002:つまらない日々②
侍になりたいという隠しておきたい夢を、柚葉に暴露された吉丸は「理解されなくて良いし」という感じで、目を細めて苛立ちを隠せずにいる。
そんな吉丸を見た恭子は、洗濯物を畳んでいたが、スッと立ち上がって吉丸の前まで行く。いきなり自分の方に来たので、吉丸は「怒られる!」と説教を覚悟した。
しかし恭子は優しく微笑み、吉丸の頭を優しく撫でた。
てっきり叱られると思っていた吉丸はギュッと体に力を入れていた。実際は怒られるんじゃなく撫でられて、吉丸の体は緊張からの緩和でポカーンッと固まる。
だが直ぐに我に返って「な なにすんだよ!」と恭子の手を、パッと払い除ける。年頃の男子からしたら、母親に頭を撫でられるのは恥ずかしい以外の何物でも無い。
「吉丸は、どうして侍になりたいの?」
「な なんでって……生まれて来たんなら、何かを残して死にたいんだ。その過程で侍になって、金をたくさん稼いで、母さんたちを………」
「そう、やっぱり吉丸は優しいわね。貴方のお父さんにソックリよ」
どうして侍になりたいという理由を聞いた恭子は、自分の旦那であり吉丸たちのお父さんとの記憶を思い出す。
恭子の記憶の中のお父さんは、ぶっきらぼうで自分の意思を間違って伝わってしまうような人だった。それでも恭子が、その人を選んだのには理由がある。どこの誰よりも周りに目を向け、自分を犠牲にしてでも動いていた。
そんな父親と吉丸が重なった。
そして父親に似ていると言われた吉丸も「父さんに?」といった感じで、信じられずにホワァッとなっている。
「もちろん私は、吉丸の夢を応援したいわ……でもね、それ以上に、お父さんの事もあって応援できないの。戦場というのは好んでいくようなところじゃないわ」
「そんなの俺だって分かってんだ……戦場なんて、ただの殺し合いだって。それでも俺は終わらせたいんだよ………この狂った戦乱の大和を! 俺の夢は、ただの侍になりたいんじゃ無い! 俺は大和一統したいんだ!」
母親としては吉丸の夢を応援してやりたい。
しかし戦場で夫を亡くしている恭子にとって、戦場というのは大切な人を奪う場所でしか無い。だから恭子は、優しい口調で夢を諦めるように諭した。
だが吉丸だって言われなくても理解しているつもりだ。
どれだけ夢や希望と言って戦場を美化したところで、戦場という場所は人の殺し合いをするところだと。
そう、そんな事は、とっくの昔に知っているのだ。
それでも諦められないのは、自分の本当の夢が、侍になりたいという事では無い。もちろん夢の途中に、侍になるというのは必須である。
本当の夢とは、侍になって大和を一統すること。それこそが本当の夢。諦められない夢だ。
「大和を一統するって? あ アンタ、それ……本気で言ってんの?」
あまりにも突拍子の無かった事を言ったので、柚葉は眉を歪めて本気で言ってるのかと神経を疑った。
まぁそれは仕方ない事ではあると思う。
平の平の平民よりも下の農民が、分裂した大和を統一したいなんて言葉は信じられないだろう。いや信じられない以前に言葉の意味すらも、一瞬理解できない。
吉丸は「本気も本気」と覚悟を決めている目を見せる。
「ただの農民が、侍になるだけでも無理なのに! それが大和を一統したいなんて正気!? さっきまでは、ただのバカだって思ったけど……バカを通り越して、イカれてるんじゃないの?」
「あぁバカだろうと、イカれてるだろうと言われようが、俺は夢を諦めるつもりは無い! こんなところで、なにも残す事もできずに死んでいくのだけは絶対に嫌だ……絶対の絶対に嫌だ!」
柚葉は全身を使って、ふざけた事を言っているのを吉丸に伝えようとするのである。
