045:決死の思い
戦への経験値が足りず、追い込まれた人間の底力を知らなかった吉丸は決断を強いられていた。
ここで判断が遅れれば多数の落とす必要の無かった命を失う事になり、その責任は作戦を強行した吉丸へと向かってしまうだろう。そうなれば斬首されてもおかしく無い。
こうなったら仕方ないと吉丸は、親しい足軽仲間に「頼みたい事がある!」と言う。いきなりの事だったので、少し驚きながらも「なんだ?」と返した。
「足場になってくれないか? こうなったら、こういう強行手段に出るしか無い……頼む!」
「あ 足場になれって、一体なにをするつもりなんだ?」
「もちろんお前の命が危ないような事じゃない! お前が足場になってくれれば、俺が勢いを使ってお前の足場を利用して外壁の上に登る! そこでひと暴れしたら、他の人間が登ってくる隙間くらいは作れるだろ?」
「お おい! そんな事したら、お前は……ただじゃ済まないんだぞ!? それでも良いのか?」
「もうこうなったら、こういう形で責任を取るしかないだろ! もはや勝ったとしても斬首になるならば、ここで死のうが関係ない!」
仲間に足場になって貰うよう頼み込んだ。
別に足場になるのは問題ないと仲間は答えたが、何をする気なのかが理解できなかった。
どうやら吉丸は仲間の足場を利用して、外壁の上へと登ってから暴れるみたいだ。そうなれば、そこから下の足軽たちが外壁の上に登って来れるだろう。
しかしそんな事をしたら、明らかに命を落とす危険が、今とは比べ物にならないくらい膨れ上がる。本当に、それをやるのかと仲間は吉丸に問うのである。
「罪人になって斬首されるのと、足がかりとなって討ち死にするのでは意味が違う! 後者ならば、少なくとも家族に金を残せる……これしかないんだ!」
「わ 分かった。お前の意見を尊重する……だが出来る事ならば、絶対に生き残れ!」
「あぁ俺は、ただの自殺願望者じゃないからな! なんならこんなところで死ねねぇよ!」
討死する可能性は跳ね上がるが、もちろん吉丸が争う事なく死を受け入れるわけが無い。
出来る事ならば全力で暴れて生き残ってやると、なんとも言えないような笑みを浮かべている。覚悟を決めた上で死の恐怖と戦っている表情だ。
この覚悟に仲間の足軽も足場になるのを「ごめん、無理だわ」という風に断るわけにはいかなくなった。
仲間の足軽は後方に少し戻って、弓矢を気にしながら足場のスタンスを取る。吉丸も同じように堀を登って、後方に少し下がって助走をつける。
吉丸はスーッと深呼吸する。これは死ぬかもしれないという恐怖心を、心の隅に追いやる為である。
覚悟が決まったところで、吉丸は一気に走り出して仲間の足軽の背中をバンッと足場にしてジャンプした。
外壁の上の敵兵は「な!?」と驚く。
両手をバタバタさせて飛距離を出す。そのまま何とか外壁の上に登る事ができた。
いきなりの事だったので、敵兵たちは「な…」という困惑で固まってしまった。それは時が止まったようだ。
しかし数秒後に「こ 殺せぇ!」と足軽総大将が叫ぶ。
「殺せるものなら殺してみろ! こっちも死ぬ気で相手してやるゆえ、向かってくるならば死を覚悟せよ!」
吉丸は大きな声を出し、まずは相手に対してビビらせるように戦う覚悟を敵に示す。
予定通り吉丸の声を聞いた敵兵たちは、一瞬ではあるが動きを止めてしまう。吉丸の声は不思議と、よく通って叫んだ時には耳がビリッと耳鳴りがする。
しかし直ぐ敵の足軽大将は「気にするな! 向こうはガキが1人だ!」と戦う相手が少年である事を認識させる。
