069:死を恐れぬ覚悟
英明軍本陣の右前方を守っている太田原は、馬に乗りながら戦いに備えている。が、つまらなそうに欠伸をして余裕綽々といった雰囲気を醸し出していた。
他国ならば分からないが、西愛河だけならば確実に10本の指に入る剣術を持っている。これが余裕綽々の要因と言っても過言では無いだろう。
もう数えるのを止めるくらいの欠伸をしたところで、馬に乗った伝令兵がやって来る。
「急報! 急報! 右側より敵軍の奇襲にございます!」
「なに? 右から敵軍だって? 家貴は真っ直ぐにしか進めないと思ったけど、どうやら別働隊を出したみたいなんだねぇ。それで敵兵の数は?」
「は! それが歩兵30から40ほどかと!」
「はぁ!? たった30から40の歩兵だけで、この近衛部隊を抜けると思ってるのか? だとしたら相当なアホ、またはイカれてる自殺志願者だぞ」
吉丸たちが向かってきている事を聞いた太田原は、あまりにも少ない歩兵が突っ込んで来るので引いている。
まさかそんな人数で、精鋭が集められている近衛部隊を抜けると思われている事に驚く。もしそれを本気で抜けると思っているなら、それは頭のおかしい自殺志願者か、何も理解できていないアホの2択だ。
「太田原さま、どういたしましょうか?」
「そんなの決まってるだろ? こちらに向かって来るハエを、ハエ叩きで落とすように、アイツらも一網打尽にして向かってきた事を後悔させろ。数はそうだなぁ……30も居れば簡単に潰せるだろ」
「は! 直ちに前線にいる30の兵で迎え討ちます!」
「おぉちゃんと突撃してきた事を後悔させろよ?」
向かって来る人間と数からして、ここで変に陣形を変えるまでも無いと太田原は考えた。なので、100人中の30人だけを動かす事に決める。
指示通りに正面を向いていた30人の兵は、クルッと向きを変えて吉丸たちの方に槍を構えた。完全に吉丸たちを迎撃する態勢に入ったのである。
今から突っ込む敵陣の陣形が変わった事に、康人たちは少し不安感を抱く。気づかれずに横腹を突けるならば、それなりに勝ち目が大きいと思っていた。しかし自分たちを潰しに行く陣形を取られたら不安を抱くのも自然だ。
そんな中で吉丸は、後ろの部下たちの不安が高まっている事に気がついた。せっかくさっき士気を立て直していたのに、ここに来て下がるのはたまったもんじゃない。
そこで吉丸は、一手打つしか無いと考える。
「目の前にいるのは、この軍の中で最も手強い敵と言っても過言では無い! しかしここで逃げては、西愛河の男として……日本男児として後世、子孫の代までの恥となろうぞ! もしも耐えられないと思った時は、この吉丸の背を見て全力で戦え! 行くぞ、このまま突撃だ!」
『うぉおおおお!!!!!』
吉丸は目の前に構えている敵兵たちが、確実に英明軍の中で最も強い事を認める。ここで終われば、どうして怖がらせて終わるのかと言われてしまう。
しかしそこで終わる事なく、目の前の強敵から逃げるのも止めはしない。止めはしないが、そんな人間を西愛河の男とは認めず、日本男児とも認めない。このまま逃げるようならば後世に拭えぬ汚名を記す事になり、それは子孫の代までの恥となるだろうと言い放った。
これを聞いても逃げ出したいというのならば、自分の背中を見て寄りかかりたかったら寄りかかるように吉丸は叫んで、士気を上げるように促すのである。
そしてこの言葉によって康人たちの士気が爆発する。
完全に勢いを取り戻し、スピードが上がる。
「槍を構えろ! 馬鹿みたいに、突っ込んで来る愚かな足軽共を討ち取ってしまえ!」
『おぉおおおお!!!!!』
