦いが始まってもおかしくは無いだろう。
しかし時期が10月という中途半端な時期だ。
戦いを始めたところで少しの拮抗してしまったら、冬になって雪が降り戦いは滞る。戦う事もできないわけでは無いが、攻める方が明らかに不利である。
そうなるなら年明けを待った方が賢明だ。
吉丸と利恒も、そう考えている。
まさしく2人の予想通り、武芸川を挟んで井ノ山城と武芸川城は睨み合いを続けていた。
ピリピリした緊張感が漂っており、いつこの緊張状態が解消されるのかと美飛の人間たちは様子を伺っている。
だが美飛よりも先に、西愛河の情勢が動いたのである。
事の始まりは秀蘭のところに、何度も何度も手を貸してくれている叔父の秀安が来た事から始まる。
助けられている秀蘭としては、秀安との関係を考えて快く上前津城に迎え入れた。
しかしどうやら遊びに来たわけでは無いそうだ。
「秀蘭さまに、お伝えしたい議があり参りました」
「叔父上、そんなよそよそしい話し方はお止め下され。私と叔父上の仲ではありませぬか」
「そうは言っても、ワシと秀蘭さまでは格が違いまする」
「そんな事をおっしゃらず、普通の甥っ子に話しかけるように話して下され」
「な なるべく心がけるようにいたそう」
「うむ! それで良いです!」
秀蘭が秀安の敬語が気に入らず、普通の甥っ子と叔父さんのように話して欲しいと頼んだ。最初こそ秀安は、格が違うからと断りを入れたが、目で人が殺せるのでは無いかというほどの眼力で秀安を見た為、秀安が折れた。
敬語がなくなりフランクになった事で、秀蘭は満足し笑みを溢す。
話す準備が整ったところで、秀蘭は「さて、お用事はなんでしょうか?」と本題に入る。
「昨日、ワシのところに英明と俊膳の使者が参った」
「なんですと? 英明と俊膳の使者が? それで使者たちは、何用で叔父上のところに?」
秀安の話というのは、自分の城に英明と俊膳の使者がやって来たという内容だった。
まさか敵である秀安のところに使者が来るとは思っておらず、秀蘭も驚き家臣たちはザワザワする。
ここまでかなりの手助けをしてくれた秀安を失うのは、秀蘭たちにとっては大きい損失であり、内容によっては事を考えなければいけない事だ。
秀蘭は恐る恐る秀安に、どういう内容だったかを聞く。
「話の内容は無論、秀蘭を共に討ち果たそうというものだった。その暁には大治仙道家の右大将にしてやると」
「ほぉ叔父上を右大将に? それで叔父上は、なんと返答なさったのですか?」
「答えは明確には答えず、詳しい話は大治城でしたいと答えた。無論、そんな誘いに乗るつもりは無い」
「と言いますと? まさか城に乗り込んで」
「あぁワシが自ら行って、その場で英明と俊膳を討ち取るのだ。それしか方法は無かろう」
秀蘭を打ち果たそうという誘いを受けた秀安だったが、秀蘭に今回の件を伝えたのが答えである。
しかしただ断るのでは勿体ないと感じた秀安は、直ぐに答えは出さず、大治城で詳しい話をしたいと使者に伝えて帰らせたというのだ。
つまりわざわざ秀安が大治城に入城し、話し合いのその場で英明と俊膳を討ち取ろうと考えている。
秀安の考えを聞いた秀蘭は、顎に手を持っていき真顔になって黙る。
そしてピッと顔を上げて秀安の顔を見た。
「それならば俺の家臣から、奴らに顔が割れていない人間をお供に付けましょう」
「おぉそれはありがたい! 是非とも頼む!」
秀蘭は秀安が、もしも裏切るかもしれないと分かった時に英明らと共に葬れるよう手のものを同行させる事を、秀安に提案してみた。
すると秀安は「それは頼もしい!」として同行を許可。
この話し合いがあってから3日後、秀安は一団を引き連れ大治城へと足を運んだ。
その一団の中に吉丸と康人の姿もある。
そして秀蘭が同行させた人間は吉丸たちだけではなく、優しき巨人の異名を持つ仙道家准将の森木 成之である。優しき巨人という異名の通り体格が良く、体格だけなら家貴よりも大きい。何より義理堅い性格で、秀蘭からの強い信頼を得ている。
「おぉお主が、俊膳四天王の1人を討ち取ったという足軽大将の吉丸か! 足軽大将なのに、武士を一騎討ちで討ち取るとは大したものよ!」
「森木さまに褒めていただけるとは、これは5代先までの誉にございまする!」
「はははは! お主は大袈裟だな、俺なんてタダの准将だぞ? そんな人間に褒められたくらいで嬉しいなんて、変わった奴だなぁ〜」
「いやいや! 森木さまと言えば義理堅く、勇猛果敢で有名な武人。まさしく侍という名に相応しいお方でございまする!」
吉丸の噂を成之は、吉丸に声をかけて俊膳四天王の太田原を討ち取った事を褒める。
この褒め言葉に吉丸は恐縮し、まさしく誉であると大袈裟な感じで答えた。さすがに少し褒めただけで、ありがたがられるのは成之としても違和感を感じた。
しかし吉丸の真っ直ぐな目で褒められると、何とも言えない嬉しさがあった。その為、大男である成之も笑みを溢し少し照れくさそうに「そうかぁ〜?」と言う。
そんな雑談をしていると秀安一団は大治城に到着した。