この声に「確かに!」と納得して敵が突っ込んで来る。
だが宣言したように、吉丸は味方も引くくらいの抵抗を見せる。あまりの闘いぶりに、敵兵たちは「ほ 本当に少年なのか……」と恐怖で足が止まってしまう。
「どうした、そんなもんか! こっちは俺一人だぞ!」
「ちょ 調子に乗りやがって……数で押せ!」
少し手応えが無くなって来たところで、吉丸は息を切らせながら相手を挑発するのである。
このまま敵としてもガキである吉丸に、良いようにされるわけにはいかない。なので向かってくる。
しかしそれを吉丸が、ことごとくを倒していく。
吉丸の外壁での戦いは40分にも渡った。
この抵抗によって外壁の戦力も落ち始めて、仲間の外壁に登る為の戦いが有利に進み始める。
見かねた足軽総大将が前に出て来た。そしてスッと刀を抜いて「俺が相手になってやろう!」と構える。
「そりゃあありがたい限りだ! アンタを討ち取れば、それなりの手柄になるだろ?」
「ふんっ! そんな軽口を叩けるのは今のうちだ。直ぐに許して下さいと降伏する事になるぞ!」
「御託はいいんだよ、さっさとかかって来いよ。それともアンタは刀よりも口の方が達者なのか?」
「このガキが、調子に乗りやがって……この刀で、お前の首を刎ねてやるわ!」
足軽総大将は自分が戦えば、吉丸の事なんて一瞬にして倒せると確信している。
それに対して吉丸は、口ではいくらでも言えるから刀でかかって来いと笑いながら言う。額からは大量の汗を流しているが、薄ら笑みを浮かべて足軽総大将を煽る。
隠したと思っている吉丸に煽られた足軽総大将は、吉丸に向かって走り出す。たった一撃で終わらせたいのだ。
強い斬撃を打ち込む為に、足軽総大将は「うぉおおお」と叫び声を上げながら襲いかかる。
向かってくる足軽総大将を吉丸は、槍を低めに構えた。
この構えでは下からの攻撃は避けられても、上から振り下ろされる攻撃は防げないだろうと足軽総大将は思う。
しかしこれは吉丸の誘いだった。
あえて上をガラ空きにさせる事で、そこを攻撃させようとするもの。手練れだったならば、この作戦にも気がついていたのかもしれない。相手は、まだ侍にもなれていない足軽総大将で気がついていなかった。
「この一撃で終わらせてやる!」
「そんなお粗末な形で、俺をやれるかよ……舐めんじゃねぇよ!」
振り上げてから振り下ろそうとしたタイミングで吉丸は、パッと前に動いて足軽総大将との間合いを詰める。
肩が足軽総大将に当たるか、当たらないかの距離だ。
これでは刀を振り下ろす事はできない。
足軽総大将は「なに!?」と焦り、吉丸は「狙い通り」と不敵な笑みを浮かべるのである。
そのまま吉丸は槍を短く持って、足軽総大将の腹に槍の刃を突き刺す。痛みのあまり足軽総大将は、近い距離の吉丸の刀をギュッと力強く掴む。
しかし吉丸は肩で、ボンッと後ろに押し退ける。
フラつきながら後ろに蹌踉めき、口から大量の血をブハッと吹き出す。それだけでは終わらず、吉丸は足軽総大将の喉を突き刺す。
さらにグッと奥に差し込んだところで、一気に槍を足軽総大将の首から引き抜く。すると吹き出た返り血を、吉丸の顔面に浴びる。
足軽総大将は吉丸の槍を掴んだまま地面に倒れ、そのまま力尽きる。全身から力が抜けた足軽総大将の亡骸を、吉丸は冷たい目で見下す。
「あ 足軽総大将さまが、あんなにあっさり……」
「ど どうするんだよ!? あんなのに勝てるのか!?」
足軽総大将がやられた事で、外壁を守る兵士たちの士気が分かりやすく下がる。
この吉丸の勝利により、外壁の上は大混乱。
そして敵兵たちの連携が総崩れになる。




