050:新たな動き
秀蘭軍が森岡砦を、たった1日で落とした事が周辺諸国に知らされる事になる。祥鳳が直々に出て行ったわけでは無いが、祥鳳の指図で砦を築いたというのもあって、これは祥鳳に勝ったのも同然であると周りは騒いだ。
こんな騒ぎ方をされてしまっては、東海道の覇者である祥鳳は面白く無い。なんせ自分が出ていない上に、300人と1000人以上の差で勝てる方が不可能である。
なのに秀蘭が祥鳳に勝ったと、周りは色めき立つ。
怒り心頭となった祥鳳は、自分の肘置きをバンッと蹴り飛ばし「ふー! ふー!」と怒りを全身で表現する。
「どうしてこの余が、あんな田舎の大馬鹿者に負けたと言われなければいかぬのだ! あんな大軍なのだから勝つのは当たり前であろう!」
「世間というのは、こういう話が好きで盛って話したくなるものにございまする。日本時代で言うところの……そうゴシップ! が大好きなんでございまする」
「そんな事は聞いておらぬわ! こんな事では東海道の覇者として、名を轟かせている余が侮られるでは無いか!」
厚畳の上を右に左に動いて、どうにか苛立っている気持ちを落ち着かせようとしている。
しかしそれでも今回の事を考えれば考えるほど、今回の事が苛立って仕方ない。気持ちが高まっていき、どうにかできないかと雪庭に知恵を出さそようとした。
こんなのは、いっときの流行り。人間というのは、こういう話題が大好きなのだと説明した。他の事件が起きれば忘れるから我慢するように説得する。
だが、それでは東海道の覇者としての面目が丸潰れになってしまうと扇子を地面に叩きつけた。
「とにかく今すぐにでも仙道 秀蘭の首を挙げ、今回の汚名を拭わなければいけぬ! 直ちに兵をかき集めよ、西愛河に攻め込むぞ!」
「なりませぬ! そんな事をした日には、東桜と長信に攻め込まれるのは必定!」
「ならば、このまま黙っていろというのか! お主は、それでも余の家臣か!」
「黙っていろとは申しておりませぬ。この私に良い考えがありまする」
「良い考えだと?」
東海道の覇者とあろうものが、感情に任せて西愛河に攻め込もうと大々的に宣言をした。それは小さな子供が、喧嘩した相手に「絶交だ!」と言うように感情任せにだ。
しかしそんな事をすれば背を向けている長信や東桜と言った大国が攻め込んでくるのは必定。そんな愚かな行為を軍師である雪庭がさせるわけにはいかない。
その代わりに良い考えが自分にはあると言い放つ。
まさしく自信に満ちた表情を雪庭は浮かべている。
怒りで震えている祥鳳は、何とも言えない笑みを浮かべながら「それがつまらない事だったら、許さないぞ?」という意味を込めた「良い考え?」と問う。
雪庭はニコッと笑ってから「えぇ」と答える。
「ならば聞かせてみよ、その良い考えというのをな」
「は! 同盟にございまする」
「同盟だと?」
「は! 東桜と長信の2カ国は同じ問題に悩まされておりまする。まさしく隣人問題でございます」
雪庭が提案したのは、東桜・長信との三国同盟だ。
同盟と言っても、そう簡単に2カ国が答えると祥鳳は思ってはいなかった。
しかし雪庭には勝ち筋が見えている。それは隣人問題。
つまり長信は新越と美飛、東桜は新越と東北勢と睨み合いだけではなく戦にまで発展している。この状況で同盟を結べば、3カ国が背中を向けあって前の戦いに専念する事がができるというわけだ。
この理由から同盟は高確率で成功すると読んでいる。
「確かに、その話ならば同盟が成功する見込みは十二分にあるな……雪庭っ! 同盟は、お前に任せる。しっかりと話し合いの場を用意せよ!」
「は! 承知いたしました!」
怒り心頭ではあるが、祥鳳はバカというわけでは無い。
キチンと説明を受けると「確かに」と納得し、3カ国間での三国同盟を結ぶ決定をする。その話し合いの席を設ける取り計らいを、提案者である雪庭に任じた。
これは大仕事になると、雪庭はやりがいを感じ笑みを溢しながら深々と平伏するのである。
祥鳳が動き始めていた頃、秀蘭は森岡砦の戦いにおいての論功行賞を行なっていた。
どんな風に論功行賞をやるのか。
戦後処理として首級を挙げたのは、誰かというのを記録しているので、それを照らし合わせて褒賞を与える。
今回の場合、吉丸は首級を挙げたわけでは無い。
しかし門を開場させたのは、大きな武功だったと認められて今回の論功行賞に呼ばれている。
「犬飼 吉丸っ! 前へ!」
「は!」
名前を呼ばれた吉丸は、床に敷かれている茣蓙の上に正座をして深々と平伏する。
頭を下げている吉丸を、秀蘭と果耶は高いところからスッと見下ろしている。今回の武功を聞いている果耶は、まさか農民の犬が、こんなところまで来るかと面白がって声は我慢しているが顔は笑っていた。
「吉丸殿は森岡砦の外壁に単騎で登ると、単身で多くの兵を撃破し門を開場した。これは大いに武功と呼んでいい功績であると評価した!」
司会進行を執り行なっている家来は、吉丸が挙げた武功についての説明を行なう。
やはり単身で外壁に登り、門を開場させたのは大いなる武功であると認められた旨を伝えられた。これに吉丸は嬉しさを抑えながら「はは!」と再び頭を下げる。
その姿を見た秀蘭は「おい、犬」と声をかけた。
これに吉丸は「はは!」と同じ声を出し、頭を上げた。
「俺が戦場で言った事を忘れてはいないだろうな?」
「もちろんにございまする。殿から頂いた、お言葉……この胸に残っておりまする!」
「ならば良い、この先も忘れるな。今回の武功を持って、お前を足軽5人組頭の職に任ずる」
「ま 誠にございまするか!? わ 私が5人組頭……」
「まだ伝導奉行を解任させたわけでは無い。これからは奉行の仕事と共に、5人組頭として見事に仕事を果たせ」
「は! この犬飼 吉丸! 殿の御為、身命を賭して働いていきまする!」
秀蘭は戦場で吉丸を叱った事を覚えているかと問う。
もちろん吉丸が忘れるわけもなく、しっかりと胸に刺さっている事を言葉で伝える。
秀蘭としても吉丸が忘れるような人間では無いだろうと分かっていたが、とりあえず確認で聞いた。予想していた答えが返って来たので、秀蘭は安心して吉丸を「足軽5人組頭」に昇格させるのである。
この時代の昇格は足軽→足軽5人組頭→足軽大将→足軽総大将というのが足軽で、ここからさらに出世すると少佐→中佐→大佐→少将→中将→右大将→左大将が武士や侍と呼ばれる位だ。評定に参加できるのは大佐から。
吉丸が目指している武士になる為には、あと3回昇格すればなれる。口では簡単に3つと言うが、実際に足軽から武士になれる人間というのは稀も稀だ。
普通の人間なら「長い道のりだなぁ」と気落ちするところだろうが、それに対し吉丸は「もうちょっと!」や「やったぁ! 昇格した!」とプラス思考である。
これくらいのプラス思考でなければ、厳しい乱世で出世する事は難しいのでは無いだろうか。
とにかく吉丸は、ただの足軽から5人を4人を束ねる組頭に昇格したのだ。また新しい戦いが始まる。




