068:命懸けの特命
吉丸は秀蘭に俊膳四天王を討ち取るよう命令され、あまりにも無理難題な命令に吉丸は「あ…あ…」と、何とも言えないような声を出すのである。
そんな吉丸の肩にポンッと秀蘭は手を置く。そして満面の笑みを浮かべながら言い放つ。
「もちろん4人共とは言わないぞ。4人のうちの1人で、良いと言っているんだ……な、簡単だろ?」
「は はは! やって見せまする……みせまするが、さすがに本陣に5人で突っ込むわけには」
「そこは心配するな、さすがに俺も鬼じゃない。犬を臨時の足軽大将とし、お前の部下5人の下に、さらに5人の人間を補充する。それを持って30人隊だ」
四天王のうちの1人を討ち取るにしたって、難易度が高すぎる事に変わりは無い。
しかしそれをいとも簡単なように秀蘭は語る。
やらないわけにはいかないが、どうにかして難易度を下げる必要がある。まず難易度が高い理由として、人数が5人しかいない事を挙げた。
すると秀蘭は吉丸を隊長とし、元々の5人の部下に加えて、さらに5人の部下を足して30人隊になった。その30人を率いるのに、吉丸は臨時の足軽大将へと昇格。
これは嬉しいが、本陣を攻める危険度が大幅に変わったわけでは無い。
「この仕事を見事にやってのけたら、お前を改めて正式な足軽大将へと昇格せてやる。これでお前も一気に昇格し、あとは足軽総大将を残すだけになるぞ?」
「こんな駄犬のような私に、そこまでの提案をしていただき感謝のしようがありませぬ! それにそんな大切な作戦を、私に任せていただきありがとう存じまする!」
「よし! お前には期待しているからな、見事に四天王を討ち取ってみよ!」
「はは! お任せ下さいませ!」
確かにたったの30人で、100人を率いる太田原を討ち取るというのは想像を絶する難易度だ。今も命懸けで戦ってはいるが、普通の戦場とは比べ物にならない。
しかし吉丸は、もうこの歳にして気がついている。
自分のような卑しい身分の人間は、正攻法ばかりをやっていては上に上がる事なんて出来やしない。まさしく命を大いに賭けたギャンブルをしなければいけない。
なにより成功すれば正式に足軽大将に昇格だ。
吉丸のやる気はマックスに跳ね上がった。
これが昨日の夜に起きた事件というには、何とも一方的な出来事である。
吉丸はやる気になっているが、それに付き合わされる康人たちは強いストレスを感じていた。こんな事は本当にできるのかと、田中兄弟は「む 無理だ!」と震える。
そんな田中兄弟の目の前に、吉丸は歩いていく。そして田中兄の腹を、ドスッと腹を殴った。
殴られた田中兄は、ドサッと地面に蹲ると「ゲホ! ゲホ!」と咳き込んで苦しむ。周りの兵士たちは「な なんて事をするんですか!?」と困惑する。
「良いか、お前たち! 俺たちのような人間に、こんな好機がやって来る事など、人生に1度あるか無いかだ……いや、圧倒的に無い方が多数だな」
「でも! 死んだら意味が無いんじゃ?」
「それがどうしたんだ? これは戦だ! 誰かは死んで、誰かは生き残る。それが戦であり、人生だ。人生を大きく変わるかもしれないという時、なにもせずビクビクしている人間に何が残る?」
確かに危険度は高いが、これが成功した場合の成功報酬も見返りも計り知れないくらいに大きい。何よりこんな好機が巡って来るというのは、人生に1度あったらラッキーくらいの確率で、ほとんどの人間には無い。
しかし康人たちからしたら、武功を挙げるよりも生きて帰る事の方が、死ぬ可能性が高い方が嫌なのだ。まぁそれは普通の人間の考えかもしれない。
怯えた表情を浮かべている康人たちに、吉丸は飄々とした表情を浮かべながら「それがどうした?」と死ぬ事への恐怖心を感じさせない言葉を言い放つ。なにより殺すし、死ぬのが戦だろうと落ち着いて言う。
