057:前戦の余波
予想通り秀蘭は、英明と俊膳が放った刺客に襲われた。
しかし秀蘭の咄嗟の反射神経で、刺客が放った弓矢を避けると瞬時に「捕えろ!」と捕縛を指示する。
控えていた大盛たちが、弓矢が放たれたであろう茂みに向かって走り出す。取り逃した日には、どんな罰が待っているのか。想像するだけで冷や汗が止まらない。
だがそれは刺客の方も同じである。捕まってしまったら殺されるのは確実。それどころか、どういう殺され方をするのかも見当がつかないレベルだ。
「絶対に取り逃すな! 殿に矢を放った事を後悔させてやるのだ!」
「ば バカ! 殿からは生け捕りと言われていただろ!」
「そ そうだった! い 生け捕りだぁ!」
大盛たちは必死になって刺客を追うが、用意していたのかと思うほどに山道を逃げていく。
やはり山の中や市内での暗殺を想定して訓練しているのだろう。想像を絶する速さで、大盛たちを出し抜く。
刺客はチラッと後ろを確認して大盛たちが居ないのを確認すると、失敗こそしたが逃げられてニヤッと笑う。
「勢いがあって武勇に秀でていると聞いたが、やはりこんなものか! 失敗こそしたが、依頼者が分からなければ仕切り直せる!」
「テメェは、ここで終わりだよ!」
「な なに!?」
刺客は完全に逃げ切ったと油断し切っていた。この点でもプロなのかと疑ってしまうが、大盛たちを出し抜いているので実力はあると思える。
しかし逃げ切ったと思った瞬間、目の前に木刀を構えている吉丸が立っていた。まさに鬼の形相である。
勢いをつけ過ぎている刺客は、方向転換はできずに突っ込むしかなかった。
吉丸はスーッと息を吸って力を貯める。
そして一気に木刀を振るって、刺客の顔面をフルスイングで殴ったのである。
刺客は「グハッ!?」と言い空中で一回転して落ちた。
「殿のお命を狙うなど、言語道断っ! 殺してやりたいところだ……だが殿からのご命令は、お前を生け捕りにすること。それゆえに木刀を使った。殿に感謝するんだな」
吉丸は秀蘭に言われて、もしもの時の為に密かに配置されていた。それゆえ、こうやって捕まえることができた。
本当ならば真剣を使って斬ってやりたかったが、指示が生け捕りという事で木刀を使う。
だが真剣を使わなかったといえども、これだけの威力を出せば木刀かどうかなんて関係ない。きっと普通の人間なら死んでいてもおかしくは無い威力である。
「おぉ! そこの者、お主が刺客を捕らえたのか?」
「は! 殿のご命令で、ここに配置しておりました」
「そうかそうか、良くぞやってくれた! あとで褒美を与える、もう下がって良いぞ!」
「は! ありがたき幸せ!」
吉丸が捕えたところで、ようやく大盛たちが追いつく。
そして息切れしながら、よく捕まえてくれたと吉丸を褒めて刺客を引き渡すように促す。これだけの仕事をしたのだから秀蘭の口から褒めてくれても良さそうだが、大盛は捕まえたのが吉丸であるとは言わなそうだ。
ただ大盛の懐から褒美を出すだけ。今回の事には、とても足りるようなものではないが、吉丸は直ぐに頭を下げて褒美を貰える事を喜んだ。
捕まえた刺客は、そのまま上前津城へと連行。
目を覆いたくなるような拷問の末に、刺客の口から依頼者が英明と俊膳である事を聞き出した。
これで大義名分を得る。
直ぐに大治城に向かって出陣したいが、この年に森岡砦の戦いを行なって甚大な被害を受けた事で、兵を招集するのに想定以上の時間がかかってしまった。
刺客を捕まえたのが8月で、軍備が整ったのは2ヶ月後の10月の事だった。
1000人の兵を引き連れて大治城に出陣した。
「殿っ! 先行隊よりの知らせにございます!」
