003:つまらない日々③
吉丸は木刀を握り、刀を構えている盗賊のお頭と睨み合っている。その光景は側から見たら、オモチャの剣でドラゴンに挑もうとしているようだ。
側から見ている人たちが心配しているのをよそに、吉丸は戦うという意志を目でアピールしている。それはそれは目力だけで言ったら、歴代の武将にも匹敵する面構えをしているのである。
しかしお頭は実戦を経験しまくっている猛者なので、そんな吉丸にも余裕な表情を浮かべている。なんなら余裕を通り越して舐め腐っていた。
「やる気かぁ? お前みたいなガキに負けてやるほど、俺は優しくねぇよ?」
「誰が優しくしろって言った? 真っ向から、お前をぶった斬ってやるよ!」
「おぉ良いねぇ! そういう威勢が良いの俺は、嫌いじゃねぇよ。期待通りに本気でやってやるよ」
お頭は威勢の良い人間を、ただただ斬る事が好きだ。
自分の事を強いと過信している人間が、やられた瞬間に絶望の顔をするのが大好きなのだ。とてつもなく性格が悪く、相対したくは無い。
だが戦いの腕だけは確かである。
多くの強者を倒して来た。
そんなお頭と吉丸は睨み合っている。
ヒューッと2人の間に西部劇のような風が流れ、少しの間をおいてから吉丸が動く。地面が深く掘れるくらいに強く踏み込んで、お頭に向かって襲いかかる。
普通の人間よりも素早く距離を詰める。もしも敵が普通の人間だったら、驚いて少し動きが鈍るだろう。
しかしお頭の表情は、赤ちゃんが向かって来るようにヘラヘラした余裕な雰囲気を全身から醸し出している。
「舐めやがって……1発で終わらせてやる!」
ヘラヘラしているお頭が許せず、さらに吉丸は地面を蹴り出して加速するのである。
一気に加速してから木刀を振り上げた。
狙いを完全に、お頭に定めている。このまま一振りで、吉丸はお頭に勝つ自信があった。
吉丸はお頭との距離を、2.5mまで縮める。
その瞬間だ。吉丸の体の毛が逆立つほどに、寒気を全身に感じたのである。
すると咄嗟に吉丸の体は動き、急停止してから後ろにジャンプして、お頭との距離を取った。
距離を取った吉丸を見たお頭は「おぉ」と唸る。
「な なんだ、今の……全身にゾワッと寒気が走ったぞ」
「それは侍として良いモノを持っている証拠だ。自分の実力と相手の実力を天秤にかけ、本能で戦いを拒否したという才能だ。それを持っているのと、持っていないとでは早死にするかどうかが決まって来る」
「つまり俺は、お前にビビって下がったって事か? ふざけんじゃねぇよ……俺はビビってねぇぞ!」
「確かにそういう言い方もできなくはねぇが、そういうわけでもねぇとは思うぞ。それで来ねぇのか? そっちから来ねぇなら、こっちからいくぞ!」
吉丸の中にある本能が、目の前にいるお頭とやり合うのはマズイと咄嗟に思ったのだ。
お頭としては、その本能は素晴らしい才能だと称した。
しかし吉丸にとっては、ビビって戦うのを拒否したと感じ屈辱だと思っている。強く悔しいと思っているが、本能が闘うのを拒否して動けずにいた。
すると来ないなら、こっちから行くとお頭は、吉丸に向かって走り出すのである。
向こうからやって来るのだ。吉丸は嫌でも生き残る為に戦わなければいけない。震える手足に、一撃を入れてから木刀をスッと構え迎え撃つ。
お頭は刀を振り下ろす。
よーく刀の動きを観察してから吉丸は、自分の木刀を刀に合わせて振るう。
カチーンッと鍔迫り合いに持ち込む事に成功した。
だが鍛え上げられた刀と、自分で木から作った手作りの木刀では強度に差があり過ぎる。そりゃあそうだ、手作りの木刀と言っても、作ったのはズブの素人だ。
