031:失うモノは無い
秀蘭と忠信は対面した。
この2人の間には、目に見えぬ火花がバチバチと散っているのが誰の目にも見えた。
火花を散らしながらも秀蘭は、気持ち微笑んでいる。
「今日、私が忠信さまに御目通りいたすのを、最も喜んだのは果耶でございまする。また最も困り果てたのも果耶にございまする」
「ん? 果耶が、何を困り果てたというのじゃ?」
まずは雑談をするように秀蘭は、この会見を最も喜んでいたのが果耶である事を伝えた。
父親が娘の話をされて嬉しく無いわけが無い。喜んでいたという風に聞いた忠信は「ほぉ」という感じで、ここに来て初めて少しの笑みを溢す。
しかし次の秀蘭の言葉で、表情が戻った。
その言葉とは喜んだのは果耶だったが、その果耶が最も困り果てたと言ったのだ。どういう事なのかと忠信は、真剣な表情を浮かべながら聞く。
秀蘭は「ふふ」と少し笑い、おどけながら言葉の真意について説明するのである。
「そんな事はあり得ぬ事ではございまする。果耶は忠信さまが、私を討ち取るのではと心配していたようで。そんな事は絶対の絶対に無いというのに」
この言葉に忠信は真顔になり、後ろに控えている家臣たちの表情は真っ青になる。
なにせ本当に討ち取る可能性もあったからだ。
「300人のうち100人も鉄砲を持っている。それだけの備えをしている婿殿を、どうやって討ち取れるか」
「アレは金で雇った、ただの寄せ集めです。果耶が侮られないように言われて用意したのでございまする」
300人を引き連れて来た上で、そのうち100人が鉄砲で武装している。そんな軍隊を襲って勝利する方法はあるのかと、忠信は討ち取ろうとしている事を否定した。
この秀蘭が連れて来た兵士たちは、金で雇った寄せ集めの人間たちだった。少人数で来るなんて、もしかしたら唯信に侮られると果耶が思ったからである。
「今日の私は果耶の手のひらで踊る、愛河1の大馬鹿者にございまする」
「はははは!!! それならば大馬鹿じゃ!」
今日の自分は果耶の指図で動いており、まさしく手のひらで踊っている愛河1の大馬鹿者であると自虐した。
すると忠信は手を叩いて大笑いし、後ろを振り返って家臣と共に大いに笑うのである。
一通り笑ったところで忠信は秀蘭に問う。
「この大事な席に、誰も連れて来なかったのは何故じゃ? 大馬鹿ならば重臣たちに守って貰わなければならぬのでは無いか?」
自分が大馬鹿者ならば家臣たちに守って貰わなければいけないのでは無いかと忠信は聞いた。
もちろん大治仙道家に対抗するだけの家老や重臣が、今の秀蘭にいない事を分かっての言葉。つまりは秀蘭を、虐めるような言葉であると言えるだろう。
秀蘭は「入って参れ!」と廊下に向かって叫ぶ。
するとそこに入って来たのは、恒虎と利恒の2人。
2人はススッと本堂の外陣を歩いて秀蘭の後ろに座る。
「この両名は愛河の小さき村から出て来た、国衆の三男坊と四男坊。すなわち家督も継げぬ、食いっぱぐれた者たちにございまする!」
最初はフワッとした喋り方をしていたが、食いっぱぐれと言った瞬間、秀蘭の目がキッと引き締まった。
「されど戦場では無類の強さを発揮し、一騎当千の兵たちにございまする。食いっぱぐれた者は、失うモノも恐れるモノもございませぬ。戦って家を創り、国を創り、新しき世を創る。その気構えだけで戦っておりまする」
家督を継ぐ人間というのは大いにしがらみが多い。
しかし三男坊や四男坊ならば、失うモノも恐れるモノもありはしない。ただ戦って家を創り、国を持つという気構えだけで戦場を駆け回っているのだ。