何より吉丸にとって恐ろしいのは死ぬ事ではなく、何も成せず自分の生まれた証を残せない事だ。
「良いか? 俺は武功を挙げて、出世する為だけに言ってるわけじゃ無いんだ。俺たちが今回の作戦を成功させる事ができれば……これから流れる血を、ほんの少しだけでも減らせるかもしれないんだ」
「その血の為に、俺たちに命を賭けろと? 隊長は、そう言ってるんですか?」
「あぁその通りだ、俺たちの血を持って他人の血を守る。強い相手を倒し、味方を助ける……こんなに誇らしい事が他にあると思うか? それに俺は死ぬつもりは無い。お前たちも、その為に毎日のように鍛錬を積んでるんだろ?」
少し出世欲が強く、運の良い農民の出の少年だと康人たちは、吉丸を軽く見ていた。もちろん今の評価でも普通の農民の出にとっては過大評価と言える。
しかしこの瞬間を持って吉丸の評価が覆る。
吉丸は出世欲が強いなんてものでは無い。この世に何かをひたすらに残そうとする外物であると認識した。種類で言えば秀蘭とカテゴリーは同じであると。
実際、もうここまで来て逃げられるわけがないと康人たちは気がついている。ただほんの少しだけ駄々をこねる子供のように、抵抗して無かった事にしたかっただけだ。
さっきまでは死ぬのが怖いと思っていたが、今は違う。いや、もちろん死ぬのは生物として怖い。
だが吉丸が最後に言った死ぬつもりは無いという言葉が、不思議と心の奥にスッと入った。そりゃあ誰が最初から死ぬと思って戦うものか。
「もちろん皆んなに先頭を任せて、俺が後からノコノコと斬り合いに入るわけじゃ無い。あの大群の中に、最も最初に飛び込むのは俺だ!」
「で でも、それで隊長が死んだら……」
「おいおい、何回いわせるんだ? 俺は死ぬつもりは無いし、死ぬ気で最初から相手に襲いかかる。そう簡単に死ぬとは思えないが……まぁもしも俺が死ぬようならば、あとの指揮権は全て康人殿に任せる」
「わ 私にございまするか? さすがに私には荷が重いかと思いまするが」
「この部隊を引っ張れる人間は、ここに俺と康人殿以外にいると思うか? もちろん無理にとは言わないが……これは俺が、康人殿を信頼している証だ。それを拒否なさるのなら好きになされば良い」
「相分かった、隊長のお気持ちを嬉しく頂きます。もしもの場合は、この私が指揮を取らせて頂きます」
もちろんここまで大きい事を言っているので、吉丸が先頭を切って敵軍に突っ込んでいく。もしもの時があったならば、全ての指揮権を康人に譲渡すると伝えた。
全員の覚悟が決まったところで、あとは突撃を始めるタイミングを計るだけである。
その判断は隊長である吉丸が行なう。
チラッと路地から片目だけを出して、戦場の様子を伺うのである。タイミングを間違ったら、それこそただの自殺行為に相違ない。
そして時期が来たと吉丸は判断した。
突撃の号令を出す前に、吉丸はチラッと康人たちの方を向いてニカッと笑う。
「田中兄、さっきは殴って悪かったな」
「い いえ、自分たちの覚悟が足りなかっただけです」
「そう言って貰えると助かる。まぁさっきは大きな事を言ったかもしれないが、目先の話をするならば……この戦で武功を挙げたら、家族に多額の金が入るぞ! そうなれば病になったとしても薬が買えるし、弟や妹たちに満腹になるほどの食事を買ってやれる!」
『お おぉ〜!!!』
「ここを生き抜き、どデカい武功を挙げるぞ! そしてそれで家族を守るんだ!」
『おぉおおおお!!!!!』
さっきまでは難しい話をしていたが、端的にいうならば生き残って活躍すれば家族を養えるのだ。それがどんな意味を持つかは、ここにいる人間たちなら理解している。
家族の為に戦うと思ったら、康人たちの体に力が入って士気が上がったのである。
それを見た吉丸は「よし、突撃だぁ!」と号令を出す。




