070:名を残すまで
吉丸たちは敵軍の中で、必死になって敵兵たちを斬り伏せながら太田原のところまで向かおうとする。
しかしやはり精鋭というだけあって、1人1人が強い。
太田原のところまで遠いと思っていると、康人が吉丸に対して「隊長っ! 太田原が!」と声をかける。声に反応し太田原の方を見てみると、後方に下がろうとしていた。
これに吉丸は舌打ちをして、このまま逃げられたら2度と追いつけないと焦るのである。
「ここまで来て、逃すわけには……いかねぇんだよ!」
吉丸は遠ざかっていく太田原の背中を見ながら、こんなところで逃げられるわけにはいかないと覚悟を決める。
グッと歯を噛み締めて、吉丸は少ないスペースで勢いを付ける為に後ろに下がる。そして一気にトップスピードで走り出すと、敵歩兵を踏み台にしてジャンプした。
そのまま太田原に斬りかかる。
ギリギリで吉丸の存在を察知した太田原は、急いで刀を抜いて吉丸の一撃を防ぐ。あと少しというところで防がれた吉丸だったが、太田原を馬から引き摺り落とした。
「と 殿っ!?」
「この愚か者を殺せぇ!」
いきなり現れた足軽に、自分の主君が馬から落とされた事に家来たちは驚くのである。それと同時に、なんて事をしてくれたんだと吉丸を取り囲んで殺そうと動く。
しかしそれを太田原が「ちょっと待て!」と叫ぶ。
その声にビクッとした家来たちの動きが止まり、どうして止めるのかという意味の「殿?」と声を溢す。
「こんな風に馬から落とされたのなんて、どれくらいぶりだろうな……前に落とされた時は、それなりに名が通っている武士だった。だけど今回はどうだ? 俺を落としたのは、こんな身分の低い足軽と来たもんだ」
「随分な言い草じゃねぇかよ、あんたはそんなに強くて偉いのか? そんな風には見えなかったぞ、それに強いっていう割には軽すぎるんだよ!」
こんな風に馬から落とされたのなんて、忘れそうになるくらい昔の話であると太田原は言う。それどころか、前に落とされた時は名の通った武士だったらしい。
それが今回は名前も通っていない身分の低い足軽に、こんな風に落とされたとなったら面子が丸潰れだ。
かなりプルプルと怒りで震えているらしく、今にも怒りが噴火しそうになっていた。そんな太田原に吉丸は、追い打ちをかけるように軽かったと鼻で笑って言った。
この言葉に家来たちが反応して怒る。
しかしまた太田原が、手で家来たちを制した。
「良いか、お前たち? コイツに手を出すな」
「し しかし! ここまで殿を馬鹿にされて、我らは黙っておられませぬ!」
「良いから手を出すな! この卑しき足軽のガキは……この俺が、自ら討ち取ってやるわ!」
家来たちに対して、吉丸に手を出すなと指示を出す。
それは自分の手で、吉丸の首を刎ねたいからだ。こんなにも面子を潰されたのは、後にも先にも吉丸だけだろうと太田原は怒り心頭になっている。
だが一騎打ちとなり、最も喜んでいるのは吉丸だ。
ここにいる人間たちを捌きながら、太田原を討ち取るというのは非難の技だと分かっていた。その為、ここで一騎打ちに持ち込めたのは大きい。
2人は立ち上がり、後ろに擦り足で下がり距離を取る。
互いに刀を構えてから相手の様子を伺う。吉丸としては討ち取る自信があっても、相手が相手なので不用意に呼び込んでいくわけにはいかない。
それを空気感で悟った太田原から仕掛ける。
太田原は正眼の構えから、強く左足で地面を蹴って吉丸に向かって斬りかかった。やはりただの人間では無いと分かる凄まじいスピードである。
吉丸はギリギリで反応して攻撃を防ぐが、あまりの威力に後方へと弾き飛ばされた。
