004:抑えられぬ感情
さっきまで追い詰められていたのは吉丸だったが、今となっては形勢が逆転している。
タックルされた衝撃で、お頭の手から離れていった。
しかし落ちた場所は、少し手を伸ばせば届きそうなところにある。その為、少しでも隙を突いたら取れるんじゃ無いかと、お頭は考えていた。
どうにか視線を外せないかと、お頭は徐に吉丸の背後に視線をパッと向ける。狙い通りに吉丸は、最後の方にチラッと視線を向けてしまった。
お頭は「今だ!」と言わんばかりに、刀へと手を伸ばして手に取る。そのままよそ見をしている吉丸に向かって、尻餅を着きながら振るおうとした。
だが上手くはいかない。
「そんな古臭い手に引っ掛かるかよ!」
この流れを吉丸は読んでいた。
わざとお頭のフェイントに、引っかかったように吉丸は見せたのである。ここに来て上手のお頭を上回った。
お頭が刀を振るう前に、吉丸はお頭の手首から上を刀で斬り落としたのだ。
あまりの痛みで「うわぁあああ!!!!」と叫ぶ。
腕の傷口から噴水のように血がドクドクと流れている。直ぐに血の水溜りができていた。
「ど どうなってるんだ!? こ こんなガキに……どうして、こんな事に!?」
痛すぎるのでジタバタして、なんとか痛みを緩和させようとする。
しかしそんな事で腕を切り落とされた痛みが緩和されるはずが無い。意識が飛んでいないだけでも、このお頭は胆力の凄い人だと言えるだろう。
お頭は斬られた右腕を押さえながら、痛みを堪える為に蹲って「くっ!」と声を殺して耐えている。
ここが終わらせるチャンスだと吉丸は刀を振り上げた。
「あばよ、盗賊のお頭さんよ!」
「ちょ ちょっと待て!?」
吉丸はお頭の首に狙いを定める。
右手は無いが、両手を腕を前に出して命乞いをする。
しかしお頭の命乞いを聞き入る事なく、吉丸は全力で刀を振るう。刀の刃はヒュンッと空気を斬るような音を鳴らしながら、お頭の首と体を真っ二つにした。
生首は空中を数回クルクルッと回ってから、ボトッと地面に落ちた。首が地面に落ちてから、胴体の方はフラフラッと左右に揺れてから地面にバタンッと力尽きる。
初めて人を斬り、命を奪った感覚に吉丸は「はぁ……はぁ」と動揺を隠し切れずにいる。
お頭がやられるのを近くで見ていた盗賊たちは、お頭がやられるなんて思っておらず「お お頭」という感じで後退りして吉丸から距離を取る。
そして勝てないと察した盗賊たちは逃げ出していく。
きっと吉丸の返り血を浴び息切れしている姿を見て、鬼が出たと恐れて逃げていったのだろう。
息切れをしながら、手に残る感触を反復するように自分の手を吉丸は見つめている。
すると背後から「吉丸……」という呼ぶ声が聞こえた。
神経が研ぎ澄まされているので声がした瞬間、体は動かさず首だけを動かして後ろを見る。
そこには呆然とする恭子と、目の前の光景が信じられず目を逸らす柚葉が立っていたのだ。
親に見られたく無かった思春期のように吉丸は「どうして母さん……」と言葉を溢す。それ以上の言葉を吉丸の口から放たれる事は無かった。
「どうしてって、吉丸が心配だからに決まってるでしょ。その前に、これは吉丸がやったの?」
「う うん……俺が殺した」
「殺したって……分かってんの!? 人を1人殺してるんだよ! そんな冷静にいるのおかしいでしょ!」
柚葉は冷静に殺したと語った吉丸に対し、同じ人間とは思えないように罵声を浴びせる。
もちろん吉丸だって分かっている。盗賊のお頭と言っても人間である事には変わりはなく、どれだけ綺麗事で拭ったとしても人殺しをしたのには変わりない。
