001:つまらない日々①
和帝暦15年(2175年)愛河・春日井郡春日井市。
日本時代の愛河は、東京都や大阪府に次ぐ大都市圏の中心地と言える都市だ。他にも日本一のモノづくり王国として経済的にも豊かな国だった。
過去の遺物のように、もう使われず蔦に覆われているビルが愛知郡名古屋市で散見できる。
しかし春日井郡春日井市は違う。
春日井市は都心である名古屋市から少し離れたところでベッドタウンとして栄えていた。今も自然が豊かで、田んぼや畑が並んでいるのを見る事ができる。
春日井郡の北側には国境がある。それにより多々、戦に巻き込まれる事があった。
そんな田舎の山に、少年の叫び声が響いていた。
「うぉおおおお!!!!! もっともっと力強く!」
近くの木に止まっていた小鳥たちが、バサバサッと飛び立つほどに少年は大きな声を出す。
少年の手には、手作りかと思わせるようなボロボロの木刀?が握られていた。
それ以上に少年の体は、本当に15歳かと思えるほどに鍛えられていたのである。これを言葉にして例えるのならば……そうバキバキというのだろう。
上半身は裸で、異様な量の汗が体から流れている。
地面は何度も力強く踏み込んだのだろうと思えるくらい足の形に掘れている。どれくらいだろうか、数センチは確実に足が埋もれているだろう。
「あともう少し……あともう少しだけ!」
「吉丸っ! こんなところに居たのね!」
「げっ!? 姉ちゃん!?」
少年が「もう少し」と呟きながら木刀を振っているところに、泥だらけの汚い服を着ている女性がやって来た。
どうやら少年……吉丸の姉のようだ。
よく見てみたら、吉丸の服は木の枝に掛けられていたのだが、その服が姉と同じように泥だらけで汚れていた。
姉の怒った表情を見た吉丸は、何か都合の悪いモノを見たかのように顔を歪める。
「げっ!? じゃないよ! 焚き火の木を集めに行くって出て行ったと思ったら、いつまでも帰って来ない……こんなところで何してんのよ!」
「い いやぁ……」
「もう早く集めてよね! お父さんが亡くなってから、生活が大変なんだから!」
吉丸と姉の父親は、3年前の美飛との戦に歩兵として従軍して戦死した。
手元に帰って来たのは、父親に吉丸たち家族が送った手拭いだけだった。吉丸たち残された家族は、悲しみと同時に生きていく事への不安感を募らせる。
そこから母親、長女の柚葉、長男の吉丸、次男の福丸、次女の若菜の5人で必死に生活して来た。
だから吉丸が黙って、こんなところでサボっていたのを柚葉は怒っているのである。
「姉ちゃん、俺さ……農民で終わるつもりねぇから!」
覚悟を決めたような表情をしながら宣言した吉丸に、柚葉は心から「はぁ?」という感じで呆れ返る。
自分自身は言いたい事を言ったように「フーッ!」と強く鼻息を吐く。吉丸にとっては、一世一代の思い切った発言だったのだろう。
しかし柚葉にとって「はいはい」といった感じで、吉丸の言葉を流すように背を向けた。
それでも吉丸は諦めない。
「俺は農民なんかで終わらない! 絶対に侍になって、親父のように愛河を背負って戦うんだ!」
「アンタ、それ本気で言ってんの? 農業しかした事ないような人間が、本気で侍になれると思ってんの?」
「だから、こうやって木刀を振るってるんじゃん! いつでも戦いに行けるようにさ!」
「アンタは本当に、どこまで馬鹿なのよ……戦に何度も行ってた お父さんが、コロッと死んだのよ? アンタなんて戦場に行っても数分もしないうちに死ぬわ!」
そう吉丸の夢は、侍になって父親のように故郷を背負って戦う事だ。この夢は父親が亡くなった時に、心の中で絶対に果たす夢として心に決めていた。
