040:緊急指令
吉丸は久しぶりに上前津城に帰還したのだが、秀蘭の命令で直ぐに忠信に援軍を頼む為に美飛へと向かう。
普通の人間ならば久しぶりの再会なのだから、少しは労ってくれても良いんじゃないかと、不満の1つも溢すところでは無いだろうか。
しかし吉丸は秀蘭の性格を理解している。
遠くにやられ命令も貰えないよりは、こんな風に命令を貰えるだけありがたいと思っている。
見事に仕事をやり切って、秀蘭に褒めて貰おうと気合い十分な様子である。
不思議と馬にも気持ちが伝わっているのか。普段よりも速い速度で馬が走っている。
速足で馬を走らせ、5時間で武芸川城に到着した。
時刻は既に7時を回る。
「仙道 秀蘭さまの命令で参った。犬飼 吉丸である、直ちに城主・里見 忠信殿に御目通り願いたい!」
「相分かった、確認するゆえ暫し待たれよ!」
吉丸が開門を求めると門番たちは、上司に取り次いでから武芸川城の門を開いた。
かたじけないと言ってから馬を走らせ城内に入る。
そのまま家来の案内で大広間まで向かっている最中に、廊下で仲良くなった李光に遭遇する。
「おぉこれは吉丸殿、お元気にしていましたか?」
「これはこれは李光殿っ! 忙しいだけで、この通り元気モリモリですよ!」
「それは良かった。それで本日は殿に用事でも?」
「そうでした! 急いでお伝えしなければいけない事があるんでした!」
「それなら私が殿のところまで案内しましょう。お前は下がってて良いぞ」
李光と少し雑談していると目的を忘れており、吉丸は急いで会わなければいけない事を思い出す。
それならば自分が案内すると李光は、案内していた家来に下がって良いと言った。家来は吉丸と李光に頭を下げてから、スススッと立ち去っていく。
李光の案内で大広間までやって来た吉丸。既に忠信は大広間にいて書き物をしていた。
吉丸は大広間に入る手前で、床に座って頭を下げる。
「仙道 秀蘭が伝令方・犬飼 吉丸にございまする! 本日は秀蘭さまより、お急ぎお頼み申したい事があり馳せ参じました!」
「よいよい! 急いでおるのであろう? ならば近こうよって話してみよ」
「は! 失礼いたしまする」
形式的な挨拶をすると忠信は、急ぎの話がある事を聞いているので挨拶は省略するように言う。そして聞きやすいように大広間に入って詳しく話すように指示をした。
指示通りに吉丸は頭を下げながら大広間に入って、少し離れたところであぐらをかく。さらにまた頭を下げてから来た理由について説明を始めた。
「これより秀蘭さまは、森岡に建てられた砦を攻撃なさいまする。そこで忠信さまに、上前津城の留守を守る兵をお貸しいただきたく馳せ参じました!」
「そういう事か、確かになぁ。婿殿の軍勢が、東愛河の方に向かえば背中はガラ空きになる。その好機を大治仙道家と秀斗が見逃すわけがなかろうな」
少しの手勢で祥鳳軍を倒せるほど、まだ秀蘭の力は大きいわけでは無い。そうなれば全軍で倒しにいくのが、最善の道と言えるだろう。
しかしそうなれば上前津城は完全に無防備になる。
こんな好機を英明と秀斗が見逃すわけが無い。居なくなったところで軍を率いて攻め込んでくる。
そこで忠信の重臣が兵を引き連れて来てくれれば、2人とて揉め事を起こしたく無いので攻め込んで来ないはず。
「相分かった! 息子が困っておるのに、手を貸さない親がどこにいようか! 直ぐに守人を呼べ、アイツに軍を率いて西愛河に向かって貰う」
「は! 直ちにお声がけいたしまする!」
秀蘭を高く評価している忠信。秀蘭を息子と称した上、息子を助けない親がどこにいるのかと言った。
そこで忠信の家臣の中でも城を守るのに、最も優れている岩安 守人を向かわせる事に決める。
部屋の近くで控えている小者が、直ちに守人を呼びに行って来ると走り出す。
「吉丸、お主は確か……李光と仲良くしていたな?」
「は! 李光殿のお話は面白いのでございまする」
「軍備が整うは明日の昼だろう、それまで李光と共に休んでおれ」
「は! 承知いたしました!」
これから軍備を整えるだろうが、もう日が暮れているので時間もかかる。全部が完了するのは明日の昼頃だろうと忠信は考えていた。
時間がかかるので仲が良いと聞いている李光と共に、酒を飲んで休むが良いと忠信は吉丸に許可する。
それはありがたいと吉丸は頭を下げ立ち上がった。
李光も続いて立ち上がり「失礼いたしまする」と言って吉丸と共に大広間を後にするのである。
「いやぁ、こんな時にお酒を飲むというのは……」
「確かに吉丸殿の言う事も理解できますが、ここは羽を休めるという意味でいかがでしょうか? この先、いつ酒を飲めるかは分かりませぬぞ?」
「そう言われますと、気持ちが揺らぎますなぁ……それじゃあお言葉に甘えて頂きましょう!」
「そう来なくっちゃ! さぁさぁこちらにどうぞ」
本当ならば主君である秀蘭の危機というタイミングで、自分が酒を飲むのはダメなんじゃ無いかと吉丸は考える。
そんな吉丸に李光が、いつ酒を飲めるようになるかは分からないと言うのだ。もしかしたら今回の戦で死ぬかもしれないから、飲める時に飲んだ方が良いと説得する。
目上の人間である李光に、ここまで進められたので吉丸は断る事が失礼になるだろうと考えた。
お言葉に甘える事にした。
そのまま2人は李光の屋敷に向かう。
「いらっしゃいませ、夫がお世話になっておりまする」
屋敷の中に入ると綺麗な女の人が出迎えてくれた。
この女性は李光の奥さんである充希だ。
いきなり美人の人が出迎えてくれたので、吉丸は緊張してしまって「あ あす…」と声を溢す。
童貞のような反応に充希はクスクスしながら、屋敷の中に案内するのである。
吉丸は李光の部屋に通された。
「さぁ吉丸殿、遠慮せずにグビッと呑んでくだされ」
「ありがとうございまする! それでは頂きます……ん! これは美味しいですなぁ!」
「そうでしょう、自領で作った酒なんですよ」
「これを自領で!? まさかここまでの酒を、お造りになられるとは……いやぁ、天晴れですな」
「喜んで貰えて幸いです」
李光は吉丸に自分の領地で作った酒を振る舞った。
普段飲んでいる酒よりも遥かに美味しい。まさかここまでの酒を、自領で造れるとは吉丸にとっては驚きだ。
あまりの美味しさにグビグビと酒を飲んでいる吉丸を見て、李光は自領を褒められているように嬉しく思う。吉丸の顔を酒の肴にして李光も酒を飲む。
「吉丸殿は農民の出であると聞きましたが誠ですか?」
「えぇ確かに農民の出です。まさかこんな風に李光殿と酒を飲み交わせるようになるとは思ってもいませんでした」
「農民の出から奉行にまでなった人間は聞いた事が無い。さすがは吉丸殿だ、私も吉丸殿から学ばなければいけない事がたくさんありまするな」
「いやいや! こちらこそ李光殿の考えは、とても勉強になる事ばかりで話せるのがありがたい限りです」
良い感じで酔っ払って来たところで、李光は吉丸の成り上がりストーリーを聞いて尊敬すると言うのだ。
この言葉に吉丸も返す。
互いを褒め合う回は日を跨いでも行なわれた。




