073:3つの戦い方
英明軍の殿を務めていた敏三が、良元残党軍の由井に討たれた事によって英明軍の後方が総崩れになる。
総大将である奏一が、敏三の討死を知ったのは大治城が目と鼻の先の三本木まで来たところだった。
「なに? 敏三が死んだと?」
「は! 挟撃を受け、良元残党軍の由井に討ち取られた由にございます!」
「そうか、下がって良いぞ」
奏一は敏三が死んだのを聞いて、少し俯き家来に下がって良いと声をかけた。この様子を見た家来は、敏三を失ってショックなのだろうと思う。
しかし実際のところは違った。
家来が出ていくのを確認してから奏一は、地面にドサッと両膝を着いて項垂れる。そして深く息を吐き「良かったぁ〜!」と自分が死ななくて良かった事を安堵する。
複勝を失っているというのに、この期に及んで奏一は自分の命が助かっている事を喜ぶのである。
「あんなバカみたいに突っ込んでくる奴らと戦っていられるか! 敏三が討たれたのは想定以上の損害だが、俺が生きているのならば負けでは無い!」
すると奏一のところに兵士がやって来た。
どうやら本陣に俊膳四天王の3人がやって来たらしい。これからの戦い方について話し合いたいのだろう。
奏一は断る理由も無いので、俊膳四天王の3人を陣の中に通すのである。
「奏一さま、これからどうするおつもりか? うちの四天王の1人である太田原が死んだ。もう我らに残された手は無いと思われまするが?」
「なに? ここまで来て、おめおめと負けを認めろと? それに、あのにっくき秀蘭に負けました……などと言うなんて事はあり得ぬわ!」
「しかし! そんな事を言われても家貴隊の突撃の勢いが凄まじく、このままでは全滅もありえまするぞ!」
「あやつに頭を下げるくらいならば、そうなった方がマシというものだわ!」
俊膳四天王たちは戦う事への否定を行なうが、奏一からすれば秀蘭に降伏して頭を下げるくらいなら死ぬと言うくらいに敵対視している。
さっきまでは死ななくて良かったと思っていた人間が、ここまで言うのだから負けたく無い本気度は本堂だろう。
しかし現実問題、もはや英明軍に勝機は無い。
ここ向かって来ている家貴隊は、連勝に次ぐ連勝によって勢いが英明軍とは桁違いである。
もうここで戦うのは愚策中の愚策でしか無い。
選択を迫られている。
「報告! 報告!」
「なんだ!」
「秀蘭軍、新大治橋の手前まで迫っております! 家貴隊が、今にも攻めかかりそうとの事にございます!」
「ちっ! もう追いついて来たと言うのか! 直ちに隊列を組み直し、新大治橋で敵軍を迎え討て!」
秀蘭軍が新川に架かる新大治橋の手前まで迫って来ており、もはや一刻の猶予も無い。
そんな中で奏一は橋で迎え討つ事を決めた。
総大将が決めたのだから俊膳四天王も従わなければいけない為、渋々ではあるが本陣の守備に着く。
そして2日目にして第2回戦が始まる。
だがこの戦いは、戦というにはあまりにも一方的な戦いとなってしまった。
その内容として、あまりの差に敵兵が敵前逃亡するほどに内容としても酷い。側から見ている人からは、一方的な虐殺なのでは無いかと思わせてしまうほどだ。
そして総大将である奏一は、俊膳四天王の討死が続き敗戦が確定した時点で敗走。大治城へと逃げようとした背を家貴によって討ち取られる事となった。
これにより則武新町の戦いは、秀蘭軍の圧勝で終わる。
目の前に大治城が見える。
あとは大治城を落とし謀反人である英明と俊膳の首を取れば、秀蘭は西愛河で実質的なトップに立てる。
本当にあと少しだ。
大治城に籠城している英明と俊膳も同じ事を考え、その戦いに少しでも備えようと動いていた。つまり秀蘭に劣る人間ですら、城攻めの流れを読んでいるのだ。
しかし秀蘭は異なっていた。
「このまま最低限の兵を大治城に残し、我らは上前津城に帰城するぞ!」
「え!? と 殿…勝利まで、あともう少しというところで撤退なさるのですか?」