自分たちを突き刺して殺す恐ろしい槍が、無数に自分たちの方に向いている。そんなところに、飛び込んで行くのは尋常じゃない恐怖心だろう。
その最前線を走っているのが、この隊の隊長である吉丸自身だ。これで後方にいたら、部下たちは恐怖で足が緩んだかもしれない。しかし実際は、吉丸に続けと恐怖心を押し殺して走り続けている。
「その程度で、俺たちを止められると思うなよぉ!」
吉丸も一気に速度のギアを上げて、槍を構える歩兵たちに向かって突っ込んで行く。
槍兵たちに号令をかける隊長は「待てよ〜、待てよ〜」と言ってジリジリと焦らす。そして吉丸が、槍を付いた時に届く間合いに入った瞬間、隊長はここぞとばかりに「今だ! 突けぇ!」と叫んだ。
その指示通りに槍兵たちは、力を込めて「は!」と返事をしてから突き出すタイミングを合わせる。
統一された槍は、綺麗に吉丸に向かって突かれた。
「そんな遅い突きでやられるかよ!」
吉丸はサッカー選手がゴールを決めた後のように、膝スライディングとイナバウワーをして槍を避ける。
避けると同時に最前線の槍兵の懐に入った。槍を突き出した事によって、避けられてしまった敵槍兵たちは隙だらけの穴になってしまうのである。
一気に懐に入った吉丸は、防ぐ術もない敵槍兵たちを刀の1度の攻撃で数人を吹き飛ばした。
この突撃を見た康人は「すご…」と一言だけ溢して、後ろに控えている味方に「あそこから入るぞ!」と副官としての統率力を見せる。
敵槍兵の最前線を崩したのは良いが、あまりにも早く1人で来てしまったので、もう既に敵兵に囲まれている。
敵隊長が「こ 殺せぇ!」と焦りながら叫び、敵槍兵たちに吉丸を討ち取るように言う。その指示通りに急いで槍を構えて、吉丸に突き刺そうとする。
しかし吉丸は刺される前に、片っ端から敵槍兵たちを悉く斬り飛ばしていく。
その姿は敵兵から「ば 化け物か……」と恐れられる。
「何をしている! なにをたった1人の足軽に良いようにやられているのだ!」
「た 隊長っ! 後方の敵兵が、ぶつかります!」
「くそっ! こうなるとは思っておらなんだ……とにかく目の前の敵兵共を殺せ!」
敵部隊の隊長は足軽1人に、なにを手こずっているのかと怒りと共に動揺がある。
すると少し遅れて康人たちが、敵軍に到着した。そのまま敵兵たちを倒していく。
まさしく敵軍からしたら地獄絵図である。
その光景が少し離れたところにいる太田原のところにまで届く。
「ん? まだ潰せていないのか?」
「は! どうやら苦戦を強いられているらしく……殿、ここは引いた方がよろしいのでは? もしもの事があっては冗談にもなりませぬゆえ」
「それもそうだな、ここは無理する場面でもない。あそこの兵に合わせて10人ほど、あそこに向かわせてやれ」
まさかあそこまで粘られるとは思っていなかった太田原は、怒っているわけでも焦っているわけでもない。比較的に思考は冷静だったと言える。
その為、今はここにいるよりも距離を置いた方が良いのでは無いかと考えていた。なので、吉丸たちに対応する為に、今の歩兵にプラスして10人の兵を送るように言う。
指示をしてから太田原は馬を動かして本陣の方へ移動。
「はぁ……全くもってやってられないな。こんな勝ち目も無い戦いをしなきゃいけないなんて、俊膳さまも可哀想なお方だなぁ」
太田原は吉丸たちに背を向けて移動を始めるが、こんなにも勝ち目のない戦いをやらなければいけない主君である俊膳の事を憐れむ。
とりあえずはできる事をやろうと、立て直しを図る為に本陣に向かっている。
だが背後から「ちょっと待て!」と叫び声が聞こえる。
振り返ってみると、そこには空中で刀を振り上げて斬りかかって来ている吉丸がいた。




