055:主人の危機
伝導奉行の仕事が思ったよりも早く終わった吉丸は、上半身裸になって木刀を振っている。5人組頭となったからには、他の隊員にも姿勢を見せなければいけない。
隊長が1番やっている姿勢を見せる為、普段の2倍の修行量を増やして行なっている。
普段のメニューでも大変なのに、倍に増やした事で吉丸は大量の汗をダラダラと垂らしている。その為、地面には汗の水溜りができる。
そんな吉丸のところに康人がやって来た。
「隊長、今よろしいでしょうか?」
「康人殿、どうかいあしましか? 別に個人の修行なので空いてますよ」
「でしたら今、お話しいたしまする。隊長にお会いしたいという人間が居られるのですが、お通ししてもよろしいでしょうか?」
「はい、問題ないですよ。それにしても俺に会いたいって誰なんでしょうか」
凄まじい気迫でトレーニングをしていたので、康人は吉丸に声をかけるのを少し躊躇った。
しかしゴクンッと気合を入れてから吉丸に声をかける。
どうやら吉丸のところに、話があるという人間がきたらしいのだ。忙しいのなら別の時間に改めると提案する。
だが個人のトレーニングなので、別に人を待たせるような事では無いと吉丸は素振りの手を止めた。
それにしても、どこの誰なんだろうかと吉丸は用意していたタオルで汗を拭きながら来訪者を聞く。康人は少し困惑した表情のまま「愛河国主・野間口 良元さまのご家来の方です」と説明したのである。
来訪者を聞いた吉丸は「は?」と言葉を漏らし、地面にタオルをファサッと落とした。
国主の家臣が来ているとなると、下手に待たせるわけにはいかないと吉丸の動きは俊敏になる。
急いで自分は着替えるから面会の間で、待って貰うように康人へと指示を出した。
ここでヘマなんてしたら、秀蘭の評価まで下がってしまうと気合十分。今までに無い速度で、吉丸は汗を拭きながら着替えに向かうのである。
着替えながら国主の家来が、自分にどんな用事なんだろうかと疑問を持つ。
とにかく今は急ぐ事だと考えるのを止めて、急いで着替えを行ない面会の間に急いだ。
「お お待たせいたしました!」
息を切らしながら吉丸さ面会の間の襖を開け、第一声は謝罪を行なうのである。
するとそこには高貴な和服を着た男が2人座っていた。
2人の男は「いえいえ」と頭を下げながら、遅れてしまった事を微塵も気にしていない。
「私は仙道 秀蘭が家来、伝導奉行の犬飼 吉丸にございまする! この度は本当にお待たせいたして、本当に申し訳ございませぬ!」
「いや、本当にお気になさらず。いきなり押しかけて来たのは、こちらの方にございまする」
「そう言っていただけるとありがとうございまする。して国主さまの家臣さまと、お伺いいたしましたが……こんな私に、何用でございましょうか?」
吉丸は自己紹介をした上で、改めて遅れてしまった事を深々と頭を下げて謝罪する。
これにも笑顔で気にしていないと答える優しさ。さらに会いたいとやって来たのは、自分の方だから気にする事は無いと念を押してくれたのだ。
形式的な話が終わったところで、自分のようなところに何用で来たのかと本題を聞く。
「まずは自己紹介の方をいたしましょう。私は野間口 良元が家臣・染谷 弥三郎にございまする! 以後よしなに」
「同じく小幡 弥太郎でございまする!」
「小幡さまに染谷さまでございますな。して、そんなお二人方が、こんなところに……尋常な事態では無いはず」
「お察しの通り、緊急事態ゆえに馳せ参じた。しかしいきなり敵対関係にある良元さまの家臣と聞けば、きっと話を通しては貰えぬであろう」
緊急事態である事を理解した吉丸だったが、それにしてもどうして自分のところに来たのかと質問した。
英明らの傀儡となっている良元の家臣が来たとなると、秀蘭の重臣たちは聞く耳を持って貰えないだろう。そう考えた染谷と小幡は、吉丸の噂を聞いて話を聞いて貰えるかもしれないと思ったのである。
なんとなく理由は分かったので、吉丸は「内容は?」と話の次の段階に進める。緊急事態という事もあって、無駄な話はできないと思ったからだ。
「話題が緊急ゆえ、単刀直入に申しまする……秀蘭殿の命が危ない!」
「な!? ど どういう事にございまするか!?」
「良元さまの家臣である私が、こんな事を言うのは心痛いところではありますが……西愛河の実権は、英明の重臣・俊膳が握っておりまする。その俊膳が、秀蘭殿を排除するべく動き始めました!」
「つまり暗殺を企てているという事にございまするか?」
西愛河の実権を握っている俊膳は、これから統治をしていく上で秀蘭が本格的に邪魔になった。
そこで暗殺者を雇って密かに暗殺する事を企てている。
だから殺されないように、気をつけて欲しいと思って2人はやって来たのだと説明した。
話を聞いた吉丸は、何かを企んでいて惑わせようとしているんじゃ無いかと疑いの目を向ける。しかし2人の目が嘘を吐いているようには見えない。これでも吉丸は、人を見る目には自信がある。
「分かり申した、この事は私の方から殿にお伝えいたしまする。しかしどうして貴殿らは、この事を知らせに来てくれたのですか? 殿と良元さまは敵対関係にあると言っても過言では無いはず。その家臣の方なら、殿を邪魔と思うと考えられまするが」
「確かに良元さまの敵になるのならば、我らは真っ正面から戦いましょう。しかし今の良元さまは、俊膳に良いようにやられておりまする……このまま毒牙に蝕まれていくのを見てはいられないのです!」
「そういう事でしたか……相分かりました! そのお気持ちを最大限汲んで、私が責任を持ち殿のお命を守って見せまする! それよりもお二人方は、ここに来た事がバレれば命が危ないでしょう。しっかりとお気をつけに」
「そこまでご心配をおかけして申し訳ありませぬ。それではくれぐれも、よろしくお願い申し上げまする」
2人の良元を思う気持ちを吉丸は理解する。
そしてこのまま秀蘭が殺されるような事があれば、まだまだこれから良元は俊膳の操り人形になってしまう。絶対にそれだけは避けなければいけないと吉丸は覚悟した。
あとは秀蘭に、しっかりと話を通す旨を伝えた上で2人の身の安全を心配するのである。
秀蘭のところに行ったとバレたならば、この2人は確実に殺される事になるだろう。
そこを吉丸は心配しているのだ。
染谷と小幡を見送ったところで、吉丸は康人に「ちょっと殿のところに行ってくる」と言って出かける。
暗殺が本当に行われるにも、行われないにしても秀蘭の耳に入れておく必要があると吉丸は考えている。城下に住んでいるが、急いで馬に乗って少しでも早く秀蘭の下へと向かうのである。
いきなりの事で、伝導奉行としての権利を使って「早急に伝えなければいけぬ!」と小姓に促す。吉丸の気迫に押された小姓は「し しばし待たれよ」と通す準備をする。
そして10分後に吉丸は、秀蘭のところに通された。
「犬、早急に伝えなければいけぬ事があると聞いたが。一体なにがあった? もしも重要な事でなければ、ただでは済まさぬぞ」
「は! 真偽を確かめる時間はありませんでしたが……話だけは耳に入れていただきとうございまする!」
「そこまで言うのならば話を聞いてやろう」
吉丸の真剣さに、何かを感じ話を聞く事にした。