もちろん柚葉が、そういうのは吉丸も分かっている。
バカだの、イカれてるだの言われるのは理解できる。それでも諦められないのだ。
全く折れる事の無い吉丸に、柚葉は「はぁ!」と深い溜息を吐いて「アンタって奴は……」と呟く。
なんとも言えないような空気が、家の中に流れたところで「ヤバいぞ!」という声と共に家の扉が開く。
扉を開けて入って来たのは、隣に住んでいるおじさん。
その顔はゾンビ映画で、初めてゾンビを見たモブのような顔面蒼白といった表情だ。おじさんの表情を見ただけでも、大変な事が起きたのは直ぐに分かる。
緊急事態だと思った恭子は「何かありました?」と立ち上がりながら聞いた。
「と 盗賊だ! 村に盗賊がやって来たぞ!」
「えぇ!? と 盗賊ですかぁ!?」
ここ最近は盗賊なんてやって来ていなかった。
盗賊は米や野菜といった食料品や金品、それに綺麗だと思った女性を攫っていく。
だから村の皆んなは、農具を持って盗賊と戦う。
吉丸と柚葉、福丸と若菜のような子供たちは、攫われないように家のどこかに隠れさせるのが常識だ。
しかし吉丸は「クッ!」と歯を噛み締める仕草をしてから、おじさんのいる入り口の方に向かって走り出す。玄関に立てかけて置いた木刀を手に取り、入り口に立っているおじさんに「おじさん、ごめん!」と言って外に出る。
恭子は走っていく吉丸の背中に「よ 吉丸!」と叫ぶ。
吉丸はハァハァと息を切らしながら、村の中心部に向かって走っているのである。
中心部が見えてくると、そこには農具で盗賊と戦っている村人、村の蔵から米やら野菜やらを持ち出している盗賊たちの姿が見えて来た。
ギュッと歯を食いしばりながら、右手1本で持っていた木刀を両手で握り直す。スーッと息を吸って、フンッと息を止め全身に力を込める。
1人の盗賊に狙いを定めた。
そのまま一気に、木刀で襲いかかる。
「な なんだ、このガキ!?」
向かってくる吉丸に気がついた盗賊は、急いで腰元にある刀を鞘から抜いて構えようとする。
しかし鍛え上げていた吉丸のスピードを甘く見ていた。
盗賊は構える前に吉丸が襲いかかって、脳天に一撃を入れた。それはそれは綺麗に脳天を振り抜き、盗賊は「うわぁ!?」と言ってから地面に倒れる。
吉丸は「ふぅ…ふぅ」と息を荒立て、自分のボコボコにタコができている手を見て「よし!」と笑みを溢す。
するとそれを見ていた他の盗賊が、刀を抜いて構えながら吉丸に「やりやがったな、このガキ!」と叫ぶ。
パッと吉丸は振り返った。
そのまま盗賊に向かって走り出す。先手を取らなければ体格や実戦の差が出てしまうと思ったからだ。
盗賊の男は刀を上に振り上げた。
その瞬間、吉丸の眉が何かに気がついたかのように、ピクッと動いた。
走りながら木刀を中段に構える。
吉丸が盗賊の間合いに入った瞬間、振り上げられた刀が自由落下するように、吉丸めがけて振り下ろされた。
しかし振り下ろすよりも、吉丸の中断から相手の喉元に狙いを定める突きの方が早かった。スーッと伸びた木刀が盗賊の喉仏にクリーンヒット。盗賊は「うげぇ!?」と言いながら、地面にバタンッと倒れる。
吉丸の息は、さらに「はぁ…はぁ」と切れていた。
「おぉ面白いガキがいるじゃねぇか」
「お前……誰だ」
「俺は、この盗賊団の頭をやってるもんだ。古文がやられて見逃すわけにはいなねぇな」
この盗賊団のお頭が、刀を肩に担ぎ笑いながらやって来たのである。
余裕があり、戦いを楽しんでるタイプだ。
吉丸は振り向いて木刀を構える。お頭もトップとして部下がやられていて戦わないわけにはいかないと、刀を雑にスッと構える。
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