043:恐怖の音
森岡砦の城将を任せられているのは、柄本家の分家にあたる豊田柄本家の当主・柄本 忠春だ。
朝6時頃、忠春はまだ布団の中で眠っている。この6時という時間は決して遅いというわけじゃないが、秀蘭や優秀な国主ならば既に起きている時間である。
そんな眠っている忠春のところに近習の1人が「報告! 報告!」と廊下を走ってやって来るのだ。
この足音で忠春は「何後か!?」と目を覚ます。
「なんだ!? こんな朝っぱらから大声を出すな!」
「も 申し訳ありませぬ! しかし一大事でございましたゆえ、忠春さまにお伝えしなければいけぬと思いまして」
「もう良いわ。それで一大事とはなんだ? もしかして金忠が寝返ったか?」
「い いえ! それとは逆にございまする!」
「逆だと? もうまどろっこしいな、さっさと何があったかを申せ!」
近習は近習で忠春の機嫌が悪く今、起きている事を上手く説明する事ができず。逆に忠春は近習がモゴモゴしている事にイライラし始め、悪循環が生まれてしまった。
とりあえず要点だけを言うように促し、近習は「は!」と頭を下げながら答えて状況を説明する。
「秀蘭率いる軍勢に砦が、丸ごと取り囲まれている状況にございまする!」
「な なんだと!? そ そんなに重要な事ならば、さっさと申さぬか!」
「は! 申し訳ございませぬ!」
「囲まれているとは! もっと具体的に説明せよ!」
「は! 目視できる限りではございますが、水上と大手門は金忠軍が、西の裏門は秀安軍が、南側を秀蘭軍が布陣しているという事にございまする! これでは蟻の子一匹も逃げる隙間がありませぬ!」
さっきまではイライラしていたが、そのイライラが全て囲まれたという事実を知って焦りに変わった。
驚きのあまりに飛び起きて頭を抱える。
どんな風に囲んでいるのかの詳細を聞いて、本当に袋の鼠という感じである事を理解する。あまりの事実に、目の前がグラッと歪むのである。
近習が言うように蟻の子すら1匹も逃げられない状況。
どうしたものかと頭をフル回転させる。それはそれは凄まじい速度で頭が回転している。きっと忠春の人生の中で最も回転していると言っても過言では無いだろう。
そんな考えている忠春に、近習は急かすように「どういたしまするか?」と聞く。今も今、考えているのに急かされた忠春は「うるさい! 今、考えている!」と怒鳴る。
やってしまったと近習は平伏して謝罪した。
「使者だ……殿に使者を出せ!」
「し 使者にございまするか? し しかし使者を出しても包囲網を抜けられないかと……」
「そこをどうにかするのが、お前たちの仕事だろ! とにかくどうにかして使者を送り、殿に援軍を出して貰う! その間、我らは籠城する!」
色々と考えた結果、忠春は祥鳳に使者を出す事にした。
しかしこんなにも包囲網を固められているのに、どうやって使者を出すのかと近習は思った。どうすればを考えるのが近習の仕事であると忠春は丸投げする。
そして使者を出せたとして、その後は援軍が来るまで森岡砦で籠城すると決断した。
あまりにもお粗末な作戦である。よく祥鳳は、こんな人間を城将に選んだものだ。
「直ちにどうにか使者を出しまする! その後は直ぐに籠城の準備をいたしまする!」
「しっかりやれ! さもなければ、この砦は跡形もなく滅びる事になるぞ!」
「はは! 承知いたしました!」
使者を出せるわけが無いと、近習が忠春に言えるわけがなくやるしか無いのである。
とりあえず密かに砦を出て駿静に向かわせようとする。
だが囲まれているのに、この包囲網を突破できるわけがなかった。当たり前のように捕まったり、討ち取られたりと使者が駿静へと向かう事はできなかった。
午前8時になったところで、本陣で床几に座っていた秀蘭は徐に立ち上がる。
近くに控えていた大盛に「鉄砲隊を用意!」と叫ぶ。
秀蘭が用意していた秘密兵器と言ったら大袈裟だが、今回の戦いの要としていたのは鉄砲隊だ。
100にも上る鉄砲兵を砦に向けて並べさせた。
「鉄砲隊は森岡砦の弓兵の弓矢が届かないギリギリで隊列を組め! こちらの鉄砲と弓矢では飛距離が違う!」
『おぉおお!!!』
秀蘭軍は鉄砲隊に隊列を組ませた。
敵が動き始めたので森岡砦の弓兵たちは、高台から隊列を組み始めている鉄砲隊に向かって弓矢を放つ。
しかし弓矢が届かないギリギリのところに隊列を組んでいるので、ちょうど目の前の地面にグサッと刺さる。届かないと分かっているが鉄砲兵はゴクンッと緊張する。
隊列を組み終わったところで鉄砲隊の隊長が「よく狙って……放てぇ!」と号令を出した。
号令と同時に鉄砲兵たちは、引き金を引いて発砲する。
向こうは弓矢で、こちらは鉄砲。速度も飛距離も異なっており、バーンッという轟音の後に1人、また1人と倒れていき森岡砦の兵士たちは恐怖で動揺が広がる。
「殿、秀蘭さまの鉄砲隊が攻撃を始めました! そろそろ動いても良いのでは無いでしょうか?」
「あぁそうだな、こちらも攻撃を始めよう。それにしてもこんな砦に鉄砲なんて無かろう。こんな閉ざされた中で、アレだけの鉄砲を撃たれたら気が狂うな」
秀安の馬廻集の1人が、作戦通りに鉄砲隊の攻撃が始まったと伝えるのである。
それを聞いた秀安は自分たちも攻撃を始めると言う。
甲冑を着直しているタイミングで、こんな狭いところで敵兵からの鉄砲音が聞こえたら気が狂うと、森岡砦の兵士たちに同情する。
「それも乱世の習いにございまする。そこは同情せず、是非とも完膚なきまでに倒しましょう」
「もちろんじゃ! こんなところで手を抜いたら、若に殺されてしまうわ!」
「ははは、確かにそうですな」
「さぁ攻撃を始めるぞ! 向こうは、いきなりの事で掘りに掛かる橋を落とせていない!」
そういきなりの包囲からの攻撃だったので、森岡砦は堀と本丸に掛かる橋を落とせずにいた。本当ならば橋が落とされていると、攻略するのも一苦労。
だが橋が掛かったままである為、そこに狙いを定めて秀安軍は攻撃を仕掛けるのである。
鉄砲の音が合図であると事前に伝えていた。
3箇所からの同時攻撃を行なう事で、1箇所に割ける人間が多くて90人と100人を切るほどに少ない。
「これでしたら、直ぐに森岡砦は落ちますな」
「大盛、お前はまだ戦や人間の事を理解できていないみたいだな」
「え? は はぁ……申し訳ありませぬ」
「人間というのは死ぬと思った時に、想像もできないほどの力を発揮するものよ。まさしく窮鼠猫を噛むという言葉がある通り、追い込まれた人間の力を侮るな」
大盛は凄まじい戦力差があるので、これは圧勝して直ぐに戦いが終わると口にした。
すると秀蘭は大盛に、まだ戦いや人間について理解していないと大口空けて笑うのである。
どうしてそんな事を言ったのかというと、死ぬのが確定しているような状況で人間は想像できない力を発揮して来るというのだ。それはまさしく窮鼠猫を噛むという言葉の通り、自分たちに噛み付いてくるかもしれないと考える。
そして秀蘭の言葉通り、圧勝するかと思われたが想定以上の抵抗を森岡砦はして来た。