「くっ!? なんちゅう馬鹿力だよ……そんなヒョロヒョロの体のどこから、そんな力が出るんだ」
「お前のようなガキには分からないだろうな。こっちは数えられぬほどの死地を乗り越えているんだ! そんな人間が、お前のようなガキに劣ると思うのか!」
「そりゃあそうか。俺が鍛錬を積んでいるように、アンタらも命懸けの戦場を駆け回ってるんだもんな……それならこっちも死ぬ気でやるしかねぇよな!」
太田原の実力を知った吉丸は、これから後手に回るとなると不利になりかねない。
そうなれば自分のペースに巻き込む必要があると悟る。
構え直してから吉丸は、一気に飛び出して太田原に向かって斬りかかっていく。そのスピードは太田原に勝らずとも劣らずという感じで、太田原の目も見張るものだった。
それでもやはり経験という点で吉丸の動きを読み、上から刀を合わせ下方向に刃を向かせる。そして吉丸の左肩と太田原の右肩がぶつかるほどの距離で鍔迫り合いになる。
グググッと互いに力を込め合う。
互いに互いを制している為、力は拮抗して次の一手を出すのに苦労を強いられる。そこで吉丸は、この鍔迫り合いの均衡を、どうにかしなければいけないと考えた。
吉丸の視界にボンヤリと、太田原の足が見える。これは使えると咄嗟に判断し、太田原の足の甲を思い切り踏む。
あまりの痛みに太田原は「く!?」と顔を歪めた。
その隙に刀を上に振り、鍔迫り合いを解消。そのあと直ぐに吉丸は太田原の腹を蹴り飛ばす。蹴られた太田原は、数歩よろめいて地面に尻餅を着く。
「これで終わりだぁああああ!!!!!」
吉丸はこれで終わると思っていた。
しかし太田原は尻餅を着きながらでも刀を、吉丸が振り下ろす刀に合わせて下から上に振るった。互いに力が拮抗しているので、互いの刀はバチンッと火花を出し弾ける。
そこでさすがは歴戦の猛者といった感じで、太田原は刀を無理やり自分の体の正面に力尽くで戻した。
そして体勢の整っていない吉丸の脛を目掛けて振るう。
この衝撃の一振りに吉丸は、これまた驚きの反射神経でジャンプをして太田原の刃をギリギリで避けた。
無理な体勢で飛んだ事で、吉丸は地面に転がる。
転んだ事にヤバいと思った吉丸は、顔を上げて太田原の様子を伺おうとするのである。
するともう立ち上がっており、倒れている吉丸に刀を振り下ろそうとしていた。このままジッとしていたら、殺されると思った吉丸は、太田原が刀を振り下ろすタイミングで横に転がって刃を避ける。太田原の刀は、地面にカツンッとぶつかるのである。
ギリギリで避けて安心した瞬間、太田原は地面を削りながら吉丸の方に刀を振るう。そのまま吉丸は地面を転がりながら避け続けた。
そして転がった勢いを利用し手を使って、地面を強く叩いて起き上がる。その際も太田原の刃は吉丸の方に向かって来ており、立ち上がった吉丸を確認した太田原は追いかけるように刃を上に振るった。
避けようとしたが、もうさすがに避けられず、頬に少しの擦り傷だが負ってしまう。
「へぇ今のを避けるんだ、ただの生意気なガキだと思ってたら……お前は何者なんだ?」
「俺が何者なのかなんて、どうだって良いだろ! 名乗るほどの名前も持ち合わせていないしな。あえて言うのならば……偉大なる秀蘭さまの家来だ!」
「そうか、名乗る名前なんて無いか……ならば、俺に討たれたという事で歴史に名を残してやる!」
ただの足軽では無いと思った太田原は、何者なのかと吉丸に問うたが、答えられる身分では無いと拒否した。
しかしあえて名乗るのならば、偉大な秀蘭の家来であると堂々たる宣言をしたのである。
この答えに太田原に討たれた人間として歴史に名前を残させてやると、吉丸に向かって走り出した。