「父・秀昌は、よう言っておりました。仙道家は、元を辿れば日本時代末期頃は、平のサラリーマンであったと。それが戦国時代となり、のし上がって行った成り上がり者じゃと。おのずと自らの手で作らなければいけぬ、それをやった男が美飛にもおると」
秀昌は小さい時から秀蘭と秀斗に、自分たちは成り上がって来た人間たちの子孫であると教えていた。
おのずと自分の地位は自分で作るしかなかった。それは大変だが、それをやってのけた男が美飛にもいると嬉しそうに語った。これこそ商人から成り上がった忠信である。
秀蘭の話を聞いている忠信は、ずっと「うんうん」と小さく頷いて聞いていた。
「鉄砲ならば素人でも撃てまする。その鉄砲は金で、いくらでも揃えられる。これからは戦も世の中も、ドンドン変わって行きましょう。我らも変わらなければ、この乱世では生き残ってはいけませぬ」
「秀蘭殿は大馬鹿者じゃ! されど見事な大馬鹿者じゃ」
秀蘭は今よりも、もっと先の未来を見て喋っているように忠信は感じたのである。
しかもその笑みには、どことなく覇気を感じた。
少しの間を置いてから忠信は、大口を開け足を叩きながら大笑いする。確かに秀蘭が大馬鹿者であるのは疑いもない事ではあるが、それでも見事な大馬鹿者であると忠信は秀蘭の評価を改めた。
不敵に秀蘭が笑い「それは褒めておられるか?」と忠信に質問するのである。もちろん忠信の言葉の真意には気がついているが、ちゃめっけで聞いたのだ。
「帰って、誰かさんに聞くと良い」
「ふっ……ははは! その通りですなぁ!」
さっきまでの雰囲気とは一転し、秀蘭と忠信の間には緊張感が無くなっていた。どこにでもいる義理の親子のように、穏やかな空気が流れている。
1時間ほどの話し合いの末に、忠信は秀蘭の後ろ盾になる事を決めたのである。
後ろ盾になってくれると言質を貰った秀蘭は、満足そうに馬に乗って愛河へと帰って行った。
「李光よ」
「は! どういたしました?」
「婿殿は想像以上の男だったのぉ。やがて我が子が、婿殿の馬の手綱を引く事になるだろうな」
「そ それは……」
忠信は明言してしまった。
自分の息子の祥龍よりも秀蘭の方が上で、いつかは祥龍が秀蘭の家臣になるだろうと。
この発言に李光は驚いて、パッと忠信の方を見た。
明らかな爆弾発言でありながら、忠信はフッと鼻で笑ってから「周辺諸国に伝えよ」と李光に言う。
「これよりワシは秀蘭殿の後ろ盾になる。無礼があるだろうが、許してやってくれとな」
「承知いたしました! 直ちに!」
正式に秀蘭の後ろ盾になる事を決めた忠信は、周辺諸国に対して秀蘭の無礼を許して貰う為の手紙を送る。
それは愛河国内にも送られ、秀蘭の後ろには忠信がいるという事が周知の事実となった。
この展開は秀斗にとっては嫌なところである。
「秀斗さま、どういたしまするか? 大治仙道家の後ろ盾があるとはいえ、里見家と比べたら見劣りしますぞ」
「このまま戦を挑んだとしても勝てるかどうか……」
「お前たちの言う通りだな。今のまま兄上に挑んだところで、我らに勝機があるとは思えなぬ。ならば好機を、ジッと待つ他に道はないだろう。兄上ならば必ず、どこかで墓穴を掘る事になるのは目に見えている」
家臣たちは忠信が後ろ盾になるまでならば、こちらが有利であるのを理解していた。
しかし忠信が後ろ盾になった今、秀斗方に勝機があるとは到底思えないのである。この考えは秀斗も同じだ。
こうなったら秀蘭自身が墓穴を掘るのを、ジッと待つ他ないだろうと秀斗は決定付ける。