「どうした? 英明らは出陣したか?」
「い いえ! 英明らは大治城に籠城を選択した旨にこざいます! 既に橋を落として守りを固めております!」
秀蘭たちよりも先に、先行して情報を集めに行った部隊からの報告が秀蘭の下にやって来た。
その報告の内容は大治城が、籠城を選択したという報告だったのである。秀蘭が出陣したら、向こうも討って出て来ると予想していたのだ。
しかしアテが外れる。
秀蘭の少し後ろを行軍している大盛は、チラッと秀蘭の顔を覗き込むように「ど どういたしまするか?」と聞く。
「やる事は変わらない、このまま進軍を続ける。城に篭ろうが、討ち果たせば済むだけの話だ」
「承知いたしました」
「ただ……長期戦になるのは覚悟しなければいけぬ。されど冬に入れば撤退を余儀なくされる………難しいものだ」
秀蘭の意思は、全くもって変わらなかった。
城に籠ったところで討ち果たせば、何も最初と変わらないと豪胆な姿勢を見せる。この言葉に大盛は「さすがは殿だ」と大いに興奮するのである。
しかし意思は変わらないが、向こうは長期戦を狙っているのを知って焦ってはいた。もし冬が到来したならば、こっちが不利になりかねないので撤退を余儀なくなる。
その前に決着をつけたいと秀蘭は考えている。
そのまま秀蘭軍は進軍を続けた。
大治町に足を踏み入れた秀蘭軍は、西深田に本陣を置いた。手を伸ばせば触れる距離に両軍がおり、側から見たら今にも戦いが始まりそうではある。
しかし向こうは籠城しており、こちらが無闇に攻め込んだら、失わなくて良いはずの戦力を失う事になる。それだけは総大将として秀蘭は避けなければいけない。
その為、互いに睨み合いを行なうのだ。
そして開戦しないからと言って、ボーッとしているわけにはいかない。戦わない間は、とにかく周囲の偵察や情報収集を行なうのが常識だ。
「報告いたします! 西門、東門と共に守りが固く攻め込むのは困難との事にございまする!」
「まさかここまで強固に守りに入るとは……殿、これは一筋縄ではいきませぬな」
「そんな事は予想していた事だ。何よりも誤算なのは、英明らが城に籠城しているということ」
「まことに、どこから攻めたら良いや……皆目、見当もつきませぬ。やはり兵糧が尽きるまで、取り囲んで長期戦に持ち込みましょうか?」
東西南北の門を調べさせたが、やはりどこから見ても守りが固くて容易に攻め込む事ができない。
どうすれば良いのかと秀蘭と重臣たちは深く考える。
しかし攻め込めないのならば、やはり定石通り兵糧が尽きるまで取り囲むのが良いだろうと重臣たちは考える。
そんな中で秀蘭は腕を組んで、目を瞑り「……」と沈黙を貫きながら考える素振りをしていた。この時に声をかけてはいけないと重臣たちは知っているので、固唾を呑んだまま秀蘭を見つめるのである。
そしてパッと目を開けて、バッと勢いよく立ち上がる。
重臣たちは秀蘭が、何かを思いついたと「おぉ!」と歓声を上げて秀蘭の言葉に耳を向ける。
「このまま囲んでいても勝敗は喫せぬ! ただただ体力と兵糧を無駄にするだけだ!」
「と 殿、それはつまり……」
「撤退だ! ここでマイナスのまま冬を迎えるのは、愚か者がする事だ。我らは撤退する」
「しょ 承知いたしました……」
「その代わりに城下を焼き払え! せめて裸城にしてから帰城する!」
秀蘭が選択したのは撤退だった。
大治城の守りは固く抜く事はできない。取り囲むにしても冬になったら撤退する。そうなれば兵の体力と兵糧を無駄に失うだけになってしまう。
それなら引ける時に引くべきだと秀蘭は判断した。
せめて一矢向くいるという意味で、城を裸にする為に城下を焼き払って行った。




