032:酒盛り
忠信が秀蘭の後ろ盾になった事で、東愛河の勢力図が大きく書き変わるのである。
野間口家や大治仙道家といえども、中身が腐敗しているので実力で成り上がった忠信とは地力が違う。その為、大治仙道家の後ろ盾を得ている秀斗も状況を見るしか無い。
これにより国内の不安は払拭された。
しかしまだ油断のできない不安要素がある。それは隣国の駿静・中林家の存在だ。
「ずっと駿静は、愛河を狙っているから油断できないぞ」
「言ってしまえば愛河の半分は、既に祥鳳の手に収まっているわけだしな。吉丸は、これからどうなると思う?」
「難しいところだが、まぁ確実に駿静と戦う時は絶対に来るだろうな。あとは時が早いか、遅いかの2択だ」
吉丸は自分のボロ家に、利恒を呼んで酒を飲み交わす。
これからの愛河について話しているが、吉丸も利恒も駿静との戦いは避けられない事は意見が一致している。あとは戦う時が遅いか、早いかだけの話であると言う。
少し雰囲気が暗くなってしまったので、利恒は笑いながら「まぁまぁ飲もう飲もう!」と吉丸の盃に酒を足す。
良い感じで出来上がり始めたところで、自宅の扉がコンコンッとノック音が聞こえる。直ぐに「はーい?」と言って部屋の中に入るように言うのだ。
「吉丸殿、吉丸殿のお耳に入れておきたい事がありまして……今、よろしいでしょうか? お忙しければ明日にでもよろしいのですが?」
「いや、今で良い。利恒、構わないよな?」
「あぁ別に気にしないよ」
どうやら伝導奉行の吉丸の部下だった。
吉丸の耳に入れたい事があるらしいが、利恒の姿を見た部下は明日に変えるかと気を遣った。
しかし吉丸は利恒に、今で良いかと確認する。別にただの飲み会なので、問題ないと言って家の中に招く。
部下は部屋の中に入ると、吉丸の向かいに座る。
「それで俺の耳に入れたい事とは何だ? こんな夜中に来るくらいだから、それなりに大変な事なんだろ?」
「まぁただの噂話に過ぎないのですが……」
「良い話してみろ」
こんな夜中に話に来たのだから、それなりに重要な事じゃないかと吉丸が部下に聞く。
部下は何とも言えないような表情を浮かべながら、噂話に過ぎないけど、という前置きをした。まぁ噂話にしても夜中に来るくらいだからと吉丸は頭の中で考える。
「吉丸殿は、野並城の山本 健典さまは知っておられますか? 東愛河と西愛河のちょうど真ん中にある城の城主にございまする」
「聞いた事があるくらいだな……利恒は知ってるか?」
「ん? まぁ同じ仙道愛知県に仕える者として、最低限の顔見知りと言ったところだな。別に特別に詳しいってわけじゃ無いぞ?」
部下は山本 健典を知っているかと聞いて来た。
秀蘭の下で働く人間として、城主の名前は聞いた事があるにはある。しかし山本という男がいるというレベルの知っているで、とても詳しいとは言えない。
もしかしたら利恒が知っているかもしれないと思って、知っているかと聞いてみた。すると先祖から仙道愛知家に仕える人間として、数度の顔合わせをした事がある。それでも吉丸と同じように、詳しいというわけじゃない。
そうかぁ……。という気まずい雰囲気になり、スッと視線を部下の方に戻し「で? その山本さまがどうした?」と話を本筋に戻すのである。
「その山本さまが、駿静に離反する可能性があるという事でございまする! 真偽のほどは、まだ確かではありませぬが……これが事実であれば重大事件かと」
「確かに国境付近の城を失うっていうのな、こちらにとって大打撃を受ける事になりかねない……」
「いや! ただ失うだけならば、まだ手の打ちようはあるだろう。しかしそれが敵の手に渡るとなると、簡単に国境を侵されるという事だ。そうなれば駿静との戦いは、一気にこちら側が不利になる!」
もしかしたら山本が駿静に離反するかもしれないという事だった。まだまだ噂の域を出る話では無いが、それでも事実ならば大事件になり得る。
なにせ国境付近の城が、敵方の手に渡るというのは、簡単に自国へと招き入れる行為に等しい。
それだけは絶対に避けなければいけない。
「しかしなぁ。ただの噂話で、お館様のお気持ちを乱すっていうのは……吉丸、どうするんだ?」
「これは仙道愛知家にとって無視できない事だ。もし噂話だったとしても俺たちの胸に収めておくにしては、案件が大き過ぎるように思える。しかし利恒が言うように、お館様のお気持ちを乱しておいて噂だったとは言えぬだろう」
「ならば、どうする? このまま考えているだけでは、ただただ時間を無駄にするだけだぞ?」
「分かった! ここはお館様には報告しないが、大盛さまの耳には入れておくべきだろう」
まだ噂話の域を越える話では無い為、秀蘭に報告しただの噂話だったら気を揉ませるだけだ。
しかし逆に本当の話だったならば、なぜ報告しなかったと首を刎ねられてもおかしくは無い。どうしたものかと吉丸は決断を迫られていた。
悩み抜いた末に結論を見出す。
秀蘭には報告しないが、重臣であられる佐久川 大盛の耳には入れておこうという事になった。この案に利恒も納得して押してくれた。
家の留守を利恒に任せて吉丸は、大盛の屋敷に山本 健典の話を伝えに向かう。
夜は更けているが、そんな事よりも報告しない方が問題であるからだ。息を切らせながら大盛の屋敷があるところまで走って行き、屋敷の見張りをしている兵に「大盛さまにお取次を!」と言うのである。
見張りの兵は、何事かと思いながら「こ ここで暫し待たれよ!」と言って屋敷の中に入って行った。
数分後に「さぁ中にどうぞ!」と案内してくれた。
吉丸は靴を脱いでから足を止める事なく、大盛の寝室まで歩いて行く。
「大盛さま、失礼いたしまする」
侍従が襖の前に座ると、開ける事を伝えてからススッと襖を開けて頭を下げた。
大盛は布団に入りながら書物を読んでいた。
視線は吉丸たちの方に向けず、本を見つめたまま「どうかしたのか?」と聞いた。
ここからは侍従ではなく吉丸が喋る。
「伝導奉行を仰せつかっております。犬飼 吉丸と申しまする! 大盛さまのお耳に入れておきたき事がございましたゆえ、失礼かと思いますが馳せ参じました」
「吉丸、そうか。それで私の耳に入れておきたい事とは、どういう事だ?」
「は! 実は…」
身分と名前を明かした吉丸は、自分の聞いた話の全てを大盛に伝えるのである。
大盛は本からは目を離さないが、小さく「うんうん」と頷きながら話を聞いている。ちゃんと聞いてくれているのかと思いながら話をし切る。
「というわけで、どういたしまするか?」
「うむ、良くぞ伝えてくれたな。もしもそれが本当の話ならば緊急事態だ。私の配下を間者として山本殿のところに向かわせよう」
「は! 承知いたしました!」
話を終えたところで、大盛はパタンッと本を閉じて布団から出るのである。
噂話だとしても本当だったら困る為、自分の配下を間者として潜り込ませ真偽を調べると言ってくれた。とりあえず報告したので、一安心かと吉丸はホッとする。
そのまま吉丸は家へと帰って行く。




