037:お手のもの
瞬起に最終確認をしに来た吉丸は、最初こそ瞬起の言っている事について肯定する姿勢をとった。
この吉丸の言葉に「分かっているじゃないか!」と瞬起は話が早いと思った。
だが吉丸は「しかし!」と言って、ここから仕掛ける。
ここからが吉丸の立てた煽って煽って刀を抜刀させる作戦のスタートである。
「中林家に着くのが得策と考えておられるようですが、便利な盾として使い潰され、用済みになったらポイッと捨てられるのが関の山。そんな事も見抜けぬのに、秀蘭さまを大馬鹿者呼ばわりするとは、瞬起殿は大したお方だ!」
「貴様っ! この私を愚弄するか!」
「おやおや、事実を指摘され憤慨するとは。後嫡男、金忠殿の方が水谷家の未来を見据え、武士道を深く理解しておられるようだ。悲しいかな、老い先短いお方には新しい世の光が見えぬとは」
「そ そこまで申すか! もう良い、ここで切り伏せてやる! そしてその首を秀蘭に送りつけてやるわ!」
わざとらしく煽っているようにも見えるが、そこは気にさせないよう上手く逸らしながら煽り続ける。
そしてまんまと吉丸の作戦に瞬起は乗ってしまう。
吉丸はそこまで言うかという感じで、堪忍袋の尾が切れた瞬起はムクッと立ち上がる。近くに置いてあった刀を手に取ると、鞘からスッと抜刀した。
この行動を見た吉丸は、ニヤッと左口角を上げる。
大広間の周りで金忠たちは息を潜めている。
いつかいつかという感じです、金忠を筆頭に金忠の家臣が5名ほど同じように待機していた。
いよいよ吉丸の煽りに乗ってしまった瞬起の刀を抜く音が聞こえた瞬間、金忠は家臣たちに目配せし「行くぞ」と合図を出すのである。
金忠たちは勢いよく襖を開けて部屋の中に押し入る。
そのまま瞬起を取り囲む。
いきなりの兵士たちに驚いた瞬起は、アタフタした後に厚畳から転げ落ちて尻餅を着いた。
「こ これはどういう事だ!? 金忠、その歳で朦朧したのでは無いか!」
「父上こそ朦朧していらっしゃるようだ! 義を軽んじ、あまつさえ使者殿に刃を向けるなど……父上には隠居していただきましょう。さもなければ腹を切って貰いまする」
「な なんだと!? このワシに腹を切れと申すか!」
「隠居なされば切腹は求めませぬ」
刀を構えた兵士たちが瞬起を取り囲み、隠居するように強く迫ったのである。
もし断るようならば切腹して貰うと脅した。
自分の息子に、こんな事をされて自分の面子を潰された瞬起は渋る。金忠の目力は強く、何度も切腹したくなければ隠居するように言い続ける。
隠居をするのも嫌だし、切腹するのは最も嫌だ。
何も言えず、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている瞬起に金忠は「さぁ父上、お選びなされ!」と答えを急かすように切先を向けた。
「わ 分かったわ! お前に家督を譲って隠居する! それで良かろう!」
「さすがは父上にございまする! この水谷 金忠、父上に代わって水谷家の為に頑張りまする!」
命には変えられないと思った瞬起は、水谷家の家督を金忠に譲って隠居すると明言したのである。
この言葉を聞いて金忠は喜ぶ。
それと同時に父親を追いやってしまったという複雑な気持ちを抱える事になる。
しかしこれもお家の為と感情を押し殺す。
これにて瞬起は仏門に下り、家督を相続した金忠は直ちに秀蘭へと拝謁を行なう。
「御目通り遅れまして申し訳ございませぬ! 私が水谷家当主・水谷 七次郎 金忠にございまする!」
「金忠、よくぞ参ってくれたな。お主の主君を重んじる武士道の精神、まさしく侍の雄である!」
「ありがとう存じまする! これより水谷家は、秀蘭さまの下で粉骨砕身、頑張らせて頂く所存でございます」
