053:生まれたからには
大池砦に到着した吉丸は、見張りをしている兵に「伝導奉行の犬飼 吉丸です。ここの責任者に、御目通りを願いたい」と正式に頼むのである。
すると見張りの兵は「承知いたしました、直ぐに確認して参ります」と言って砦の中に走っていった。
とりあえずは門の前で待機している。
5分くらいが経って、吉丸たちは砦の中に通された。
大池砦は3人の武将が共同で責任者を任されている。
1人が水谷 金忠の従兄弟である水谷 晃藤で、1人が知多城の城主・花咲 吉慶の弟である花咲 蟹ノ介で、最後の1人は拓殖 兼九郎だ。
「お主が噂の犬飼 吉丸か! 伝導奉行ながら、戦場に出れば勇猛果敢に先陣を切るほどの武勇を持ち合わせる」
「いえいえ、そんな大層な事ではございませぬぅ」
褒められたかのように言われた言葉に、吉丸は照れながら謙遜をした。
「私が馬鹿ゆえに先走ったまでにございまする。伝導奉行の職も、少し足が速く体力があったので殿に任命して貰ったに過ぎませぬ! お3人方に比べれば、私なんて塵も同然にございます!」
「そこまで言わなくても良いと思うが……まぁお主が言うのだから、そう言う事にしておいてやろう。それで何用があって、お主は来たのだ?」
吉丸の凄まじいまでの謙遜という名の卑下に、3人は何とも言えないような表情で苦笑いをする。
とりあえず場の雰囲気を改める為、今日は何しに来たのかと用件について聞いた。
吉丸はポンッと手を叩いて「そうでした!」と満面の笑みを浮かべながら「気が利かず、すみません!」と3人に謝ってから話を始めるのである。
「本日は砦の進捗と兵糧などの情報について確認しに来ました。あとは伝令兵の割り当てなども、お話にできればと思いまする」
「築城については万事問題なし! 兵糧に関しても地元から十分に補給できておる!」
「そうですか! それなら安心でございまする!」
「伝令兵に関しては足が速く体力のある人間を用意しているゆえ、心配ござらん!」
「本当ですか! さすがでございまする!」
晃藤の話によれば築城も兵糧も問題なく言っているとの事だったので、吉丸は満面の笑みで「なら良かった!」と心配ない事を受け取った。
そして伝令兵の話も聞いてみたら、体力もあって足の速い男を用意しているという。
伝令兵も問題ないと分かった吉丸は3人の事を「さすがです!」と満面の笑みで褒めた。この言葉に3人とも気が良くなって「当たり前であろう!」と威張り始める。
「して、知多城の様子はいかがですか? 何か動きとか、攻め込んでくる様子とかは?」
「全くもって無い! 蟹ノ介、お前の兄は腰抜けか! 離反した上に立て籠って戦わぬぞ!」
「そんな事は知らぬわ! 昔から兄上とは折り合いが悪かったゆえ、仲など良くなったからな。あの人の気持ちなど理解に苦しむわ!」
知多城の様子について吉丸は聞いてみた。
すると全くもって動く気配がなく、ただただ立て籠って籠城しているだけであるというのだ。
この事を説明した晃藤は、話していてイライラしたのだろう吉慶の弟である蟹ノ介に、どうなっているのかという事を問いかけたのである。
しかし昔から仲の良くなかった蟹ノ介には、全くもって兄が何を考えているのかが理解できなかった。
これ以上も面倒になりそうだと吉丸は察知。
「私はこれで失礼いたしまする。皆様方どうぞ、よろしくお願いいたしまする!」
「言われなくてもやるわい!」
「は! これは申し訳ございませぬ。それでは失礼いたしまする!」
吉丸は良いところで立ち去れると安堵する。
後ろでは、どうなるのかとドキドキしている日向が立っていた。その日向に吉丸は「うん」と頷いてから、一緒に大池砦を後にするのである。
そのまま上前津城に帰還した。
遊撃隊としての初任務は、無難に終える事ができた。
本当のところではあれば大きな手柄を挙げるような事が起きた方が良いのだろうが、吉丸的には「これが良い」という感じである。
どういう事なのか。
それは晃藤と話した時に感じた。つまり武功を挙げ、名前を売るのも良いが、挙げ過ぎれば上の人間たちから目を付けられる可能性が高いという事だ。
この事を吉丸は恐れていた。
しかし任せられた部隊を蔑ろにするわけにもいかないので、吉丸は結成された日から剣の修行などを始める。
剣の修行と言っても我流で、ここまで来た吉丸としては教えるという事が難しい。なので、とりあえず自分がやっていたメニューをして貰う事にした。
だが馬鹿みたいな体力を持つ吉丸と、他の人間を一緒に捉えてはいけなかった。
吉丸の練習量に、他の隊員たちは着いていけない。
それは武士階級の康人も同じだった。
「吉丸殿……本当に、この量を毎日やってるんですか? 伝導奉行としての仕事もあるのに?」
「えぇもちろんです。これくらいしないと、俺みたいな農民は成り上がれないので」
「さすがは足軽から、ここまで成り上がった人だ……」
康人や他のメンバーは気がついた。
農民から成り上がったというのは凄い事だが、何よりも自分たちと持っているものが違いするという事に。
明らかに自信を持って入隊したのに、ここに来て既に心が折れそうになっているのだ。
無理も無いだろう。成り上がってやるんだという強い思いで、ここに来たのに目の前には自分を遥かに凌ぐ化け物が立っているのだから。
「どうして、そこまで頑張れるんですか?」
「どうして頑張れるのか、ですか? 日向殿にも聞かれたんですけど……生まれたからには、名前を残したいじゃないですか! ただ生まれて、息をして飯を食って働いて、死んでいく………そんなの俺には耐えられません! だから後悔しないように必死になって頑張るんです!」
「もし…それ以上の出世が叶わなかったとしても?」
「えぇやり続けますよ! やらずに後悔するなんて、これは死んでも御免ですから!」
人間として生まれたからには、この日ノ本に自分の名前を轟かせて死にたい。後世の歴史書に、自分が生きたという印を残したい。
その為なら毎日、血反吐を吐くくらいは構わない。
それが吉丸の考えであり、信念である。
齢17の少年の口から出るような言葉では無いと、康人は感じた。それどころか、年齢は関係なく武士の中で吉丸のような感覚を持つ人間はどれだけいるのだろうか。
年下の隊長が、ここまで人生を賭けている。なのに歳上である自分たちが、こんなところで「もう無理!」「やりたく無い!」なんて弱音が吐けるわけない。
立ち上がって、また「よろしくお願いします!」と吉丸に稽古を頼むのである。この姿勢を見た吉丸は「はい!」と目をキラキラさせながら返事をする。
吉丸たちの修行の日々が始まった。
日ノ本に目を向けてみると和帝歴17年(西暦2177年)5月、日ノ本全土が驚愕する事態が起きた。
それは東海道の覇者・中林 祥鳳、東国の雄・金条 氏明、長信の猛虎・甲斐田 伸玄が同盟を組んだのである。
まさかまさか大国にして強国の三国が、ここに来て同盟を組むなんて思いもしていなかったのである。この報は、秀蘭にとって最悪な話だ。




