075:自分の父親は
祥龍が元服した頃には、忠信との亀裂は決定的になる。
そして周りに自分が小里家の人間であるという風に吹聴し、美飛を簒奪したと忠信を非難するようになった。
もちろんそんな事をしたら、忠信の耳にも入るが「言いたければ、言わせれば良いだろ」と無視をする。この対応も祥龍の感情を逆撫でするものとなる。
そして去年、祥龍は遂に動いた。
里見四天王である鉄良、守人、雅直の3人を引き連れ、忠信の前に祥龍は現れる。
真剣そうな表情を浮かべながら忠信に「親父殿、少しよろしいでしょうか」と言って正座した。
これに対し忠信は槍を手入れする片手間で、祥龍に「どうかしたのか?」と聞く。これは祥龍じゃなくても、イラッとするのでは無いだろうか。
しかしここはグッと祥龍は耐えた。
「親父殿に、お頼み申したい事がございまする。それゆえ鉄良殿たちにも同席して貰いました」
「ワシに頼みたい事だと? また面倒な事を言うんじゃ無いだろうな」
「回りくどいのは好きじゃないんで、単刀直入に申させて頂きます。親父殿には里見家の家督を譲って頂き、隠居して頂きとうございまする!」
「なんだと!? お前は実の父親に、渡世から離れて生きろと言っているのか!?」
祥龍たちが忠信に頼んだのは、家督を祥龍に譲って隠居して欲しいという事だった。四天王の3人も深々と頭を下げ、是非とも隠居して欲しいと頼み込む。
この発言にさすがの忠信も槍を床に置いて、ドンッと大きい音を立てながら立ち上がる。
そして実の親に、そんな事を言うなんて正気の沙汰では無いと憤慨するのである。
忠信は怒り心頭だが、祥龍は至って落ち着いていた。
祥龍の表情を見た忠信は、フーッと息を吐いて落ち着いてから、また厚畳の上に座る。
「お主たちも祥龍と同意見なのか?」
「はは! 我らも同意見にございまする!」
「そうか、そうか……お前たちは正気か? この里見家を大きくし、お前たちを取り立ててやったのは誰だと思っておるのだ!?」
四天王たちの意思も聞いたところで、また怒りが込み上げて来て忠信は床をドンッと叩く。
ここまで家を大きくし、四天王を重臣にまで登用したのは忠信である。そんな主君に対し、そんな事を言うなんて正気なのかと不満を漏らす。
するとここで初めて冷静だった祥龍が声を荒げる。
「何を申されるか! ただの商人であった親父殿を家臣に取り立て、ここまで出世させたのは誰だと思われか! それなのに親父殿は主君である小里家を蔑ろにし、美飛を簒奪した事は許されざる行為!」
「な なんだと!? 実の父親に、なんという口を聞いておるのだ!」
「笑止千万っ! 親父殿は私の実の父親では無い。私の実の父親は、小里 健太さまだ!」
遂に祥龍は忠信に、自分の父親は小里家の当主であると断言したのである。今までは直接、本人には言って来なかったが、我慢の限界を迎えたのだろう。
この言葉を聞いた忠信は、なんとよ言えないような表情を浮かべながら黙り込んだ。
あまりにも衝撃的で頭が真っ白になったのである。
「そんな戯言を……今ここで発言を取り消せば、今までの事は冗談として見逃してやる」
「戯言を申しているのは親父殿の方だ! 家督を譲らないと言うのならば、こちらは力技に出る他あるまい」
全ての事を笑い飛ばすように忠信は笑った。
今までの事を撤回するなら、話は聞かなかった事にすると説得を試みるのである。
しかし毛頭、祥龍に譲る気は無かった。
祥龍は徐にスッと右手を挙げると、部屋の外で待機していた祥龍の手のものが雪崩れ込んで来る。
そして忠信の事を取り囲み、槍を向けるのである。
「はははは! さすがのワシも、この数を相手に大立ち回りは出来まい……分かった! お前の言う通り、家督をお前に譲るとしよう」
「懸命な判断、感謝いたしまする」
「しかし! これだけは言っておくぞ? お前の実の父親は紛れもなく、お前の言うところの国を簒奪したワシだ」
争ったところで勝ち目は無いと悟った忠信は、条件を飲むしか無いと決断。素直に家督を祥龍に譲る事を決め、隠居する事を約束するのである。
しかし祥龍の条件を飲む旨を伝えた上で、自分の実の息子である事を断言した。
信じる耳を持たない祥龍は「そんなわけない!」と信じず、忠信を上段の間から追い出す。
そこから少しの間、平穏な時間が流れた。
だが残念ながら平穏な時間は長くは続かない。
武芸川城内で隠居している忠信は、とてつも無い大宴会を毎晩のように行なう。その上で祥龍には当主の器を持っておらず、2人の弟の方が投手に向いているという話を、周りに言いふらしていたのである。
まだこれだけだったら祥龍も我慢できたが、次第に忠信の言う事が過激化していく。その内容は、いずれ祥龍を糾弾し当主の座から引き摺り下ろそうと考えていた。
これには祥龍も我慢できなかった。
「これはさすがに看過できない! どうにか親父殿を排除しなければ、この先面倒な事になる」
「私に考えがありまする」
「おぉ叔父上、何か良い案がございますか?」
「狙うべきは、忠信さまではございませぬ」
打倒忠信を掲げる上で、何か忠信を追い込む方法は無いかと祥龍は重臣を集めて意見を求めた。
すると忠信の弟で祥龍の叔父である長沼 徳道が自分に良い考えがあると言う。
面白いと祥龍は徳道に意見を聞く。
徳道の考えでは狙うべきは忠信ではなく、その足元を狙うべきであると不敵な笑みを浮かべながら言った。
「足元を狙う? どういう事です、一向に話が見えて来ませんぞ?」
「隠居したとは言えども、まだまだ忠信さまにはお力が残っておりまする。その為、真っ正面から戦うのは愚策。それゆえの足元にございます」
「おいおい! そんなまどろっこしい言い方をしないで、誰を狙うのかを教えてくだされ!」
「ははは、これは申し訳ございませぬ。ちょっと大袈裟な言い方をしてしまいましたね……とどのつまり孫六さまと喜平太しまにございまする」
色々とまどろっこしい言い回しをしていたが、徳道が言いたい事を簡潔にいうならば。
狙うべきは祥龍の弟であり、忠信の愛息子である孫六と喜平太の2人というわけだ。
その2人の名前が出た瞬間、上段の間はザワッとする。
それもそうだろう。忠信を倒す為に、里見家においての相続権を持つ人間たちを、まとめて殺すのだから。
しかし祥龍は「うーん」と考えるような動作をするだけで、全くもって反対する事は無かった。これはつまり手段を考えており、やるやらないという段階では無いのだ。
「叔父上、それについても良い考えがあるのですか?」
「はは! もう少しすれば忠信さまは、国代になって何周年を祝う宴を、城を出て自邸で行ないまする。その時に孫六さまと喜平太さまを、祥龍さまが病と言って入場させ討ち取りまする」
徳道が提案した考えというのは、他の重臣たちに「それは騙し討ち……」という風に躊躇させるものだったが、祥龍だけは「良い考えだ!」と褒めた。
荒削りだった策を、重臣たちで考えをまとめる。
そして実行へと移す。里見家にとって最悪の血の夜が始まろうとしていた。