しかし姉である柚葉は、父親の事を母親の次に長く見ているので知っている。戦場という場所や戦というのは、吉丸が考えているような夢がある場所では無い事を。
真っ向から否定された吉丸は、姉からの言葉に何も言い返せず立ち尽くしてしまう。そんな吉丸に「ふん!」と柚葉は言って、また吉丸に背を向けて歩き出そうとした。
吉丸は「で でも!」と言葉を続けようとする。
だが柚葉が振り返ってから、キッと鋭い眼光で吉丸を睨む。すると何も言えずに「ごめん……」と一言だけ、ポロッと口から溢れたように呟いた。
プンプンッと怒っている柚葉の後ろを、完全に怒られて不貞腐れた子供のように吉丸がトボトボと着いていく。
右手に汚れた上着、左手に木刀を持っている。
油断したら足元で躓くような山中の道から、少し舗装された道に変わったのが分かった。不貞腐れた子供のように下を向いて歩いていたから気がついたのだ。
スッと顔を上げて少し高台のところから、自分たちが住んでいる村を見下ろす。
見下ろした吉丸は、こんな狭いところで自分の人生は終わるのかと、将来の事を考えて「はぁ…」と溜息を吐く。
少し前を歩いている柚葉の背中を見て、さらに吉丸は深い「はぁ……」と溜息を吐く。この状況をどうにかしたいと考えていると共に、柚葉の言っていた事にも理解できるので感情が追いつかないのである。
山から徒歩で数分歩いたところで見えて来た。
ボロボロな屋根に、ボロボロな壁や扉。フーッと息を吹け飛んでいきそうな、こんな家が吉丸の家だ。
帰って来てしまったと吉丸は、足に鉛が付いているんじゃ無いかと思うくらいに足取りが重くなる。そんな吉丸を柚葉はチラッと目線だけを向けた。
柚葉だって吉丸の気持ちを理解してやりたい。思い切り人生を謳歌したい年頃の少年に、家の事ばかりをさせてしまっているという気持ちで、いっぱいなのだ。
気まずい雰囲気が流れながらも柚葉は、家の扉を開けて中にいる家族たちに「ただいま!」と言う。続いて小さな声で「ただいま……」と吉丸が言った。
すると優しい声が、2人の耳に入る。
「おかえりなさぁい。あらあら、そんなに汗だくになっちゃって、何してたの?」
「お母さん、聞いてよ! 吉丸ったら、薪を集めないで木刀を振ってたのよ!」
「木刀ぉ? どういう事なの?」
母親の恭子が洗濯物を畳んでいたが、クルッと扉の方を振り向いて帰って来たのを確認する。
すると吉丸が異様に汗をかいている事に気がついて、なんで汗をかいているのかと聞く。柚葉は「良くぞ、聞いてくれた!」という感じで、木刀を振っていた事を先生にチクるように言った。
そして吉丸の方は「なにチクってるんだよ」という言葉が心の中で出て来て、それが態度に出てしまう。なにも言われたく無いという感じで、恭子たちに背を向ける。
「吉丸、どうして木刀なんて振ってたの?」
問い詰めるような言い方ではなく、物腰を優しくスロースピードで恭子は吉丸に聞いた。
怒られているわけじゃ無いというのは感じている吉丸だったが、それでもさっき柚葉に叱られているので「言っても無駄……」という感じで口を開かない。
喋らない吉丸に、恭子は「んー」と苦笑いをした。
自分の口で答えない吉丸に、イラッとした柚葉が代わりに「侍になりたいんだって!」と恭子に言う。これに吉丸は舌打ちをするのである。
「侍っ!? 吉丸は侍になりたいかったの?」
「そうらしいの! そんなのになれるわけ無いのに!」
また吉丸は舌打ちをした。
吉丸が農民に納得していないのは、恭子も理解していたが、まさか侍になりたいと思っているとは驚きだ。
恭子は小さな声で「侍……侍かぁ」と溢す。




