060:血に染まる釣り大会
英明らによる良元襲撃事件を知った俊膳は、長信に動きが無い事を確認してから国境を撤退。
軍を2つに分ける。
1つは奏一と敏三が率いる良元の嫡男・義央討伐の為の軍である。もう1つは俊膳が自ら率いて、大治城に帰城し攻撃に備えて大治城の守備を固めた。
つまり俊膳は英明から乗り換えない選択を取る。
このまま英明にとって変わる事へのリスクを計算した上で、今回の選択を取ったみたいだ。
「英明さま! 何をお考えになっておられる!」
「黙れ、俊膳っ! お前は主人であられる英明さまを蔑ろにし、ここまで権力を乱用しておって!」
「ら 乱用だと!? お前たちが側にいながら、こんな愚行を犯させるなど……何の為に、お前たちがいるのだ!」
城に到着した俊膳は、英明の側近たちと見苦しい言い合いを繰り広げるのである。
その知略で英明を傀儡として暗躍した俊膳。知略ではなくプライドと尊厳を守る為に挙兵を選択した反俊膳派。
この2人の言い争いは互いの意見が大いにある為、全くもって決着の兆しが見えない。言い合いを続けさせていたら、時間を無駄にしてしまうだろう。
2人の言い争いが聞くに耐えなくなった英明が、それはそれは冷静な声で「そこまでだ、2人共」と宥める。
「もうこの世に良元さまはいない。西愛河は、この仙道 横須賀守 英明のモノだ」
「その通りにございまする! もはや西愛河の全てを、英明さまのモノにございます!」
「それは違う! まだ英明さまのモノではございませぬ」
英明は良元を殺した事で、この愛河の覇権を自分が握ったと発言したのである。まさしくその通りであると、反俊膳派の人間たちは動揺した。
だが俊膳は間違っていると否定。
この場にいる人間たちは「は?」と俊膳に視線を見る。
「何を言っているのだ! 殿が良元さまを討ち取ったのは間違いないのだ、これを持ってして西愛河の派遣がどうして殿のモノでは無いと言える!」
「それが間違っていると言うのだ! こんな事も分からない人間が、表立って指揮を取るんじゃ無いわ!」
「なにぃ!? だから、どうしてかと聞いているのだ! 答えられぬのか!」
「嫡男……義央さまだ! 一門衆の多くを討ち取ってはいるが、最も重要な嫡男を討ち取ってはいない!」
ここに居る英明と反俊膳派の人間たちは、完全に思い違いをしている。
完全に西愛河を掌握する為には、良元ではなく嫡男である義央を最も早く討ち取らなければいけなかった。それを認識していない人間たちに、俊膳は理解を促す。
こうなってしまったら、義央を逃げる前に討ち取る必要があると説明した。1から100まで説明しなければいけないのかと、俊膳は頭を抱えて項垂れる。
すると伝令兵が「報告! 報告!」とやって来る。
「奏一さま、敏三さまが、到着した頃には義央の姿はなく逃走した由にございます!」
「ちっ! 一足遅かったか!」
「何をそんなに焦っている? こっちは大治城を持っている上に、義央よりも多くの兵を持っている。こちら側の勝利は確定したようなものでは無いか?」
「お前たちは、どこまでアホなのだ! 義央が、どこに助けを求めるかくらい想像がつくだろ!」
奏一と敏三が率いる軍が庄内川に到着した頃には、やはり義央は事態を把握して逃走していた。
これには俊膳は舌打ちをして苛立ちを露わにする。
どうしてそんなに焦っているのかが、反俊膳派の人間たちには分からなかった。城は奪取しているし、軍勢だって英明の方が多く所持している。
だが俊膳が重要視しているのは、そんな浅いところでは無かった。考えて貰いたかったのは、逃げていった義央が誰に助けを求めるのかだ。
それを聞かされても、まだ反俊膳派の人間たちは「?」という感じで?マークが頭の上に浮かんでいる。
「まさか本当に、ここまでアホだったとは……義央が助けを求めるならば、今この国で最も勢いのある男のところに決まっているだろ!」
「まさか!? 秀蘭のところか!?」
「これで向こうは官軍となる。そして我らは主君を殺した賊軍だ……向こうの兵数は1000ちょっとくらいだが、それが官軍となって向かって来ると話が変わって来る。急いで軍を整えるべきだ!」
もちろん義央が助けを求めるのならば、今の愛河で最も勢いのある秀蘭のところである。
今まで秀蘭は大治城にいる英明らを討伐したかったが、大治城にいる国主・良元が気になり強気に出れなかった。それが敵方が自ら賊軍となり、官軍になり得る存在を確保したとなると動かないわけが無い。
今すぐにでも秀蘭軍に備えて、軍を整えるべきであると俊膳は英明に頭を下げるのである。
その姿に英明は驚きを隠せずにいる。
まさか俊膳が頭を下げるとは思ってもいなかった。
「分かった、俊膳に指揮を任せる。今となっては、こんなバカな事をしたと思っているが……こうなってしまったからには、もはや本当に国取りをするしかない! お前の腕にかかっているぞ、俊膳っ!」
「は! お任せくだされ!」
こうなってしまったからには、国取りを最後の最後まで実行する他に道は無いと英明は考えた。
そうなれば軍の総司令は俊膳の他に見当たらないとし、改めて「信用するから戦に勝ってくれ」と英明は頭を下げて強く強く頼むのである。
乗りかけた船だ。俊膳とて、こうなったら腹を括るしか無いと覚悟を決めた。
一方で庄内川にて釣り大会を開いていた義央は、大治城で父親が殺されているとは知らずに楽しんでいた。
義央が良元の死を知ったのは、大治城が襲撃されてから45分後の事だったという。知らせたのは、命からがら避難してきた大治城の守備兵であった。
ボロボロになったまま義央の前に現れ、義央を目視した瞬間にバタンッと地面に倒れる。急いで義央が駆け寄ってどうしたのかと兵士から話を聞く。
「どうしたのだ! こんなにボロボロになって……何があったというのだ!」
「義央さま……英明らが挙兵し、大治城を襲撃しました! そして良元さまは、ご自害を………」
兵は力を振り絞って、大治城が襲撃された事を伝える。
そしてその結果として良元が、自害した事も同時に知らされる事になった。
あまりの衝撃に義央と、着いて来ていた側近たちは「良元さまが!?」と驚きを隠せない。今はまだ驚きが勝っているので、怒りが追いついていないが時間の問題だ。
言葉を失っている義央に、兵士は胸ぐらをギュッと掴み消え入りそうな声で「お逃げを」と言ってから、ガクッと力尽きて息を引き取るのである。
「良くぞ、知らせてくれた。言われた通りに、ここは逃げるしかあるまい……しかしどこに逃げようか」
「それならば、うってつけの人間がおりまする」
「うってつけの人間? そうか!」
兵士に言われた通り逃げる事に義央は決めた。
しかしどこに逃げたら良いのかと、頭が上手く回らずに逃げ場所についてアイデアが出ない。
そこで側近の男が、うってつけの人間がいるというのを義央に伝える。お膳立てを受けたところで、義央も気がついて「秀蘭のところに向かう!」と宣言した。
そのまま義央は、側近を連れて上前津城へと向かう。




