046:命の使い道
吉丸の命を賭けた死闘により、南門の外壁の上は大混乱に陥っていたのである。
この隙を突くように秀蘭軍は外壁の上に登ろうとする。
さっきまでは祥鳳軍の激しい抵抗もあったが、今に至っては士気も下がって見る影もない。
ドンドンと押し寄せる秀蘭軍の数に耐えられず、遂には吉丸以外の足軽も登って南門の外壁を制圧した。
他の足軽たちが敵兵と戦っているタイミングで、吉丸は砦の内側に降りるのである。
「こ こんなガキが1人で外壁を乗り越えて来やがった」
「取り囲んで殺せ! 絶対に門を開けさせるな!」
「ここまで来て、お前らなんかに抑えられてたまるかよ」
吉丸は砦の内側に入ると、配置されていた足軽たちと激しい戦いを三度行なうのである。
しかし上での死地を乗り越えている吉丸には、これくらいの戦いは緩く感じる。もちろん多勢に無勢なので、油断すれば討ち取られるのは確かだ。
だが今の吉丸に油断なんて言葉は無い。
数多くの敵兵と戦った後に吉丸は南門の閂を外し、南門を開場する事に成功した。
この開場と共に秀蘭軍の兵士たちは流れ込む。
まさしく空の湯船に、お湯が流れ込むようだ。
「吉丸、良くぞやった! お前の活躍があったからこそ、南門は開場したぞ!」
「ありがとうございまする! しかしまだ戦いは、これからにございまする。まだまだ戦いまする!」
「あぁそれは頼もしい限りだ。しかしお前には、これから新しい命を与える!」
「は はい……なんでしょうか?」
吉丸の活躍に秀蘭軍の足軽総大将は大いに、大いに興奮して褒め称えるのである。
素直に褒められたので嬉しい限りではあるが、まだ戦いが終わったわけでは無い。なので、これからも最前線で戦ってくると胸を叩いて、戦う意欲がある事を示す。
しかしどうやら吉丸には、また別の新しい命令を与えられるとのこと。少し残念ではあるが、上官の命令なので吉丸は返事をして、その指示に従う姿勢をとる。
どんな命令なのかと少し気になる。
「伝導奉行として、この南門開場の報告を本陣にして来てくれ! そうすれば、お前も殿に褒められるだろう」
「わ 分かりました! 今直ぐに参りまする!」
「頼んだぞ! それが知らされれば騎馬隊の武将たちも、きっと砦の中に押し寄せてくださるはずだ」
「は! 承知いたしました!」
足軽総大将は吉丸が大仕事をやり遂げたので、この事を秀蘭のところまで行って報告するように言った。
これを伝えれば秀蘭は、きっと褒めてくれるだろう。そうなれば吉丸の士気も跳ね上がる。それを計算に入れた足軽総大将の考えだった。
褒められたいという、まさしく忠犬の思考になった吉丸は「ぜひ行かせてください!」と言わんばかりに返事し、さっきまで疲れてたんじゃ無いのかと疑うレベルのスピードで馬のところに向かったのである。
その吉丸の動きに足軽総大将は「ははは」と笑う。
馬に跨った吉丸は、凄まじい速度で本陣へと向かう。
本陣の正面を守っている兵士たちの中に利恒がおり、吉丸の登場に「吉丸?」と驚きの声を出す。
ここは人目につくところな為、吉丸は「殿への報告にございまする!」と敬語を使った。少し困惑しながらも吉丸なので、利恒は「と 通れ」と許可する。
言葉には出さないが吉丸は、利恒に「うん!」と頷いてから天幕の中に入った。
そこには誕生日席に座る秀蘭と、その左右を挟むように重心の人たちが座っている。
「報告いたします! 南門の開場に成功いたしました!」
「それは誠か?」
「は! 誠にございまする!」
「そうか、思ったよりも手こずると思ったが。想定よりも早かったな……それにしても犬よ」
