034:大役
秀蘭が和議を破棄したところで、いきなり全面戦争になるというわけでは無い。
駿静は全軍を西愛河の方に向けて進軍させると、国境が接している東の大国・東桜と、信濃の強国・長信が攻めて来る可能性が否めないのだ。
その為、全面戦争を駿静は仕掛けられない。
これを秀蘭は読んでいたのかもしれない。
「今、向こうは大きく動き出せぬ! ならば、こちらから攻めるのも一興かと!」
「確かに大盛の言う事も、最もである! しかし今は自陣を固めるのが最善かと思いまする!」
秀蘭は重臣たちを集めて、これからの動きに関する評定を行なうのである。
最近になって頭角を表し始めている大盛は、こちら側から攻めるのが良いんじゃ無いかと提案をした。これに対して剛と長廉は国内を盤石にするのが先だと主張。
評定は白熱度合いが増して行く。どちらの意見も、ごもっともというところが多くあり、これは話し合いを続けてたところで決着がつくとは思えない。
ならば秀蘭の一声で決める他、道は無いだろう。
「お館様、ご決断をよろしくお願い致しまする!」
「もはや我らでは意見がまとまりませぬ!」
「良いだろう、あとの決断は俺がしよう」
重臣たちは自分たちの意見を出し尽くしたが、これでは意見がまとまらないから秀蘭に決めて欲しいと頼む。
しっかりと話を聞いていた秀蘭は、決断に関しては自分が引き受けると言った。少し考えるように、目を閉じて精神集中しながら自分の答えを出そうとする。
そしてキンッと目を開いた。重臣たちは答えが出たと悟って、ゴクンッと固唾を飲むのである。
「こちらからは、まだ仕掛けぬ! しかし向こうの家臣たちの調略を行なえ。アレだけ大きな家だ、こちら側に着きたいという人間たちも少なくともいるはずだ」
秀蘭が決断したのは、まだこちらからは仕掛けない。
しかし駿静側の家来や家臣たちに調略をかけ、秀蘭側に寝返らせようという作戦である。そうなれば少しでも自分たちの地盤を固める事ができるからだ。
この決断に家臣たちは納得した。
「さすがは殿にございまする! して、まずは誰を調略いたしまするか?」
「そんなの決まっておろうが。今は駿静の武将だが、ほんの少し前まで父上の家来だった男がおるだろ」
「まさか水谷家にございまするか!? あそこの男は、自分の徳ばかりを考えまするぞ。さすれば、どんな考えを巡らせて来るか……」
秀蘭が調略するように言ったのは、西愛河と東愛河の中間地点にある東浦城の城主・水谷 瞬起という人物だと重臣たちは思った。
この瞬起という男は、元々は秀昌の家来だった男。
しかし広龍を駿静に渡すとなってからは、そちら側に着くよう言われて主君変えを行なっていた。それこそ瞬起という男は、自分の得ばかり考える人間だ。そんな人間を仲間に引き入れるのは危険では無いかと心配する。
だが秀蘭は「そっちじゃない」と一蹴した。この言葉に重臣たちは「え?」という?マークを頭に浮かべる。
「瞬起にも嫡男がおるだろ、その嫡男は頑固で義理堅い男であると聞いているぞ? そっちを焚き付けろ、瞬起にも家督を譲らせる方向で話を進めよ」
秀蘭が狙っているのは瞬起の嫡男だった。
その名も金忠である。
この嫡男・金忠は頑固で義理堅い男であり、広龍と共に駿静に着く事を最後の最後まで拒否していた。最終的には父親に押し切られる形で、移籍する事になってしまった。
きっと今でも納得していないだろうから話に乗ってくれて、父親を追いやり家督を相続するだろうと考える。
「金忠殿を説得する役目、私めに任せては貰えないでしょうか! 殿のご期待に応えられるよう頑張りまするゆえ、お頼み申し上げまする!」
「大盛、お前の気合と気持ちは理解できる。しかし何が起きるかは分からない、いきなりお前を送り込むというのは危険極まりない。そこで、お前の前に別の人間を送る」
「別の人間をですか?」
大盛が調略は自分に任せて欲しいと、秀蘭に頭を下げて頼み込むのである。
しかし裏切られる事も考えられるので、いきなり大盛を調略に向かわせるのは危険だ。そこで秀蘭は別の人間を、最初に向かわせると決めた。
「犬を呼べ! 最初はアイツに行って貰う」
最初に水谷のところに向かうのは吉丸に決まった。
それなりに経験を積み始めているし、忠信との面会を取り付けてきた実績がある。
身分としても決して高くなく、秀蘭たちにしても死んだところで困らないという理由もある。冷たいように思えるかもしれないが、こういう損得勘定を上手くなければ上に立つ人間としては失格だ。
そんなこんなで吉丸は秀蘭に呼ばれる。
「犬飼 吉丸、お館様のご指示で馳せ参じました!」
「犬、良くぞ来たな。今日、お主を呼んだのは重大な仕事を任せる為だ」
「大役を、この私が!? ありがたき幸せにございまする!」
吉丸は秀蘭の目前にやって来たところで、深々と頭を下げて恐縮なのをアピールする。
その姿に秀蘭は、フッと笑ってから仕事があるという。
しかも重要な仕事を任せると言ったので、吉丸は自分に大役を任せてくれるのかと感動した。さらにまた深々と頭を下げ、床に額を擦り付けるのである。
「お主には東浦城に行って貰う。そこで水谷家を、こちら側に引き込むように調略してみよ」
「ちょ 調略にございまするか!? わ 私にそんな大役が務まるでございましょうか……」
「お主ができなくとも大盛たちが控えておるわ。つまり第一の矢というだけだ、失敗したら第二の矢と第三の矢が尻拭いするのみ。そこまで大きな期待はしておらぬは、それゆえに自由にやってみよ」
確かに秀蘭の言うように、ただただ少し上手くやって農民から成り上がっている吉丸に、そこまで期待をしないのは当たり前の話だろう。
しかしこの言い方ならば尻拭いは、他の人間たちがやるから思うがままにやってみよという事だろう。ある意味、期待していると言っている事は同じだ。
「この犬飼 吉丸、お館様のご期待に応えられるよう! 粉骨砕身、全身全霊、この任務を遂行してみせまする!」
「うむ、しっかりと己の仕事を全うせよ」
「はは!」
秀蘭の言葉を完全にプラスに捉えた吉丸は、絶対に任務を達成してみせると約束した。その瞳には、やる気と共に自信が満ち溢れているのである。
この日、吉丸は2人の部下を連れて上前津城を出た。
国境沿いは睨み合いが続いているので、それなりに緊張感がヒシヒシと普通は伝わって来る。実際、後ろにいる2人の部下は周りをキョロキョロと警戒しながら歩く。
吉丸は大役を任せられた喜びで緊張感は持っているが2人のようにハラハラしている感じは無い。
そして遂に東浦城の前までやって来た。
忠信の時は手紙を渡して、少し言葉を交わすだけで調略したという感じでは無かった。
今回は違う。今回は吉丸が主導で、どうにか調略するように言われているのだ。
ゴホンッと咳払いをして、身なりを整え直してから見張りの兵に「城主さまへの御目通りをお願いいたす!」と大きな声で門を開けて貰う為に声をかける。
吉丸による水谷家の調略が始まる。




