074:親子対立
秀蘭と英明の戦いは、籠城戦へと移行して行く。
要するにここから英明軍が降伏するまでに、少しの時間があるというわけである。
まだ英明との決着は着いていないが、則武新町での戦いに対する論功行賞が行なわれた。
論功行賞で吉丸は、正式に足軽大将に出世した。
その際、足軽大将と伝導奉行は両立が難しいとして、伝導奉行の方を解任となった。
足軽大将と言っても普通とは違う。
守備に行けといえば行くし、こっちの護衛に行けと言われれば行く。とどのつまり言われたら、なんでもやる万屋と言ったところだ。
それでも出世の事を考えたなら文句は言えない。
そして久しぶりに休日が貰えたので、上前津城の城下町にある人と来ている。
そう結菜である。
最近は忙し過ぎて、結菜を構ってあげられなかった。その為、今日は城下町でのデート?をする事になった。
「あ あのぉ結菜さま? そろそろお金がぁ……足軽大将に昇格しましたが、給金はそこまでぇ」
「だって、埋め合わせって言ったのは吉丸でしょ? それなら付き合って貰わないと!」
「まぁ確かに、それはそうなんですけど……うぅ財布が、空っぽになる………」
埋め合わせをすると言ったのは吉丸だが、まさかここまで消費するとは思ってもいなかった。
足軽大将になったとは言えど、給金が格段に上がったというわけでは無い。その為、今回の埋め合わせだけで財布の中が、空っぽになってしまう。
もう良いやと吉丸は覚悟を決めて結菜に付き合う。
そして一通り買い物を終えたところで、吉丸は結菜と共に茶屋に入って休憩する。
「それで吉丸は、出世できそうなの? 私と結婚する頃には、侍になってる?」
「え!? い いやぁ……そればっかりは実力だけじゃなくて、運も必要ですからね。ちょっと今、なってますと言えませんね………まぁなれるように頑張りますけど」
吉丸は、いきなり結菜に結婚する頃には出世して侍になっているかと聞かれる。
あまりにも突然に凄まじく鋭い質問が飛んで来た事で、言い訳をするように不透明な答え方をしてしまう。答えた後に、無邪気な質問に変な答え方をしてしまったと吉丸は心の中で反省する。
吉丸の答えを聞いた結菜は「はぁ…」と溜息を吐き、ジトッとした表情を浮かべながら結菜は言う。
「まぁとにかく私は、吉丸が侍だろうが足軽だろうが良いんだけどね。ちゃんと吉丸が結婚してくれるならさ」
「は はぃ…なんと答えたら良いのか、わからないんですけど。とりあえず自分にやれる事は、全身全霊でやるだけだと思ってます」
「うん! 私も応援してる!」
吉丸は結菜に、まんまと嵌められた。
不甲斐ない回答をしてしまった事により、今回は良い事を言わなければいけないと思って、結婚するのを前向きに検討しているような言い方をしてしまった。
この吉丸の結婚に関する発言に、結菜は満足そうな表情をしながら、頼んだお茶を飲むのである。
とりあえず吉丸としては、結婚の事を頭の片隅に置いといて、今は武功を挙げて出世する事を考える。
目先の戦いは英明たちの掃討戦だろう。そこで武功を挙げてやろうと考えていた。
しかし英明たちが籠城を始めて半年が経ち10月。
ボーッとしていられないので、吉丸はいつも通りに剣の修行を行なっていた、そんなある日。
「吉丸殿、吉丸殿っ! 大変な事が起きました!」
「ん? 康人殿、どうかしたの?」
吉丸が日課のトレーニングをしていると、血相を変えた康人が走ってやってくるのである。
あまりにも普段の康人とは違うので、どうしたのかと思って吉丸は手を止め康人に、何があったのかを聞く。
ハァハァと息が切れているので、少し掌を吉丸に向けて待って貰う。そしてフーフーッと息を整えてから、スッと背筋を伸ばして要件を伝える。
「忠信さまが、居城である武芸川城を脱出したとの由にございます!」
「は はぁ?? それってどういう事だ!?」
「そ それが、まだよく把握できていないのですが……どうやら家督を継いだ忠信さまの嫡男・祥龍さまと対立したとだけは聞いております」
「自分の息子と、仲違いをした? それで城を出た……よく分からないから、利恒に聞きに行こう! 利恒だったら何か知ってるかもしれない!」
全くもって状況を理解できないが、美飛の国代である忠信が居城である武芸川を脱出したらしい。それも家督を譲った嫡男の祥龍と揉めたら事だけは事実。
しかしもっと詳しい話を理解したいと、身近で身分もある程度は高い利恒に話を聞こうと考えた。
走って利恒のいる上前津城へと向かうのである。
「利恒、忠信さまが城を出たって、どういう事だ!? しかもそれは祥龍さまと揉めたからだって!?」
「あぁ事実みたいだ、俺も話を聞いて驚いたよ」
「どうなってんだよ。何があったのか、知ってるか?」
「どこまでが正しいのかは、分からないけど。とりあえず俺が聞いた話を伝えるよ」
どうやら忠信が祥龍と対立して、城を出たというのは事実というのが確定したのである。
そこから深掘りして、何があったのかを利恒に聞く。
これから利恒が説明する事は、本意は分からないが事実である事を前提として話し始める。
今回の美飛での騒動を語るのに時間は、祥龍が子供の頃にまで戻さなければいけない。
祥龍の出自は、ハッキリとしていない。
明白にある事実としては、祥龍の母親は忠信の側室。なんなら母親は、遊郭の身分が卑しい女性だった。忠信がいなければ、惨めな人生を送っていただろう。
そんな祥龍の出自の噂話の1つに、実は祥龍は忠信の息子ではなく、遊郭の客の子供であるというものだ。もちろん信憑性は限りなく低いものだ。
それでも祥龍は、この噂話を頭の片隅で「事実かもしれない」と思ったのである。
どうして信じたのか。
「お前は時期当主としての自覚が足りないんだ! お前よりも孫六と喜平太の方が優秀だぞ!」
祥龍は小さい時から正室の子供である弟2人と比べられて、厳しい教育が行なわれていた。
厳しい言葉を、幾度も投げつけられている。
その時から「自分は実の子供じゃないから、こんな風に厳しい教育されているんだ」と歪んだ解釈をしてしまう。
そこから今に至るまで、忠信と対立するようになった。
しかしそれはまだまだ始まりに過ぎない。
この話は、ただただ忠信に対して疑念を持ち始めたという事に過ぎないのである。
事が起きたのは、祥龍が10歳になろうかとしていたところである。里見家が元々仕えていた小里家の家臣で、今は里見家の重臣となっていた人間に言われた言葉だった。
「坊ちゃんは、本当は小里家の子供なんですよね?」
「何言ってるんだ? 僕は里見家の人間だぞ?」
「いやいや! どうやら殿の側室になる前に、小里家の通い遊女だったって話ですよ? そこで出来たのが、坊ちゃんっていうのを聞きましたよ?」
この家臣は明らかに酔っ払っていた。
普段ならば絶対に言わない言葉である。いや、言ってはいけない言葉である。
しかしそういう噂話があるのも事実だった。
忠信に疑念を持っていなければ、こんな話を信じなかったかもしれない。
だが残念ながらタイミングが悪かった。
忠信が実父ではない説を改めて考える機会となり、今の現状を認めたくないので、この噂話を信じる事にした。
というよりも信じるしか自分の気持ちを救えなかった。




