066:敵前後退
奏一と敏三が控えている本陣に、急報を知らせる伝令兵が慌てた様子でやって来るのである。
深々と頭を下げると報告を始める。
「報告いたします! 右翼第一陣の先方が、家貴率いる騎馬隊によって突破されました! そして家貴と、一騎討ちを行った元寿さまが……お討死との事にございまする!」
「なんだと!? あの豪将・元寿殿が、死んだだと……」
家貴と一騎討ちの末に、元寿が死んだ事を知った2人は信じられずに驚くのである。
驚きのあまりに立ち上がった敏三は、元寿が死んだ事を理解した瞬間、腰を抜かすように床几にストンッと座る。
まだこんなところで諦めるわけにはいかない奏一は、拳をギュッと強く握る。
「それで! 家貴軍は、どこまで突破している!」
「は! それがもう時期、第一陣を突破するところまで行っていると……」
「もうそこまで来ているのか……」
もう少しで第一陣を突破するだろうというところまで来ている家貴軍に、奏一は信じられないという感じで驚く。
するとそこに左翼軍の伝令兵がやって来た。
「報告いたします! 敵右翼、味方左翼軍の第一陣を突破し、第二陣に差し掛かっているとの事にございます!」
「なんだと!? 右翼に続いて、左翼も破られそうだというのか……しかもこんなに早く!」
左翼も右翼も同時に、こんなにも早く突破されてしまうのかと奏一と敏三は驚きを隠せない。
このまま選択肢を間違えれば、半日とかからずに英明軍の壊滅は免れないだろう。どうにか、ここで正しい選択をしなければいけない状況に置かれている。
「もうここでの勝負の決着は……着いた」
「奏一殿、まさかここで諦めると言うのですか?」
「誰が諦めると言った? この則武新町の戦いは、確かに我らの負けであろう。しかし不足の事態も俊膳さまは計算に入れている」
「つまり1度、後方まで下がって立て直す………という事ですか?」
「あぁそうだ、今直ぐ全戦場に伝令を送れ! この砦を捨て後方に撤退する! 中村公園まで下がるぞ!」
ほんの少しの判断の速度で、全滅してもおかしくないという状況で奏一は決断を下す。
その決断とは、この戦場を捨てる。決して戦いを諦めるわけではなく、後退して中村公園で立て直す事を選んだ。
両翼に伝令が放たれる。
撤退するように指示を受けた両翼は、各部隊の隊長と軍長の指示で中村公園に向かって撤退を始めた。
性格的に家貴が、逃げていく敵兵の背中を打つと思ったが「全軍、追うな!」と指示を出して制止させた。
このまま背中を打つのは簡単だが、もしかしたら誘い込みの作戦であるかもしれない。こんなに早く撤退するのも何かの考えかもしれないという警戒をしているからだ。
その判断に本陣にいる秀蘭は「正しい判断だ」と言う。
敵の作戦だったとするならば、こんな序盤に無理をして殲滅を狙う必要は無い。秀蘭軍は、今回の戦いで死者と離脱者を大した数を出していない。
「ここで無理に敵の背を打つ必要は無い。この戦いで分かったはずだ、我らの力に英明軍は成す術が無いとな」
「それでは、これからどういたしまするか?」
「家貴と由井に伝令を出せ。その場で隊列を組み直し、休憩を取らせろ」
「きゅ 休憩にございまするか? 背を打たずとも、追いかけた方がよろしいのでは?」
「いや、ここで休憩を取る。奴らがどこに逃げたかは、物見の兵に調べさせる。それから布陣したとしても、決して遅くは無い」
その場で待機させた上で、休憩するように指示した。
今は背を追うよりも激しい戦いをした疲れを取る事に集中するべきであり、英明軍がどこまで撤退していったのかを確認するのは物見の人間で十分だと判断する。
ただ休憩するだけでは無く、秀蘭はお茶と共に握り飯を頬張りながら流れを見ている。
