051:持ち前の器
吉丸は伝導奉行としての仕事で、伝令を送った回数や届いた回数などを書類に収める仕事をしていた。
そんな吉丸の正面には、交代で休憩の順番が回って来た優勝がオニギリを食べながら吉丸の仕事を見ている。
「私は森岡砦の戦いで、足軽5人組頭になったのですが。この5人組頭というのは、どんな仕事なのでしょうか?」
「どうして俺に聞くんだい?」
「確か優勝さまは、少佐でしたよね? 何か知っておられるのでは無いかと思いまして」
「まぁ確かに知らない事も無いが……仲が良い、利恒殿や虹直殿に聞けば良いのでは無いか?」
スッと手に持っていた筆を吉丸は置く。
足軽5人組頭に昇格して嬉しい限りだったが、5人組頭とは何をする仕事なのかと優勝に聞いた。
オニギリをゴクンッと飲み込んでから優勝は、どうして自分に聞くのかと疑問をぶつけた。優勝は侍階級である少佐の地位に着いていた人間である為、知ってるんじゃ無いのかと吉丸は思ったのだ。
しかし吉丸には利恒や虹直のように、優勝と同じ少佐の地位を持っている人間が近くにいる。なのに自分に聞くのかと優勝は言う。
「そりゃあ、あの2人も武士ですけど……優勝さまの方が経験値が勝っていますよね? なら聞く場合は、優勝さまの方が良いと思いまして」
「あぁそういう事ね、それなら納得だ。確かに利恒殿も虹直殿も少佐ではあるものの、戦場では馬廻衆として足軽を指揮していないからね」
「そうなんですよ、だから優勝さまにお聞きしようと思いまして」
吉丸が優勝に5人組頭の質問をしようと思ったのは、利恒や虹直は馬廻衆として戦に参加していたので足軽を率いる経験をしていなかった。
その為、何度も戦に出ている少佐の優勝に聞いたのだ。
説明を受けた優勝は納得する。そして吉丸に、5人組頭というのは何なのかを説明を始める。
「まぁそんなに難しいものじゃないんだよ。名前の通り5人を従える隊長のようなものかな」
「隊長ですか、私なんかに務まりますかね? ただの農民上がりの若造に」
「自分で言うんだから面白いね! 農民の出だから無理だなんて事は無いと、私は思うよ。なにせ君は、君のいう農民の出でありながら奉行を務めてるじゃないか」
隊長という風に聞いて、自分のような農民の出の若造に着いてくる人間はいるのかと心配になっていた。さっきまではプラス思考だったが、ここに来て隊長になる事への不安感を感じてしまったのだろうか。
しかし心配になっていた吉丸に、優勝は笑いながら心配ないと励ましてくれるのだ。
なにせ吉丸は農民でありながら、仙道家で奉行を務めているほどの優秀さがあるのだから。
この言葉を聞いて吉丸は安心する。
するとそこに「吉丸殿、失礼いたしまする」と秀蘭の小姓の1人がやって来た。
「どういたしました?」
「殿がお呼びにございまする。手が空き次第、部屋に来て欲しいとの沙汰にございました」
「承知いたしました、今すぐに向かいまする」
どうやら秀蘭が吉丸に話があるらしい。
今直ぐじゃなく、手が空いた時で良いからと秀蘭が言ったみたいだ。しかし吉丸の感として、本当に手が空いた時に行くでは遅すぎると考えた。
そこで小姓にも印象よくする為、手に持っていた筆を置いて直ぐに立ち上がる。そのまま秀蘭の部屋に向かって歩き出し、少しでも従順に従うというアピールをする。
吉丸は部屋の前に正座している小姓に、自分が「犬飼 吉丸です」と名乗る。話には聞いていたので、スッと襖に手をかけてから「失礼いたしまする」と開けた。
吉丸は部屋との敷居を跨がず、廊下にあぐらをかいてから深々と平伏し「お呼びでございましょうか!」と用件について伺うのである。
「犬……お前、さきの戦いで5人組頭に昇格した?」
