049:ただいまとおかえり
森岡砦の戦いで勝利した秀蘭軍は大きな宴を開き、その日は東浦城に宿泊するのである。
大いに飲みつぶれた吉丸たちは、盃を手に握りながらグーッとイビキをかきながら眠っている。勝った後の祝勝会という事もあったので、吉丸たちは大いに飲んで騒いで愉しみまくった。それはそれは遊び疲れてしまった子供のように、満足そうな表情を浮かべながら寝ている。
そして翌日、秀蘭軍は陸路を使って帰るのであるが、仙道家を離反して中林家に着いた知多城に立ち寄った。
「吉慶さま! 秀蘭軍が、押し寄せておりまする!」
「なんだと!? まさか既に森岡砦が、落とされてしまったというのか……そんなわけが無い! あそこには祥鳳さまの家臣が、直々に守っているのだ!」
「しかし押し寄せているのは事実にございまする! 判断をお間違いになれば、この城も落ちまする!」
「何を言うか! ここまで落とされてしまっては、わざわざ仙道家を裏切った意味が無い……後世に、ただの裏切り者として汚名を残す事になるぅ!」
森岡砦が落城した事を、まだ知らない知多城の城主・花咲 吉慶は信じられずにいる。
しかし秀蘭軍が目の前まで押し寄せているというのは事実である為、早くに手を打たなければいけない。どうしたものかと吉慶は親指の爪を噛んで悩む。この癖は、昔から家臣たちの間で舌打ちするほどに嫌われていた。
「籠城だ! このまま打って出たところで、あの大軍に勝つ手立ては無い!」
「承知いたしました、直ちに籠城のてはずを整えまする」
吉慶は思っているよりも冷静な男だった。
今の自分たちに、城を出て秀蘭軍と戦って勝つだけの力は持っていないと冷静に分析した。それゆえに籠城して、祥鳳からの援軍を待つ決断を選んだ。
家来たちも思い切った行動を取らなくて良かったと安堵し、直ぐに籠城の準備を行なうのである。
「殿、誘いに乗って来るつもりは無いみたいです。どういたしますか?」
「誘いに乗って来ないのは分かっていた事だ。直ちに城下を焼き払え、それから帰城する」
「承知いたしました! おい、直ぐに城下を焼き払え!」
秀蘭は元から吉慶が城を出て来ない事を予想しており、戦うつもりはハナから無かったのである。
指示されたように城下を焼き払った。
これは自分を裏切った人間は、こんな風にするからという見せしめの行為だ。
吉慶も燃えていく城下を見て歯軋りをする。
「こ こうなる事を秀蘭は読んでいたのだ! これは見せしめだ……自分を裏切れば、こうなるぞというな!」
業火に燃えていく城下を眺めながら、自分は選択を間違ってしまったのかと目を見開いて絶望する。
自分1人で、ここまで来たとは吉慶も思ってはいない。この道に辿り着くまでには、多くの犠牲や領民の力があったからこそであると思っている。
なのに、そんな領民の家や土地。そして命すらも自分の間違った判断で奪ってしまった。
ここまでやるかと秀蘭に怒りよりも恐怖心が勝る。
まさしくそれが狙いであると思いながら秀蘭は、上前津城へと帰城するのである。
吉丸も本当に久しぶりに家に帰った。家に帰って来れたのは、暗くなった夜の7時を回った頃だ。
本当に久しぶりなので、実家に帰省した大学生のように家の外見をジーッと見る。こんなにもボロボロで、古ボケていたのかと少し面白くなる。
そんな事はどうでも良いかと吉丸は扉を開けた。
「やっぱり……なんか大体の予想はついてたよ。どうしているんですか、結菜さま」
「おぉ待ってたぞ! 随分と久しぶりな気がするな!」
「えぇお久しぶりです」
何人かは予想をしていたかもしれない。
当たり前のように吉丸の家に、結菜が上がり込んでいたのである。吉丸も自分の家ながら、この結菜に関しての防犯はゼロに等しい。
絶対とまでは言えないが、ほぼ99.9%はいるだろうと思っていた。そうしたら居た。ある意味、予想を裏切らない人ではあると吉丸は思う。
「吉丸が帰って来ないから暇だったぞ! だから、こうやって家に上がっては掃除とかしてやった。どうだ、私に感謝の気持ちはあるか?」
「ま まぁそこに関してはありがたいとは思いますが……感謝よりも油断できないという気持ちの方が大きいです」
「そうかそうか! 感謝してるなら良い!」
「俺の話を聞いて下さいよ……」
当たり前のように家に上がっている事は、サラッとしか結菜は触れなかった。掃除してくれたというのはありがたい限りだ。しかし吉丸が聞きたいのは、そこではなくどうして家に上がっているのかという部分である。
まぁとりあえずはありがたいから良いかと、母親のおせっかいを吉丸は感じた。
とにかく夜遅いから「送りますよ」と言う。
しかし結菜は「まだあの言葉を聴いてないから帰らないよ!」と腕を組んだ。今度は何を言い出すのかと、吉丸は困惑してしまい「あの言葉とは何ですか?」と聞く。
するとプイッと可愛らしくソッポを向いて「自分で考えたら、どうなんだ!」と言う。ここにも無理難題を、ぶつけて来る人間がいたと吉丸は溜息を吐いた。
「いやぁ〜、どうにも思い当たる事が無いんですけど。俺って、何かしましたかね?」
「それが分からないようなら、吉丸に恋人なんてできないぞ! まぁその方が私も嬉しいけど!」
「い いや、それは俺にとって地獄……これでも犬飼家の長男なんで、跡取りは欲しいですよ」
「なら、私が向いていると思う! 私なら誰よりも、何よりも吉丸の子供を産める!」
「そういう話では……そんな事は、どうでも良いんです! 俺が言ってない事って何なんですか?」
なんとも言えないような会話をしたのち、こんな話をしている場合じゃないと吉丸は思い出す。
とにかく機嫌を取って話を聞き出そうとするが、どうやら結菜も頑固な人間らしい。吉丸が聞き出そうとすればするほど、その口は固く閉ざされる。
本当にどうしたものかと吉丸は「んー」と頬を、ポリポリと人差し指で苦笑いしながら掻く。
「はぁ、仕方ないなぁ! ヒントは出してあげる!」
「おぉ! それはありがたい!」
「私は、こんなところで何日も何日も待ってた! 吉丸が帰って来る日を、首を長くして!」
「そ それはどうも……それとこれに何の関係か?」
「もう! 帰って来たら、この言葉を言うのが礼儀だと父ちゃんに教わったよ!」
来る日も来る日も家で待っていた。この言葉を帰って来たら言うのが礼儀。
吉丸は必死になって頭をフル回転させる。
かなり結菜が譲歩してくれているので、どうにか答えを出そうと「うーん! うーん!」と腕を組んで考えた。
そしてポンッと目の前に現れたように「あっ」と結菜の言いたい事に気がついた。まさかこんな言葉を……。
というのは俺の都合だから口には出さないが、確かに言われてみれば言っていない事に気がつく。
そのままポロッと吉丸は「ただいま…」と言った。
これを待っていたんだという嬉しさを、表情に表して満面の笑みで結菜は「おかえり!」と返してくれた。
当たり前になっていた関係の中で、生きて帰って来た事が当たり前ではない事に吉丸は気がつく。吉丸は結菜に勝てないと「ふふ」と笑ったのである。




