059:武士としての矜持
英明は俊膳の傀儡になっているのは知っている。それが分からないほど、英明は馬鹿では無い。
今まで見過ごして来たのは、俊膳が自分の事を蔑ろにしていなかったからだ。蔑ろにされないなら、このまま出世する道もあるかと思っていたところがある。
しかしその考えが変わる出来事が起きた。
和帝暦18年(2178年)年始、
俊膳は今年にやるべき事を整理する評定に、英明とその側近たちを呼ばなかったのである。真意としては、特に俊膳が蔑ろにしようと思っていたわけではなく、ただ単に英明が出てくるまでも無いと思っていたのだ。
だがそれを英明は、蔑ろにされたと感じた。
「ふざけるな! 俊膳は、何かを勘違いしている。ここまで俊膳が出世したのは、私が取り立ててやったからだ!」
「その通りにございまする! 俊膳は虎の威を借る狐にございます。殿の威光を、自分のモノであると勘違いしている! ここは強気に出るべきです!」
「強気に出ると言うても、どうするべきか……俊膳という男は、そう容易いわけでは無いぞ?」
俊膳とは反対の派閥の中心人物が、とにかく俊膳の悪口を英明に聞かせまくった。いじめっ子の取り巻きのような小汚いやり方で、俊膳の印象を悪く仕立て上げる。
これに呼応するように、英明の気持ちが変わっていく。
何か強い手を打ちたいと考えているが、どんな手が良いのかと頭を悩ませている。俊膳は、ここまで暗躍した人間であり、そう簡単に倒せる相手では無い。
すると1人の家臣が手を挙げる。
「私に良い考えがございまする」
「おぉ言うてみよ!」
「は! 俊膳が手出しできぬほどの権力を、殿が掌握すれば良いのです」
「確かに、それなら俊膳もワシを隅に置く事はできないだろうが……そう簡単では無かろう?」
「いえ! そこで私に考えがございます」
やはり俊膳を見返す為には、俊膳が手出しできないだけの権力を英明が掌握するべきだと進言する。
しかしその策が難しいのだ。
それでも側近の男には考えがあるらしい。この言葉に英明は聞いてみようと「どういう策だ?」と聞く。
「少し前に判明した事ですが、去年の暗殺未遂で情報を流した人間が断定いたしました」
「な なに!? 遂に分かったのか!?」
「はい、その犯人は……上さまにございまする」
「な!? 殿と秀蘭が繋がっていたとは……まさかお主が言いたいのは!?」
「そのまさかにございまする! 今の英明さまには、国主にとって変わる力がございます。そして何よりも、これから討ち取る好機がございまする!」
この前の暗殺作戦の情報を流し、秀蘭を助ける為に動いたのは良元だったのである。
いつまでも傀儡としているわけにはいかないという。祖先の事も考えた覚悟だ。
それが分かったからには、討ち取る理由であるという。
重臣の考えを理解した英明は、顔が強張って冷や汗をダラダラと流している。討った時の事を考えたからだ。
討つのは難しいだろうと英明は言うが、これから好機が訪れると重臣は不敵に笑う。
「4月になれば義央さまが、主催の釣り大会が行なわれます。その釣り大会で義央さまは、多くの有力侍たちを連れて行き、城には良元さまと少しの手勢しかおりませぬ」
「その隙に良元さまを討ち、この城を占拠すると?」
「その通りにございます! なれば大治城も西愛河も、全てが良元さまのモノにございまする」
「やるしか無い……やるしか無い! ここでワシが、良元さまに変わって西愛河を掌握する!」
作戦の内容としては毎年、春を迎えた事を祝福する釣り大会が行なわれる。それを主催するのは、良元の嫡男義央である。
釣り大会が行なわれる時は、義央の護衛の為に屈強な侍たちがこぞって着いていく。その為、城で良元を守る兵がいない。そこを狙うのだ。
英明は俊膳とは別の側近に唆され、俊膳の目が届かないところで計画を進めていく。
そして4月17日、釣り大会の日がやって来た。
予定通り義央は屈強な側近たちと共に、庄内川まで釣りに向かったのである。
この隙を突いて英明らは50人の精鋭を連れ、大治城へと押し入った。もちろん俊膳も留守にしておりいない。
守備隊が残されているとは言え、そこまで大人数というわけでも、手練れというわけでも無い。その為、良元が討ち取られるのは時間の問題となった。
「良元さま、ここはお逃げください! もうそこまで英明の手勢が迫っております!」
「お主には申し訳ないが、ここを切り抜けられるだけの力をワシは持っておらぬ」
「そんな事をおっしゃらないで下さい! ここを切り抜ければ、必ず取り返す好機が参りましょう!」
「いや、もはや腐り切った中枢を立て直すだけの力は残っておらぬわ。もはやここまでと言うしかあるまい……あとは義央に、全てを託すとしようでは無いか」
側近の男は逃げる事を求めたが、良元にその気は無い。
これには2つの意味があった。
1つは本当に、そこまで英明らが迫って来ており逃げる余地など存在していない。
もう1つは武士としての矜持である。
今の今まで傀儡として良いようにやられて来た良元。今までならば争うほどの勇気も気概も無かった。
しかしほんの少し持っていた武士精神というものが、長い時間をかけて傷つけられていた。まぁ傷ついていると知ったのも、今さっきの事ではある。
父祖より承った国主としての威厳やプライド、それと格式が全て踏み躙られたように感じた。ならばここで最後くらいは、武士らしく後世に名を残したいと思ったのだ。
「ここでワシは、ワシの武士道を通す! お主には面倒をかけるが……すまぬな」
「いえ! お供いたしまする!」
良元の人生は大半が傀儡として過ごし、その国主としての尊厳やプライドを傷つけ続けられた。
しかし最後は武士として自らの腹を切った。
その最後は見事と言う他なかった。後の歴史書〈天好新書〉によると『生涯の多くを傀儡として過ごしたが、その最後は秀蘭も「見事!」と言うほどの切腹だと称したほどである』と記されている。
この突然の謀反が、最初に知らされたのは長信との国境に警備の為に向かった俊膳だった。
長信と戦っていなかったから良かったが、それでも床几が倒れるほどの勢いで立ち上がった。それだけ英明が、自分の意思と反して謀反を起こした事に衝撃を受けたのだ。
「俊膳殿、どう致す! これは大変な事になったぞ!」
「早く動かなければ反対勢力に、こちら側が乗っ取られる事になりえますぞ!」
俊膳の右腕と左腕として活躍している河尻 奏一と、仙道 敏三は意見を仰いだ。
こんな事になるとは夢にも思っていなかった俊膳は、冷や汗をかきながら黙って作戦を練る。しかしその無言に不安を募らせる2人は「なぁどうする!」「どうすれば良いのだ!」と決断を迫ってくる。
これに俊膳は「あぁうるさい! 今、考えている!」と声を荒げて2人を黙らせた。
「おい! 良元さまは死んだと言ったな?」
「は はい! 勝ち目は無しと、ご自害なされたそうで……それがどうかいたしましたか?」
「その他に死んだ者はいるか? 一門衆や側近の男たち。どこまでが死んでいるのだ!」
俊膳は誰が死んだのかを細かく伝令兵に聞く。
ここからの話が最も大切だからである。