「は! こんな犬のような存在に、身に余る光栄にございまする!」
「そこでお主に直属の部下を与える」
「ぶ 部下にございまするか?」
「そうだ! お主には、これから俺の特別遊撃隊の任を与える。数が少ない方が伝導奉行としても動きやすかろう」
吉丸が言い渡されたのは「特別遊撃隊の隊長になれ」という突然の命令だった。
いきなりの事で意味も分からず、どういう事なのかと吉丸は混乱してしまう。漫画やアニメであれば頭の上にピヨピヨしているヒヨコが飛んでいるだろう。
そんな状態の吉丸に秀蘭は、キチンと説明する。
伝導奉行としても独立した部隊を持っていた方が、仕事がしやすいだろうと考えたのだ。そこで吉丸が自由に動かせる部下を与え、遊撃隊としたというわけだ。
なんとなくだが、吉丸は理解する。
しかしそんな大役のような事が務まるのかと不安になって、吉丸は秀蘭に「お待ちくだされ!」と待ったした。
「農民の出である私には、とてもではありませぬ! 嬉しく一生の誉でございまする……しかし! 私には荷が重うございまする!」
「つまり断りたいというわけか? この俺の命令を?」
「は 歯向かいたいわけではございませぬ! 決して!」
吉丸は自分の身分や器から逸脱していると、秀蘭に1度は辞退するのである。こんな大役を貰っておきながら、失敗いた時に信頼が地に落ちてしまう。
まだ自分には早い役職だと吉丸は考えていた。
しかし断られた秀蘭は立ち上がると、壁にかけられている刀を手に持つ。そのままフラフラと歩きながら、吉丸の方に向かって歩いていく。
そして吉丸の目の前でピタッと止まった。これは斬られると吉丸は覚悟を決め、その場で歯を食いしばって目を強くバチッと瞑るのである。
秀蘭は鞘から刀を抜いて躊躇する事なく振り下ろす。
吉丸は終わったと思った。
だが全身のどこからも痛みや、出血したような感覚がなくておかしいと感じる。
どうなっているのかと思いながらパチッと目を開く。
秀蘭が振り下ろした刀は、吉丸の体の真横を通り過ぎて地面に突き刺さっていたのである。つまり秀蘭は、吉丸を殺すつもりは無かったのだ。
「俺は時間を無駄にするのが嫌いだ、俺の命令に背く人間も嫌いだ。そして好きな言葉は適材適所だ……今を生きる命よりも大切な事があるか?」
「い いえ! 今を生きている事が嬉しゅうございます! そして殿から頂いた、遊撃隊の任をお引き受けさせて頂きまする!」
「うむ、部下に関しては追って与える。もう言って良い」
「は! 承知いたしました!」
引き抜いた刀を眺めながら秀蘭は、自分の嫌いなものと好きなものを述べた。明らかに今の状況に当てはまる。
これは殺す意思は無いが、それは今の話だ。これ以上の駄々は意思が変わりかねない。
吉丸は快く引き受ける決断をした。
しかしこれも秀蘭が吉丸の為に考えた行動である。
下がって良いと言われた吉丸は、直ちに立ち上がって頭を下げてから部屋を出ていく。
そんな吉丸を見た秀蘭は、溜息を吐きながら刀を鞘にしまって「あの犬は……」と呟いた。
「黙って引き受ければ良いものを。謙遜というのも、ここまで行くと面倒だな」
「殿、犬の気持ちも汲んでくだされ。今はこれ以上、農民の出である自分が出世したら睨まれると思っておるのですから。これでは孤立してしまいますよ?」
「アヤツは、そんな玉では無い! だが……まぁ少しは心の隅にでも置いておこう」
何とも険しい顔をしながらも楽しそうだと思った果耶が部屋にやって来た。
そして秀蘭の気持ちを、少し考えて欲しいと進言。
もちろん秀蘭は、吉丸が家中で孤立したからと言って病むような人間では無いと理解している。それでも少しは考えると、頬をポリポリと掻きながら言った。