そして午後3時が回った頃、ようやく偵察に向かっていた兵士が「報告! 報告!」と帰って来た。
天幕の中で仮眠を取っていた秀蘭は、目をキッと開いて起き上がる。天幕の中から勢いよく出て来ると、報告にやって来た兵士に「奴らはどこに布陣した!」と聞く。
秀蘭の勢いに押されながら兵士は報告する。
「英明軍は中村公園まで後退し、そこで陣を張りました! 中村公園で準備を整えている由にございまする!」
「ほぉ中村公園まで下がったか……地図を、ここに持って参れ!」
英明軍は立て直す為に、イオンモール名古屋から3キロ弱の距離にある中村公園まで下がっていったらしい。そしてその中村公園で、改めて戦う準備を始めたという。
それを聞いた秀蘭は急いで、その周辺に関する地図を持って来るように指示を出す。
ジッと地図を見つめている秀蘭は、数秒黙ってからいきなりピッと地図のある場所を指差した。家臣たちは、どこを指差したのかと目を凝らして地図を見る。
「アイツらが中村公園に布陣したのならば、我らは押木田公園に本陣を置く! 直ぐに進軍の準備を始めろ!」
『はっ!!!!』
進軍するところが決まったら、直ぐに進軍を始めると秀蘭は全軍を動かすように指示を出した。
さっきまで休んでいたので、それなりに元気になった秀蘭軍は軽い足取りで押木田公園に向かう。このイオンモール名古屋からは3.6キロほど離れているが、午前中の戦いの疲れがほとんど消えているので早く進軍できる。
時間としては3時過ぎに出発し、全員が到着したのは午後6時を過ぎたくらいの時だった。
今から戦うわけにはいかないので、今日のところは中村公園付近で野営を行なうのである。
「大盛、ここに犬を呼べ。明日、アイツには遊軍として仕事をして貰う」
「よ 吉丸にございますか? 遊軍としての仕事とは……あの5人に、何かやれますか?」
「別に大した事をやらせるわけじゃ無い。成功しようが、失敗しようが戦況には大して変わりない……だが成功したら、少し勝ちやすくする為の作戦だ」
本陣の野営で秀蘭は、大盛に吉丸を呼ぶよう指示する。
いきなりどうして吉丸を本陣に呼ぶのかと思ったら、どうやら明日に向け遊軍としての仕事を与えるらしい。
しかし吉丸を認めていない大盛は、あんな人間に遊軍としての仕事が務まるのかと疑問を持っていた。それでも秀蘭は吉丸に任せる仕事は、成功しても失敗しても戦況には大差ないという風に言う。だが成功すれば、少しだけやりやすくなるという風にも言った。
何を任せるのだろうと大盛は思いながら「承知いたしました」と吉丸のところに兵を向かわせる。
「わ 私をですか!?」
「そうだ、殿が話があると仰せだ。直ちに殿の天幕まで参られよ」
「しょ 承知いたしました! 直ちに走って向かいます!」
まさか自分が秀蘭に呼ばれるとは思っておらず、話を聞いた時は驚いて声が裏返る。
とにかく早くいかなければいけないと、吉丸は兵士の話を聞いてから「向かいます!」と人生最速級の速さで、秀蘭がいる本陣の天幕まで向かうのである。
そして天幕を開けて中に入ると、そこには机の上に両足を乗っけて背もたれに寄りかかりながら、温かいお茶を啜っている秀蘭がいた。
「犬、随分と遅かったな」
「は! 申し訳ございませぬ!」
かなり早く来た方ではあるが、秀蘭は吉丸をイジるように遅いと笑いながら言う。
それに吉丸は深々と頭を下げて謝罪する。
思った通りの反応をした吉丸に、秀蘭は笑いながら「もう良い」と話の前座を終えた。そして目線と顎だけで、もっと近くに来るよう促す。指示通りに吉丸は、スススッと近寄って頭を下げる。
「これからお前に、遊軍隊長として指示を与える」
「はは! 承知いたしました!」
秀蘭は吉丸に、明日の戦場での立ち回りについて。大切な作戦の指示を行なうのである。




