036:家督簒奪の案
吉丸と2人の部下は、とりあえず第一フェーズが終了したので飲み屋で昼間から酒盛りをする。
良い感じに話が進んでいるので、吉丸はニッコニコで盃の酒を飲み干して「かー!」と声を上げている。しかし残念ながら緊張している2人は、なんとも言えないような暗い表情をしてとり、酒を飲まないのである。
そんな2人を見た吉丸は「飲まないの?」と聞く。
すると2人は盃を床に、ドンッと置いて「こんな時に飲めるわけないでしょ!」と割と大きな声で言う。
まさか2人に、まぁまぁなボリュームで言われるとは思っておらず、吉丸の動きは一瞬止まる。
だが直ぐに「はぁ」と溜息を吐いてから盃を優しく床に置いて「あのな?」と喋り始める。
「こういう時だからこそ飲むんだろ? 今のところは狙い通りに話が進んでるんだ。それに俺たちが、ここで飲んでたら直ぐにでも……ほら、噂をすれば」
2人に皆まで説明しようとしたところで、店の中に金忠の家来がやって来たのが目に入った。
今の今まで緊迫していたが、そんな状態なら近寄って来ないかもしれないので、おどけるようにして盃に入った酒をグビグビと飲むのである。
そしてそんな吉丸のところに「吉丸殿、金忠さまがお話ししたいという事で」と説明を受けた。吉丸は直ぐに「えぇ構いませんよ」と笑顔で容認した。
「吉丸殿、先ほどは父上が失礼いたしました」
「いえいえ! 瞬起さまにも色々と考えがあるのでしょうから、それを否定するわけにはございませぬ。それでもやはり水谷家は秀蘭さまの下には着きませぬか?」
「今の感じからすると、父上の考えは変わらぬと思いまする……しかし私は父上の考えは間違っていると思っておりまする! なので、私だけでも秀蘭さまの下に着きたいと考えておりまする!」
まずは最初に瞬起が、ふざけた態度をとった事を金忠はキチンと謝罪するのである。農民の出である吉丸に対し、キッチリと頭を下げた。この姿勢を見たら吉丸は、秀蘭ざ言ったように義理堅いのだと分かった。
そして瞬起は配下にならないが、自分だけでも十数人の家来を連れて秀蘭に降りたいと頼んだ。
金忠の頼みに吉丸は、少し笑おうとしたがギリギリで真顔を保ってゴホンッと咳払いをする。
「金忠殿、貴殿のお気持ちは武士として侍として素晴らしいものにございまする。しかし秀蘭さまが求められているのは水谷家の兵力にございまする。失礼ながら何人ほどを引き連れて来られるのでしょうか?」
「私が引き連れられるのは……せいぜい15人から16人ほどでしょうか。うちの全権は父上が握っているゆえ、私に従えぬ人間も多くいるのです」
「そうですか……それはとても残念な事にございまする。貴殿のような本物の武士が、当主であれば秀蘭さまも家臣として直ぐにでと直参として雇ってくれたというのに」
金忠の武士道は褒めたところで、秀蘭が求めているのは水谷家の兵力であると伝えた。どれほどの兵を連れて来れるのかと聞くと、多くて16人であると答えた。
それを聞いた吉丸は、顎に手を置いて「うーん」と悔しがるような素振りをする。
わざとらしくならないように吉丸は、水谷家の家督を金忠が持っていれば良かったのにと残念なった。
何も言えなくなった金忠に、吉丸はススッと近寄ってから「失礼」と言って金忠の耳元で小さい声で喋る。
「これは提案にございまするが、とても大きな声で言えませんので失礼いたしまする」
「え えぇどうぞ」
「私の考えとしては、金忠さまが家督を継がれるのが宜しいかと思いまする。その為に瞬起さまが邪魔……いえ、潮時ですので隠居してもらいましょう」
耳元で聞こえるかどうかというくらいの小さな声で、瞬起を隠居させるのはどうかと提案した。
この提案を受けて部外者から言われたので、一瞬ムッと眉を細めた。しかし直ぐに表情を緩めて「確かに」という感じで、一理ある事を理解する。
「確かに隠居してくれたら良いが、あの父上が素直に隠居するとは思えぬんですが」
「そこで私に案がございまする。明日、私どもが最終確認に行ったところで瞬起さまは、我々を人質にするか斬りかかって来るでしょう。その時に金忠さまの出番にござる」
「つまり父上が無礼を働いたとして断罪したのち、静かに隠居して貰う……というわけか!」
「その通りにございまする!」
「しかし父上が斬りかからなければ? その可能性だって大いにあるのでは無いか?」
吉丸が考えているのは明日の最終確認の場で、きっと瞬起は自分たちを捕えるか殺すという事だ。
その時、兵を引き連れた金忠が入って来て瞬起を成敗。
そうなれば隠居へと追い込む事ができ、家督を金忠が継ぐ事ができるはずである。
良い案である事を金忠は認めた上で、もし斬りかかって来なかった場合はどうするのかと聞く。質問された吉丸は待っていたかのように「くくくく」と不敵に笑った。
「そこは私が斬るまで煽りに煽って見せまする! あの性格なら少し突けば、必ずや乗って来るでしょう!」
「さ さすがは秀蘭さまのお遣いでやって来たお方だ。それならば私も協力いたしましょうぞ!」
「これは絶対に成功しましょうぞ。なにせ武士道を重んじる金忠殿が協力していただけるのだから!」
もしも普通に帰されるだけだとしても、吉丸が煽りに煽って必ず斬りかからせると約束する。
あの性格ならば、ほぼ100%で乗って来るはず。
この案を大いに気に入ってくれた金忠は、明日は成功させようと盃に酒を注いで飲み合う。
「吉丸殿、危険では無いのですか? もしも失敗してやられるような事があったら……父上と母上にお見せする顔がありませぬ!」
「私も同じ事を考えていました! こちらは3人で向こうは無数にいる。そんな中で失敗なんてしたら……」
「安心しろ! もし失敗したとしても俺の命に変えても、お前たちだけは絶対に逃してやる! それだけは約束してやる!」
金忠が帰った後で部下の2人は、もし失敗したら死ぬんじゃないかと恐れている。
しかし失敗にするにしても自分の命に変えても、部下だけは逃してやると吉丸は約束するのである。真っ直ぐな吉丸の目に、部下の2人は不思議と「あっ安心する」という感じで、少しだけ不安感が消えた。
そして運命の翌日がやって来る。
最終確認の為に吉丸たちは、東浦城へと入城し大広間で瞬起がやって来るのをジッと待つ。
20分が経過したくらいで、ようやく瞬起が大広間にやって来たのである。その姿は「面倒だ」というのが全身から溢れ出しているような態度だった。
不満そうだと思いながら吉丸は、これなら自分たちにチャンスがあると密かに思う。
「貴殿には昨日も申したが、我らが秀蘭殿の下に着く事は絶対にあり得ぬ事だ!」
「瞬起さまのお気持ちは痛いほど理解できまする。確かに秀蘭さまは、周りから大馬鹿者のレッテルを貼られているお方です。そんな人間に着くよりも中林家に着くのが得策だと言えるでしょう」
「なんだ、よく分かっているでは無いか」
ちゃんと断って来たので、吉丸は秀蘭を下げるような発言をする。もちろん馬鹿にしているわけではなく、ただ本当の事を言っているだけだ。
この言葉に瞬起は理解しているみたいだと思うが、次の瞬間には吉丸が「しかし!」と本当の戦いが始まる。




