006:幸綱という男
愛河を出国した吉丸は、愛河に仕官する場所は無しと判断して、隣国の駿静へと渡ったのである。
どこに仕官したら良いのかは分からないので、無難なところに行こうと決めた。吉丸が考えている無難なところとは敷知郡浜松市だ。
浜松市は愛河と駿静の国境にあるところで、それなりに強い武将が配置されている。だから城下町にも強い家臣が居るだろうと考えた。
「ここが浜松かぁ! 岡崎よりも栄えてるなぁ!」
岡崎市とは比べ物にならないレベルで、浜松市は栄えており吉丸は感動する。
ここなら良い仕官場所を選べそうだと確信している。
吉丸は「よし!」と気合を入れて、武家屋敷がありそうな方向に向かって歩き始めた。
ルンルン気分で町の中を歩いていると、歩いている向かいの方から「待て、コラァ!」という声が聞こえて来た。どうしたのかと思って声の方を見てみると、そこには侍らしき人が数人と、明らかに泥棒だろうという人で追いかけっこになっていたのである。
町の人たちは怪我したく無いからと、泥棒が走って来ると道を開けてしまっていた。
吉丸は「これは俺が止めるしかない!」と思う。
ただの町人だと思わせる為、スーッと戦う姿勢は見せずに立つ。そして真横に来たところで、足を出し引っ掛けさせて地面に転ばした。さらにトドメで、倒れた背中に肘を叩き込んで動きを止めさせた。
「逃げれると思ったのか? こんな真っ昼間に盗みに入るなんて、お前は馬鹿じゃないか?」
吉丸は立ち上がって手についた土埃をパンパンッと払うと、追いついて来た侍の人に盗人を引き渡した。
良い事をしたと満足げにしていると、そこに端正な顔立ちでハンサムという言葉が似合う男がやって来た。スラッとしたスタイルで全身からオーラを感じる。
「協力、感謝する! 最近ここらで盗みを繰り返している盗人だったんだ。取り逃していたら、貴族たちにうるさく言われるところだった」
「いえいえ! 容易い事にございます!」
「その歳にして犯罪者を恐れず、捕まえるとは素晴らしい少年だ! 何か褒美をやらなければいけないな」
吉丸は侍に褒められ、侍は盗人を捕まえてくれたから褒美をやろうと言ってくれた。
これを「チャンス!」と思わない吉丸では無い。
思い立った吉丸は、その場にパッと片膝を着いて頭を下げると「お頼み申したい事がございます!」と言った。
この吉丸の言葉に侍はウンウンッと頷いてから「聞こうじゃないか」と笑顔で返してくれたのである。
「恐れ入りますが、私を貴方さまの……従者にしてはいただけないでしょうか! 従者がダメでしたら、下僕でも良いので雇って貰えないでしょうか!」
「なんとも……尋常じゃない雰囲気だね。そんなに私の下で働きたいのかい?」
「はい! 貴方さまのようなお侍さまにお仕えする為、村から出て来たのです! どうかどうか!」
吉丸の尋常じゃない頼み方に、男はニコニコはしているが何かあるんじゃないかと感じて心配をする。
そこでお侍さんに仕える為、村を出て来たんだという風に説明をした。吉丸の説明を「うんうん」と静かに最後まで、男は聞いてくれたのである。
「本当に私で良いのかい? 確かに祥鳳さまの陪臣ではあるけど、私自身は弱小だよ?」
「そんな風に見えません! 立ち居振る舞いからオーラまで、一流の侍を感じます! どうか、どうか俺を……わ 私を貴方さまの下で働かせて下さい」
どうやらこの男は駿静の国主である祥鳳の陪臣らしい。
陪臣というのは、つまり祥鳳の家臣の家臣というわけである。だから直接、祥鳳に仕えているわけでは無い。
しかしそれでも可能性を吉丸は感じていた。
吉丸の誠心誠意の頼みに男は折れた。
「仕方ないな、そこまで頼まれたら断れないな。それじゃあ私の家で働くか?」
「はい! よろしくお願いします!」
「よし、これから頼むよ。そうだ、まだ自己紹介をしていなかったね。私は中林家々中飯田家が家臣・町田 幸綱だ」
「幸綱さま……私は犬飼 吉丸です! 若輩者ですが、どうぞよろしくお願いします!」
吉丸は遂に仕官先を見つけられた。
今日から町田 幸綱の下で働く事となる。
どうやら幸綱は今日の仕事が終わっているらしく、今から自分の屋敷に案内すると言ってくれた。
幸綱の居城は浜松市頭陀寺というところにある心法寺というお寺の敷地内にある。そして屋敷には吉丸を合わせ、40人あまりの家来や従者がいるらしい。
そこから這い上がるのだ。地面に頭を擦り着けるくらいの事はやってやるという覚悟がある。
「ここが私の屋敷だよ。普通の城や屋敷よりも狭いけど」
「いえいえ! こんなにも豪華なお屋敷だとは……私の家とは比べるのも失礼なほどに立派です!」
「ははは! そうかそうか!」
本当に吉丸の住んでいたところと比べると、こんなにも豪華なのかと思えるほどに良い屋敷だ。
ワクワクしながら屋敷の中に入ると、そこは外見に違わぬ立派な内装をしていた。屋敷の中を見た吉丸は、あまりの立派さに「あぉ……」と言葉を失う。
屋敷の廊下を歩いていると、そこに1人の男性がやって来て深々と頭を下げた。どうやら幸綱の家来の1人だ。
「幸綱さま、こっちの少年は? 服装からして農民の子供のように思えますが……」
「あぁわざわざ私のところに仕官してくれた子だ、今日から住み込みで働いてくれる。名前は犬飼 吉丸だ」
「今日から住み込みで……」
「吉丸、コイツは私の家来で従者頭をやっている大塚 雄大だ。雄大に、この屋敷の仕事の事を教えて貰ってくれ」
吉丸の教育係を従者頭の大塚 雄大が任された。
まだまだ役職的にも身分的にも雄大の方が上なので、吉丸は深々と頭を下げ「よろしくお願いします!」と挨拶。
雄大は吉丸を品定めするように、頭からつま先までを往復してみる。とにかく第一印象が大事だと思った吉丸は、ニコニコして嫌われないようにする。
とりあえずは合格したのだろう。雄大は吉丸に「こっちに着いて来い。仕事を教える」と言うのだ。
もちろん幸綱に、一礼してから吉丸を従者の寝床まで案内するのである。どんなところかと思ったが、寺敷地内にある雑に建てられた小屋に案内された。どうやらここで寝泊まりをする必要があるらしい。
「まずは俺たち、従者は朝の4時半に起床する! そこから境内の掃除と屋敷の廊下掃除。次に幸綱さまにお出しする朝食の準備。あとは夕食までは雑事などをこなし、5時に夕食の準備に入る! 分かったか!」
「はい! 分かりました!」
「分かったなら良し!」
現代の日本人からしたらハードの内容かもしれないが、この時代の従者からしたら当たり前の内容だ。
しかも吉丸は倒れるまで木刀を、5年間毎日のように振り続けていた体力お化けだ。その為、これくらいはやって退けてやると意気込んでいる。
この日から吉丸の従者としての日々が始まった。
朝4時半に起床するように言われていたが、それでは武術の修行をする時間が作れない。
なので朝の3時に起き、暗い時から仕事を始めた。
そりゃあ大変だ。毎日3時に起きて仕事をしているのだから辛いわけが無い。それでもやらず大成できずに死んでいくくらいなら簡単な事だった。