「は! なんでございましょう!」
「さっき報告を受けたんだが。なにか1人が外壁の上に登り、1人で奮戦した者がいると……それはお前か?」
吉丸の報告を受けた秀蘭は、もっと手こずると思っていたので早かった事に驚いた。
そしてなんと吉丸が1人だけで、外壁にいる敵兵と戦っていた事が秀蘭の耳に入っていた。誰がとは聞いていなかったので、それが吉丸であるかを秀蘭は確認する。
これは褒められると思った吉丸は、大きな声で「は!」と自分である事を明かす。
すると秀蘭は、自分の座っていた床几を蹴り飛ばした。
音に驚いた吉丸は、パッと顔を上げる。
「おい、犬。お前は危険だと分かっていて、単独で外壁の上に行ったのか?」
「は はは! 私の独断で分散作戦を決行したゆえ、多くの死者を出してしまいました! その償いとして、単騎での開場をするべきだと考えた所存でありまする!」
「このたわけがぁ! お前は責任の取り方というのを、理解していないのか! ただ特攻をして死ねば、それは責任を果たすという事になると思っているのか!」
吉丸は凄まじい勢いで秀蘭に叱られた。
突然の事だったので、吉丸は立ち膝だったのを正座に変えて「も 申し訳ありませぬ!」と必死に頭を下げる。
怒りのあまり秀蘭は「ふー! ふー!」と息を荒立てており、まだまだ怒り心頭という感じだ。
もうこればっかりは殺されるか、役職から外されて干されてしまうと吉丸は覚悟する。
「もちろん犬、お前の独断行為で多数の死者を出したのは軍律違反だ。しかしその軍律違反を、また新たな愚かな行為で犯そうとは……お前には、ガッカリだ!」
「お お許しください! もういたしませぬゆえ、どうにかお許しを!」
「お前は分かっていない。お前の愚かなで独善的な判断で、どれだけの損害を出すか! この世で最も愚かなのは自分の価値を異誤り、命を投げ出そうとする者だ」
秀蘭が吉丸に言いたいのは、自分の持っている能力の凄さを見誤って命を投げ出す事の愚かさである。
つまり吉丸に能力があるのを認めた上で、その能力を命を断つ事で潰そうとしている行為が許せないのだ。能力ある者が死ねば、その主人である人間の能力も減る。そんな事は断じてあってはいけないのだ。
もちろん謀反を犯した人間などは別として、吉丸のように忠誠心が高い人間の死はマイナスでしか無いのだ。
「お前は勇敢と無謀を履き違えたのだ。その結果はうまくいったとしても、死んでいたらどれだけの兵力を失うかを計算できていないのだ!」
「全くもって殿の仰る通りにございまする! この吉丸、どれだけ独善的だったか。殿の為と言いながら、結局は己の事しか考えておりませんでした……とても恥ずかしゅう思いまする! もういたしませぬ!」
「そうか、分かればいい。さっさと前線に戻れ」
「は! 失礼いたしまする!」
吉丸は敵陣にも聞こえるんじゃないかというほどの大きな声で、秀蘭に対して謝罪を行なうのである。
この時にはキチンと秀蘭の言葉の意味も理解した上で、自分がどれだけ愚かだったかを述べて頭を下げた。それは額が地面に着いて汚れるほどに平伏した。
すると秀蘭は吉丸を許し、蹴り飛ばした床几を自分で戻しながら吉丸に戦場へと戻るよう指示した。
その通りに天幕を立ち去ろうと吉丸がすると、入り口に行ったところで秀蘭が「犬!」と呼び止める。もう犬という言葉に自然と反応するようになり「は!」と言ってからピシッと背筋を伸ばすのである。
「南門の開場は……よくやったな」
「あ ありがたき幸せ!」
秀蘭はキチンと吉丸を褒めた。
まぁ吉丸の顔を見ながらは言っていない。それでも吉丸は嬉しくてたまらない。