「お前は、どこまで戦が好きなんだ?」
「え? い いや、決して好きというわけでは……勝利が目の前にあるのを、取らないというのは勿体無いかと」
秀蘭は最低限度の兵を残し、あとは帰城すると指示。
これに大盛は驚きの声と共に、どうして勝ちそうというところで撤退するのかと困惑がある。
そんな困惑と驚きがある大盛に、秀蘭は呆れた表情を浮かべながら「戦が好きだな」と言い放ち、さらに大盛に困惑を与えるのである。
戦好きと言われた大盛は、そういうわけでは無いが一般論を言ったのだと言葉を丸めて言う。
さらに大盛の言葉を聞いた秀蘭は深い溜息を吐く。
どうして溜息を吐くのかと、大盛はビクッとして「どうして溜息を……」と困惑を極める。
「あのなぁ、大盛よ。戦いのいうとは3種類あるんだ。戦わなければいけない戦い、戦わなくて良い戦い」
「そ そこまでは理解しております。最後の1つというのは一体なんなんでしょうか」
「最後の1つは……待つ戦いだ!」
「待つ戦い!?」
秀蘭は戦には3つの種類があると述べた。
1つ、何か理由があって戦わなければいけない戦い。1つ、戦う必要が無く戦わなくて良い戦い。最後の1つが、ジッと待機して待つ戦いだという。
最初の2つは大盛も知っていたが、最後の3つ目で目から鱗が落ちる。今までは待つ戦いなど考えもしなかった。
「これでお前も分かっただろ? 大治城は籠城したところで半年も持たずに落ちる。そうなれば兵を無駄に減らさずとも済むだろ、それだけの話だ」
「さすがは殿っ! そこまでお考えになられているとは! この佐久川 大盛、感服いたしました!」
「こんなのは、ただの戯れに過ぎないわ。とにかく兵を引き上げるぞ、さっさと支度をしろ」
「は! 承知いたしました!」
秀蘭の言葉に納得した大盛は、指示通りに最低限の兵を残して秀蘭軍は撤退を開始した。
これには大治城の英明と俊膳を困惑させた。
どうして今、自分たちを討ち取ろうとしないのか。それともできないのかと、いろんな事が頭の中を巡る。
その中で出した結論は、手を出せないという事だった。
このまま籠城していれば、いずれは好機がやって来ると大治城での籠城を決断する。
しかし城を捨て逃げなかった時点で、英明と俊膳の命運は既に尽きていた。
そして英明と俊膳と同じように、秀蘭撤退の報を聞いて大いに驚いた人間がいる。
それは良元の嫡男・義央である。
ずっと勝利の報を受けていたので、もう少しで英明と俊膳の首が見れると思っていた。それが秀蘭が、あと少しのところで帰って来たので困惑。次第に怒りへと変わる。
帰城した秀蘭を義央は、直ぐに呼びつけた。
「秀蘭、これはどういう事だ! どうして、あと少しで英明と俊膳の首を取れるのに帰って来た!」
「殿、これは戦略にございまする」
「戦略だと? 兵糧攻めと聞いたそま。あちらの兵は、もはや米粒ほどしかおらんでは無いか! ならば力尽くで城を落とすのが定石のはず、それをどうしてお前は!」
頭を下げている秀蘭に対し、義央はひたすらに「どうして戦わなかった」と怒声を上げている。
一通りの意見を聞いたところで、秀蘭はオーラというのか、殺気というのか。とにかく義央が冷や汗をかき、血の気が引くほどの眼力で秀蘭は睨んだ。
秀蘭の圧に押され、義央の口が止まる。
その隙を見て秀蘭は「殿、どうか落ち着きなされ」と落ち着くように促した。
「力尽くと申しますが、その力尽くを行なうのは兵にございまする。さらにその兵は、この国の民にございます。それはつまり国民に、死ににいけと言うのも一緒っ!」
「し しかし! そんな事は言うては……」
「言ったも同じでございまする! 待てば勝てるのならば待ちましょう。あの城は1年もせずに陥落いたしまする」
「うぅ…うむ、相分かった」
義央は色々と言いたい事はあったが、もはや秀蘭を言い負かすほどの理詰めはできないと諦めた。
これにして秀蘭と英明の戦いは籠城戦に移行する。




