067:俊膳四天王
則武新町の戦いの2日目の朝を迎える。
明るくなり始めている朝5時に兵士たちは起床。直ちに軽い食事をとってから、各部隊の号令で集合する。
そして朝の6時半に隊列を組んで、いつでも出陣できるように準備を整える。普段はもっと早く起きている人間が多いので、これくらいは問題ない。
昨日と同じように左翼には家貴、右翼には元良元軍の残党たちが配置されている。吉丸が率いる5人組は、左翼の隊列の中には姿は無かった。
「秀蘭さま、準備が整いました。いつでも行ける準備はできております」
「そうか、全軍の士気はどうなってる?」
「昨日と変わらず、高いままかと思います。今日にでも決着が着いてもおかしくはありませぬ」
本陣の床几に腰掛けた秀蘭は、大盛に全軍の士気は変わっているかと聞いた。
どうやら昨日の大勝もあって、兵の士気は高いらしい。
それを聞いた秀蘭は笑みを溢しながら「そうかそうか」と満足そうな顔をしている。
すると徐に立ち上がって右手を上に上げる。
「陣太鼓を鳴らせ! 突撃を開始させろ、今日で決着をつけてやろうぞ!」
『うぉおおおお!!!!!』
秀蘭は開戦を知らせる陣太鼓係に、合図を出してリズムよく太鼓を5回叩かせるのである。
陣太鼓の音が全戦場に響き渡る。
合図を聞いた左翼の将・家貴と、右翼の将・由井は「全軍、突撃!」と開戦の合図を出した。
今回の戦いでは左翼軍は豊国参道を、右翼軍はグルッと回って中村公園の前の道路である清正公通を進軍する。
だが昨日と今日で違うのは、家貴らが先頭を切って突撃しにいっていないというところだ。本人は、きっと自分で突撃しに行きたいはずだが、今回は無闇に先頭切って突撃するなと秀蘭から指示を受けていた。
「こうも自分でいけないとウズウズするわ! さっさと賊軍共を根絶やしにしたいというのに!」
「まぁまぁ殿、上様のご命令なのですから耐えましょう」
「お主に言われでも分かっとるわ!」
「それにしても殿は、どちらを仙道家の当主に相応しいと思っているのですか?」
「ブハ!? いきなり何を申すか! こんなところで、そんな事を言えるわけなかろうが!」
自分が突撃できない事に、体がウズウズして苛立っているみたいだ。気の荒い武将だから、こうなる事は秀蘭も分かっていたはずである。それでも秀蘭は、家貴にステイをかけて突撃を許可しなかった。
苛立っている家貴のところに、昔からの馴染みで柴山家の家来である橘 長春が、イジるようにやって来るのである。
そしていきなり仙道家の当主に相応しいのは、秀蘭か秀斗かという質問をブチかました。あまりの質問に、家貴はブーッと吹き出した。こんなところで、どちらが相応しいなんて言えるわけがなかった。
「あれれ? ここで秀斗さまって言わないって事は、当主は秀蘭さまが相応しいって思ってるって事ですかぁ?」
「おい! 長春、お前とは長い付き合いだ。それでもこれ以上の戯れをするというなら……お前とて斬るぞ?」
「おぉこれはすまんすまん! 別に馬鹿にするつもりとか無かったんだけどなぁ。ハハハハ……まぁ真面目な話をすると、まだ向こうは本気を出していないんですよね?」
「まぁ確かにな。昨日の段階で、どうして俊膳四天王を出さなかったのか……」
「そりゃあ皆んなが皆んな、殿みたいに突撃するような猛牛じゃありませんし」
少しイジったところで、これ以上は自分の命に関わると長春は悟って真剣な話に話題を戻す。
ここで疑問に上がったのは、英明軍がまだ本気を出していないんじゃないかということ。
どうしてそう思ったのか。その理由は、まだ英明軍の中で最高戦力である俊膳四天王が出て来ていないからだ。
