035:狙い通り
吉丸は2人の部下を引き連れて東浦城までやって来た。
門番の兵に大きな声で身分と名前を明かし、城主・瞬起に会いたい旨を伝えるのである。
しかしそう簡単に会えるものでは無い。それが敵対関係となった仙道家の人間ならば尚更。
警戒しながら確認を取ると言って、吉丸たちは門前で少し待たされる事になる。部下の2人は尋常じゃなく緊張しているが、吉丸は頭の中でシミュレーションする。
「吉丸殿は余裕そうですね。どうして、そんなに余裕そうなんですか? こんな死ぬかもしれないところで……」
「緊張しないわけないだろ? 農民の出である俺が、こんな重要な役割を任せられてるんだぞ? こんなチャンス、力を発揮できない方が勿体無いだろ!」
「さすがはたった1年で、召使いから伝導奉行まで成り上がられたお方だ」
農民の出で周りの人間よりもチャンスが回って来ないと知っている吉丸は、緊張こそすれども必要以上に怯える事は無いのである。そんな事をして、せっかくのチャンスを帳消しする事の方が、吉丸にとっては恐怖。
この姿勢に、さすがは吉丸だと部下は感心した。
成り上がりの人間として、それなりに知られている。
そんな話をして待っていると、30分くらいで門番が戻って来て「こちらへ、どうぞ」という風に案内される。
吉丸は「失礼いたしまする」と言ってから門を潜って東浦城に入るのである。
そのまま案内されたのは大広間の前にある控室だ。
まだ瞬起は到着していないので、ここで少し待っているように言われて待っている。
さらに30分も待たされ、合計で1時間は待った。
ようやく大広間へと通された。
「仙道 渋谷守 秀蘭の遣いで参りました。犬飼 吉丸と申しまする、どうぞよろしくお願い申し上げまする!」
「ワシは水谷 水戸守 瞬起である。秀蘭殿の遣いで参られたと聞いたが、何用か?」
「は! 用件は簡単にございまする。直ちに水谷家は、秀蘭さまの軍門に降って頂きとうございまする」
相対して数秒というところで瞬起は、何用なのかと早く終わらせたいように用件を聞いて来る。
向こうがそうならば合わせてやろうと吉丸は、軍門に降るように要請した。この言葉を聞いた瞬起は、眉をピクッとさせて「軍門に降れ?」と聞き返して来た。
理解できていないわけじゃ無い。吉丸たちに圧力をかけているだけである。
まんまと後ろの2人は震えているが、吉丸はキリッとした表情のままだ。なんなら微笑んですらいる。
なにせ忠信の方が圧力はあったからだ。
「フッ! 笑わせるでは無いか。どうしてはワシが、あんな大馬鹿者の下に着かなければいけぬのだ!」
「元を辿れば瞬起殿は、仙道家の家臣ではありませんでしたか? それがイレギュラーな事があり、駿静の家臣になられた。今が正すチャンスにございまするぞ」
「貴殿は勘違いをしているみたいだ。ワシは仙道家の家臣だったのでは無い、秀昌さまの家臣だったのだ」
瞬起は秀蘭の事を大馬鹿者だと笑って、軍門に降る事を断じて拒否をして来た。
頑なな瞬起に吉丸は、元を辿っての話をする。
この話にも瞬起は仙道家の家臣ではなく、秀昌の家臣だったのだと主張する。吉丸を下に見て小馬鹿にしながら、拒否をする姿勢は強固に見える。
すると同じ部屋にいる瞬起の息子で、今回のターゲットである金忠が「父上!」と言葉を挟む。
「これは武士道に立ち戻るチャンスにございまする! 本来ならば直ぐに、秀蘭さまのところへと挨拶に向かわなければいけないのです。それが今からでも軍門に降れとおっしゃってくれているのですよ!」
「お前は黙っておれ! あんな沈むと分かっている船に乗るなど、絶対にあり得ぬは!」
金忠は必死になって父親を説得しようとする。
しかし瞬起は金忠の意見を真っ向から否定し、秀蘭の事を沈む船に例えて侮辱した。
これに吉丸はイラッとするが、感情に任せたら面倒になるので落ち着かせて「でわ」と親子の会話を終わらせた。
「また明日、お尋ねしまする。その時に答えを改めて聞かせて下さい、我々は城下で羽を伸ばさせて頂きまする」
「ちょっと待たれよ! ワシは受けるつもりは……」
「良いですから! もしかしたら意見が変わるかもしれませぬ、あので明日また来まする。何かありましたら、城下にいるので声をかけて下さいませ」
正式な答えに関しては、明日の昼にでも聞くから考えて欲しいと言って立ち上がる。その明日まで吉丸たちは、東浦城の城下にいるからと微笑みながらいう。
答えは決まっていると瞬起は、歩いて出て行く吉丸たちの背中に向かって叫び続ける。
だが聞く耳を持たずにスススッと城を出ていく。
「なんなんだ、あの男は! こっちの話を、一切聞いておらぬでは無いか!」
「父上、ここは秀蘭さまの下に着くのが武士の大義にございまする! どうか、再考をお頼み申しまする!」
「お前もしつこい男だな! ワシの決定は変わらんわ、あんな男に着いていくなら腹を切った方がマシじゃ!」
吉丸が出て行った後も金忠は、瞬起に対して秀蘭の下に着いた方が武士として良いと説得しようとする。
しかし瞬起は金忠が、しつこいと言ってから立ち上がって話を強制的に終わらせるよう部屋を出ていく。
話が取り合ってもらえず、金忠は「クソ!」と言って大広間の外に出る。部屋の外には金忠の小姓が正座して待機しており、なんとも言えない表情の金忠を見て「どうかいたしましたか?」と声をかける。
「せっかく秀蘭さまが、使者を送り出してくれたというのに。父上は武士の大義というのを、どう考えておられるのか、私には理解できぬ!」
「そんな事があったのですか? 少し前に出て行った使者殿たちの表情を見たら、何か上々な話し合いができたのかと思っていました」
「どうも使者殿は、この話し合いに別の狙いがあるように思えるな……とりあえず城下にいると言っておったし、あの者たちに会いに行く事にしよう」
金忠の小姓は、よく分からずにいた。
吉丸は明るい顔をしており、瞬起は憤慨していて、金忠が不満そうな顔をして出て来た。あまりにも三者三様な表情を浮かべており、どんな話し合いだったのかと。
金忠から詳しい話を聞いて、そういう事かと納得する事ができたのである。
そして話を聞かせながら自分の頭の中でも整理したところで、金忠は城下にいる吉丸のところに向かう事にした。
瞬起にバレたら面倒なので、金忠は変装をしてバレないように東浦城を出た。
そのまま吉丸がいる城下に向かって歩いていく。
どこにいるのだろうかと家来を使って、城下にいる吉丸を探させるのである。
探している間、金忠は城下の茶屋で暖かいお茶を飲む。
さっきまでピリピリしていたので「ふぅ〜」と息を吐いて落ち着いてお茶の愉しむ。
するとそこに「発見しました!」と家来が走って来た。
「おぉおったか、思ったよりも早かったな。さぁ使者殿のところに案内せよ」
「は! 承知いたしました!」
そのまま金忠は家来の案内で、昼間から酒盛りをしている吉丸のところに向かうのである。
決して昼間から飲みたいというわけじゃ無い。
ここに居れば、きっと金忠が見つけやすいだろうと考えての行動。だから決して酒が飲みたかったわけじゃない。