それでも吉丸は柚葉の「正気!?」という問いに、何も答えずに下を向いて黙っている。
答えない吉丸に柚葉はイラッとする。
しかしそれを恭子が「ちょっと待って」と止めた。
「吉丸が、その人を殺したのは別に良いの。何もしなければ吉丸が殺されていたかもしれないからね」
「お母さん……」
「それに5年前から山の中で、木刀を振るっていたのは知っていたしね」
「え!? 知ってたの!?」
「もちろんお母さんを舐めたらダメよ?」
実は吉丸が木刀を振っていたのを、恭子は昔から知っていたというのだ。それも始めたばかりの5年前から。
衝撃の事実に吉丸も柚葉も「マジか」という表情を浮かべながら、恭子の顔をガン見する。
2人が言葉を失っているので恭子が話を進める。
「そんな事よりも心配なのは、吉丸の心です! その人を殺した時に、ズキッと心が痛まなかった? もしも感じたなら、あなたは侍に向いていません。どれだけ興奮していたとしても戦場は、この何倍もの人を殺すのですから」
恭子の言う事が、まさしく芯をついている。
お頭を殺した時に吉丸の心が、ズキッと傷んだとしたら侍には向いていない。これから先、多くの人を殺すのにメンタルが着いていけるわけが無い。
実際、吉丸の精神はどうだったのか。
下を向いたまま吉丸は黙っている。柚葉は「ほら、見た事か」という感じで吉丸を見る。
フーッと吉丸は息を吐いてから、スッと顔を上げて恭子に「お母さん!」と名前を呼んでから気持ちを話す。
「こんな言い方したら、ダメなのかもしれないけど……盗賊を倒した時、最初に感じたのは強者を倒したっていう達成感だったんだ。5年間、毎日のように木刀を振り続けたけど………ずっと前向きにやれてたわけじゃないんだよ」
「それはそうだよね」
「うん、こんな事は意味が無いかもしれないって自分の事を否定してた時があったんだ。でも今日、自分を凌ぐ相手を倒せた時は夢に近づけたって思えたんだよ」
吉丸がお頭を討ち取った時に感じたのは、人を殺してしまったという罪悪感では無かった。別に罪悪感を感じなくなったというわけでは無いが、それよりも強者を倒した時の優越感を強く感じていたのだ。
ポジティブな吉丸だが、修練を行なって来た5年間の間で、何回も修練は間違っているんじゃないかと考えてしまう時が何度かあった。
しかしそれでも手を止める事は無かった。この5年間が報われたように感じたのである。
吉丸の感想に恭子は「そう」と優しく微笑みながら「うんうん」と頷いた。
「吉丸、詳しい話は夜にしましょう」
「う うん」
これからについての詳しい話は、盗賊たちの後処理をした夜にしようと恭子は言った。
納得した吉丸は返り血を拭ってから村の人たちと、盗賊の後処理を行なうのである。
色々としているうちに日が暮れていた。
吉丸たちは家に帰り、正座をして話の続きをする。
「それでさっきの話の続きだけど端的に言うね……私は吉丸が侍を目指すのを応援したいと思ってる」
「え!? お母さん、本気で言ってるの!?」
まさかの判断に吉丸と柚葉は立ち上がって驚いた。
きっとこういう反応をするだろうと恭子は思っていたので、冷静な感じで「うんうん」と頷いている。
本気で吉丸が侍になるのを認めるのかと、柚葉は大きな声で「自分は反対!」というのをアピールする。そんな事を許すわけにはいかないと柚葉は考えているのだ。
しかし恭子の意思は変わらない。
「だけど、1つだけ約束してくれる?」
「う うん!」
「自分の命を大切にして、投げ出すような事はしないって約束して!」
「うん! 絶対に約束するよ!」
吉丸と恭子は侍になる為に家を出る為、命を投げ出さないという約束を交わすのである。