俊膳四天王というのは俊膳の家臣の中で、武勇において並ぶ者のいない4人の事を指す。野間口家の陪々臣でありながら武勇だけならば、国主の家臣として少将まで登り詰められる素質がある人間たちである。
その俊膳四天王が、まだ後方に下がったままなのだ。
そんな俊膳四天王たちは、俊膳の命で奏一と敏三が控えている本陣の守りに就いていた。
各4方向を四天王が1人配備されている。
これの4人が居なければ、半日とかからずに本陣へと攻め入って奏一らを討ち取る事ができる。
敵本陣から見て左前方に配置されているのが、四天王の1人である太田原 洸だ。
「おぉ今日は柴山が、先陣を切って来ないんだなぁ」
「どうやら昨日とは布陣が異なるみたいです! どう対処いたしますか?」
「対処するも何も、ここに来るかなんて分からないんじゃん。ここに来るのなら迎え討てば良いし、来ないなら傍観しているだけで十分だよ」
太田原は髪の毛が茶髪で、見た目は明らかにチャラそうなギャル男と言った感じである。
そんな太田原は今日の布陣に、少し違和感を感じる。
どうして昨日の上手くいった家貴突撃を辞めて、こんな安牌な作戦をとりにいったのだろうと。しかしそんな事を考えても秀蘭の頭の中を理解する事なんて無理。だと太田原は諦めて、来たら迎え討つという戦法に切り替える。
一方で最も気になる吉丸は、どこにいるのか。
昨日まで配置されていた家貴軍のところにはおらず、吉丸たちは豊国参道から道路を、4つ挟んだところにある東宿町の路地で息を潜めている。
しかも5人組のはずが、全員合わせて30人もいる。
「た 隊長、本当に俺たちだけでやれるんですか!?」
「なに言ってんだよ! できなくても殿の命令なら、何が何でもやらなきゃダメなんだよ!」
田中兄が心配そうな表情を浮かべながら、吉丸に今からやる事は本当に成功するのかと聞く。
しかし吉丸からしたら、その質問はナンセンスだ。
どうしてかというと。秀蘭が直々に命令を出したからである。もっと分かりやすくいうならば、秀蘭が吉丸たちにやれと言ったからで、この場合は無理だと思っても何が何でもやらなければいけない。
それが吉丸たちのような地位の低い人間の生きる道。そして成り上がる為の道なのだ。
一体どんな命令を秀蘭から受けたのか。どうして5人組のところが、30人まで増えているのか。
そのどれを説明するにも話は昨日の夜に戻る。
吉丸は押木田公園の近くに到着し、野営の準備を行おうとしたところで、本陣の天幕まで来るように言われた。もちろんそれは秀蘭からの指示である。
恐る恐る行ったところ戦いを、有利に進めている事とあって秀蘭は終始、上気分で話してくれている。これなら無茶な命令は出ないだろうと吉丸は気を抜いていた。
しかしそんなに秀蘭は優しくなかった。
「お前に特別な命令を与える」
「と 特別な命令にございますか? こ この私に、そんな大仕事が務まるでしょうか?」
「心配するな、そう難しいものではない。なんなら普通に戦うよりも戦略なく、簡単と言えるだろうな」
この言葉を聞いた吉丸は、一気に全身に寒気が走ってロクな事では無いと悟った。絶対にそこまで簡単と言うからには、難しい何かが隠されている。
一体どんな命令をされるのかと吉丸は冷や汗ダラダラ。
ムクッと床几から立ち上がった秀蘭は、吉丸のところにドシンッドシンッと歩いていく。近づくにつれて吉丸の頭が低くなっていき、最後は床におでこを着けている。
そしてそんな吉丸の耳元で秀蘭は小さな声で囁く。
「お前の手で四天王を討ち取って来い」
この瞬間、吉丸は「ほら、やっぱり」と嫌な予感が見事に的中してしまったのである。