少しの鍔迫り合いをした後、木刀は刀に負けて真っ二つに切られてしまった。思い切り力を込めていたので、顔面に目掛けて刀の刃が向かって来る。
吉丸は覚悟を決めて、お頭の後ろに向かって飛び込み前転をして刀の刃を避けた。空振りした刀は、地面にぶつかって火花がバチッと上がった。
「あ 危ねぇ……あともう少しで頭が、カチ割れてだぞ」
手に持っていた木刀を投げ捨ててから、今の一撃は冗談抜きで危なかったと、まだドキドキしている。
それにしても大事だ。唯一の武器だった木刀が使い物にならなくなってしまい、完全に丸腰になってしまった。
どうしたら良いのかと吉丸は、お頭の動きを観察する。
すると吉丸とお頭の中間地点ら辺に倒れている、盗賊の腰元に刀があるのが見えた。アレならまともに戦えるかもしれないと、吉丸はゴクンッと生唾を飲む。
チラッとお頭の顔を確認した。
まだヘラヘラしているので吉丸は、自分が狙っているのが倒れている盗賊の刀だと思っていないだろうと考えた。
スーッと息を吸ってから刀を取る為、倒れている盗賊に向かって猛ダッシュする。その時は一目散に、刀を取って構えようと思っているので、お頭の姿は視界の端に置いている。そこまで気にしなくて良いだろうと思っていた。
しかしお頭も動くと倒れている盗賊と、吉丸の間に仁王立ちするのである。
「テメェの狙いが分からないくらいバカに見てたか? 木刀を失ったんだ、コイツに目を付ける事なんて容易に想像できるだろうよ」
既に狙いに気づかれていたのだ。
このままでは刀を奪えず、何か武器を手に入れるまでは丸腰で格上と対峙する事になる。そうなれば死ぬのは時間の問題になってしまう。
どうしたら良いのかと吉丸は走りながら考える。
何をしても死ぬ可能性が高いならば、このままお頭にタックルをかましてしまえと頭に浮かんだ。避ける事だけを考えたら、お頭の一撃とは言えども避けられる自信が吉丸にはあったのだ。
今はこれしか無いと確信している。
吉丸は覚悟を決めて、さらには加速して走るスピードを限界まで上げた。
「ま マジか!? このまま玉砕覚悟で突っ込むつもりなのかよ……面白いガキだと思ったが、結局はタダガキって事なんだろうな! せめて苦しませずに、一撃で首を刎ねて楽にしてやるよ!」
お頭が刀を振り上げたのを見た吉丸は「来た!」と心の中で叫ぶ。
よーく刀から目を離さず、お頭の体の動きに注視する。
そして震え冷や汗をかきながら吉丸は、お頭の間合いである2m以内に侵入した。さっきまでなら入る事すらもできなかった領域に、吉丸は突入したのだ。
お頭も「来た!」と右口角を上げてニヤッと笑う。
吉丸に狙いを定めて刀を振り下ろす。空気を斬るヒュンッという音が聞こえ始めた。
しかし吉丸は間合いに入ってから、さらに加速する。既に限界を迎えているはずが、火事場の馬鹿力というモノなのだろうか。この力は吉丸も分かっていない。分かっていないというよりも、無意識でやっているのだ。
お頭の刀が吉丸に触れる事は無い。
思い切り勢いの付いた吉丸に、タックルされたお頭はトラックに正面衝突したみたいに後ろに吹き飛んでいった。
「痛っ!? ど どうなってんだよ……猪にタックルされたみたいな衝撃だったぞ」
あまりの衝撃に猪が、ぶつかって来たのかと錯覚するレベルだった。脳震盪のように頭がグラグラして、お頭は頭を押さえている。
するとお頭の顔の前に切先が向けられた。
ゆっくりとお頭が顔を上げると、そこには異様な量の汗をかいている吉丸が立っていたのだ。もう既に倒れている盗賊から刀を奪い取っていた。




