047:城将の苦渋
吉丸の死を覚悟した戦い振りにより、森岡砦の南門を開場する事に成功したのである。
普通の足軽が、こんな武功を挙げたとなれば主君に褒め称えられるのが当たり前だろう。
しかし吉丸は真逆だった。
あまりにも一か八かの賭けにもなっていない特攻を、勇敢な戦い振りとは言えないと秀蘭に叱られてしまう。もちろん愛の鞭という事は吉丸も理解している。
叱られた鞭の後に、良くやったという飴を貰って感情がグチャグチャになりながら前線へと戻っていく。
「門は既に開けられている! この砦が落ちるのは、もう時間の問題だ!」
森岡砦の中に秀蘭軍の兵士たちが雪崩れ込む。
砦の兵士たちが感じた恐怖というのは、どれだけのものだっただろうか。3倍以上の敵兵と真っ向から戦い続け、顔見知りの仲間たちがバッタバッタと倒れていく。考えるだけで全身の毛穴から脂汗が吹き出る。
そこに自分を殺そうとする血に飢えた鬼たちが、何百という数で押し寄せてくる。
想像するだけで身の毛がよだつ。
あまりの恐怖に敵前逃亡する人間も出始めて、もはや戦いという体が崩壊している。
南門が開かれた事で砦のバランスが崩れ、水谷軍も秀安軍も砦内に雪崩れ込んで来た。
もう完全に敗北が時間の問題となる。あとは降伏するのか、それとも死ぬまで戦うのかを選ぶだけだ。
もちろんその決断は城将である忠春に委ねられる。
「殿っ! もはや勝ち目はございませぬ。あとはどこまでやるかのところまで来てしまいました!」
「もう降伏するのが最善でございまする! 戦ったところで、敵兵の圧に押しつぶされるだけにございます!」
「そんなのは分かっている……もはや我らに勝ち目がない事は百も承知だ! しかしこんなところで戦いを止めたとなれば……上さまは、どう思われるか! せっかくこの砦の守備を任せてくれたというのに!」
「もうそんな事を気にしている暇もございませぬ! 少しでも時間がかかれば、それだけ兵は死にまする!」
「殿っ! 全ての兵の未来を決められるのは、殿のみにございまする! ここはどうか最善のご判断を」
忠春とて理解はしている。
この戦いにおいて、もはや自分達に勝ち目が無い事は。
もちろん降伏して部下の兵士たちを、助けなければいけない立場にある事も理解している。
しかし1つだけ決断を鈍らせているものがある。
それは……。愛河を統一する為に作った砦の城将に、自分を任じてくれた祥鳳の気持ちだ。
どうにか報いなければいけないという気持ちが、秀蘭軍に降伏するという考えを遮っている。ここに来て気持ちという、策ではどうにもできない壁にぶつかった。
腕を組み、どうにも「うーん」と決めかねている。この迷い方は、オモチャ売り場で子供が2つのオモチャを手に取り、どちらかのオモチャ1つを選ばなければいけない様子に似ていると思える。
どうにも2つの選択肢は悩ましい。
ほとんどが降伏という方向に決まっている。ただもう1つの選択肢が、その決断を遮っているのだ。
忠春が悩んでいる間も家臣たちは、必死になり「ご決断を!」や「殿!」と詰め寄ってくる。その中には刀に、手をかけようとしている人間もいた。
そして遂に忠春は、手をパンッと叩く。音は大広間に広がり、一瞬にして大広間を静寂に包んだ。
「これ以上の討死は、ただの無駄死にである! これより我らは仙道家に降伏致す!」
『おぉ〜!!!』
「殿っ! 良くぞ、ご決断なさいました!」
「うむ! 直ちに秀蘭殿の元に、降伏を伝える旨の使者を送れ! それと同時に白旗を挙げよ!」
『はっ!!!!』
悩みに悩み抜いた末に、忠春は降伏を決断した。
苦渋も苦渋である。苦さで言えば、センブリ茶を口の中に流し込まれた時のように苦く辛い。
しかしこれも部下たちを守る為である。
直ちに白旗を挙げ降伏の意思を示したところで、秀蘭がいる本陣へと使者を送った。
「ほぉ? 降伏すると?」
「は! 城将・柄本 忠春さまは、この戦いを終えたいとの意思にございまする! どうか、我らの降伏を受け入れては貰えませんでしょうか!」
「こちらも必要以上の血を流し過ぎた。俺も戦いを止めたいと思っていたところだ」
「さ 左様でございまするか!」
降伏したいという申し出を聞いた秀蘭は、つまらない話を聞く時のように小指で眉を掻きながら聞いていた。
向こうから終わらせたいと降伏して来ており、こちらの兵も予想以上に死者を出している。もはやここまでであると秀蘭も思っていたのである。
これなら降伏を受け入れてくれると思った使者は、嬉しくて顔をパッと上げた。そこには不気味な笑みを浮かべる秀蘭がおり、使者に対し「しかし!」と叫ぶ。
一瞬にして本陣の空気が、雷が落ちたように変わる。
ドキッとした使者は、直ぐに改めて頭を下げた。
「降伏を認める代わりに、お前たちの主人には腹を切って貰うぞ? 忠春と申したか? 直ちに俺の前に連れて来て切腹して貰おうでは無いか。その暁には今、砦の中にいる兵たちを見逃してやろう。あとは重傷を負っている兵たちの手当てもしてやろうでは無いか」
この鬼のような降伏条件は、決してあり得ない話というわけでは無い。なんなら負けた城主が、腹を切るというのは珍しい処罰というわけでは無い。
今回の場合も抵抗に次ぐ抵抗を行なった上での降伏。確かに切腹と言われればおかしくは無い話だ。
しかし何が以上なのか。
それは秀蘭が、なんの前触れもなく不気味な笑みを浮かべながら切腹を命じたからである。
普通ならば人の命を奪うというのは、戦場であっても躊躇う人間もいる。武将とて人の生き死にを、決める時には少なくともストレスを感じ決断が揺らぬものだ。
だが今回の秀蘭は、戦いが始まる前から切腹させるのを決めていたかのような振る舞いである。
なんとも恐ろしい話だ。相対している使者は「悪魔を相手にしてるのか」と心の中で恐怖を感じていた。
「直ちに忠春さまのところへと戻り、このお話を伝えて参りまする!」
「急げ、もう直ぐ日が暮れる」
「は! 承知いたしました!」
直ぐに忠春のところに戻って、今された話をしなければいけない為、使者は急いで砦に戻っていく。
自分の主人だった人間に、家来たちを助ける為に腹を切ってくれというのは、とてつも無い重荷である。主君というのは、もはや第二の親と言っても相違ない。
そんな人に頼むから死んでくれというのだ。使者の顔は涙と汗で、グチャグチャになっていた。
「殿っ! 秀蘭殿は、殿の切腹を持って降伏を認めると、仰られておりました!」
「やはりそうか……」
「そんな事があっていいのか! こちらは素直に降伏しているというのに、家臣を助けたければ腹を切れなど!」
「おい! 負けた城主が腹を切るというのは、武士の習いである。したくなければ、そうならないように立ち回れば良いだけの話だ!」
家臣たちは慈悲は無いのかと騒ぎ立てていたが、切腹を行なう当の本人は落ち着いている。
風がなく穏やかな海のように、忠春は冷静である。
死を悟ったからなのか。武士として生き恥を晒さず、切腹する事ができるからなのか。それは分からないが、とにかく忠春は切腹を受け入れた。