金忠の挨拶を、しっかりと受け取った秀蘭は活躍に期待すると家来になるのを歓迎した。
そして視線をスッと後ろに控えていた吉丸に向け「犬、お前も良くぞやったな。それなりの褒美を取らす」と吉丸の働きも労うのである。
この言葉を嬉しく思った吉丸は「はは! ありがたき幸せ!」と平伏して感謝を伝える。
この日から秀蘭は駿静方の離反したいと思っている人間たちに声をかけ、積極的に調略を仕掛けたのである。
予想通り数人が秀蘭へと与した。
その中でも大きな戦力と言えるのは、柄本家の分家である加茂柄本家だ。柄本家の分家とは言えども、本家にも勝らずとも劣らずの戦力を保有している。
この事態に祥鳳は重臣たちを直ぐに集めた。
「貴殿らに集まって貰ったのは他でも無い。愛河について話し合いとうて集まって貰った」
「は! この岡野 大田守 太元、祥鳳さまのお声に応え馳せ参じました!」
「うむ! よくぞ参ったな。お前たちの働きにかかっておるゆえ、頑張ってくれ」
祥鳳が今回の話し合いは、愛河についてだと言う。
すると駿静の中で最も武勇に秀でていると言っても過言では無い男。岡野 太元が床に頭を深々と下げ平伏する。
この姿勢に他の重臣たちは、忠義に厚い太元に習って同じように改めて平伏する。その姿に、祥鳳は満足げに微笑んで頑張ってくれと声をかけた。
太元のその身から放たれる圧倒的なオーラと、並外れた巨体は平伏しているにも関わらず、とてつもなく大きく見える。まぎれなく駿静最強の矛である。
そしてちょうど良いところで雪庭が、ゴホッと咳払いをしてから「各々、話を始めてもよろしいか?」と軍議を始めるように場を整えるのである。
太元たちは「そうだった!」と急いで定位置に戻った。
「して愛河についてじゃが、東愛河は知っての通り平定しておる。もう少しすれば広龍殿が、東愛河の国主となり殿のお力になられるでしょう」
「うむ、あの子供は日に日に、良い面構えになって来ておるようじゃ。元服すれば立派な国主となれるであろう……しかし問題は隣国の秀蘭じゃ! あの者は大いに愚かで、成り上がろうとする欲深い男じゃ。そんな男が隣におっては、広龍も不安であろう。さすれば我らで滅ぼすべき」
「さすがは祥鳳さまにございまする! 人質の未来まで考えてのご慈悲、こんなにも感動する話はございませぬ。ならば早速、秀蘭を滅ぼしてしまいましょう!」
東愛河は広龍を人質にとっている事で、実質的に平定したも同じ事である。
数年後に広龍が元服すれば東愛河の国主になる。
良い待遇で駿静へと迎えており、元服したら家臣へと取り立てる事は約束していた。
しかしそんな中で最も不安なのは、国境が面している秀蘭率いる仙道家の軍勢である。元服したとしても、まだまだ幼い広龍には荷が重すぎる。
そこで先に愛河を統一しようと祥鳳たちは考えていた。
素晴らしい事だと太元は言って、その一番槍は自分がやりたいと挙手するのである。
だが雪庭が「そう簡単な話では無い!」と言う。
「このタイミングで貴殿のような主力武将を、愛河になんて差し向けてみよ! これ好機と言わんばかりに、東桜が攻め込んでくるじゃろうが!」
「た 確かに!? それは盲点だった……」
「貴殿は武勇に秀でておるのじゃから、こういうところで頭を使わんといかんぞ?」
「は! まさしく雪庭殿の言う通りにございまする!」
全軍を投入して攻め込みたいところだが、ここで東に背を向けたら、小競り合いを続けている東桜に攻め込まれる可能性が十二分にある。
その為、主力を投入する事はできない。
雪庭の説明を受けて太元は理解する事ができた。
ここからが今回の軍議の本題になっていく。




