030:下げて上げる
ボロ小屋に隠れている忠信と李光は、遂に目的である秀蘭軍を隠れて見る事ができた。
この段階で真意は分からないが、秀蘭軍は完全武装して行進している。その格好ならば、このまま戦に行ったとしても戦えるだろう。
面白いでは無いかと、忠信はフッと笑った。
すると李光が「忠信さま!」と声をかけ、秀蘭軍の後方を指差す。反射的に忠信は「ん?」という感じで、李光の指さしている先に視線を持っていく。
「アレが秀蘭さまにございまする! まさしく私が、お話しした通りのお方にございまする!」
「おぉそうか! どれどれ品定めをしてやろうか!」
秀蘭がやって来たのを見て、ようやくやって来たかと忠信は態勢を整えて窓の外を見る。
するとそこに馬に乗っている秀蘭が現れた。
アレだけ楽しみにしていた忠信だったが、秀蘭の格好を見た瞬間にムッと顔を歪める。明らかに秀蘭に対し、負の感情を抱いたのは確かであった。
まぁそれも当然と言えば当然である。
なんせ秀蘭は赤と金色の派手な服を、片腕を出すようなコーディネートをしており、さらには大笑いしながら干し柿をムシャムシャと食べていたからだ。
「大馬鹿者であると聞いておったが、まさかここまで馬鹿丸出しの格好をしておるとはな」
「どういたしまするか? 秀蘭さまは別として、あの完全武装をしてライフルを持たれていると……」
「兵は最高でありながら、それを指揮する人間が馬鹿丸出し、まさしくチグハグと言った感じか。ここまで足を運んだのじゃ、会わないという選択肢は取らないぞ」
「は! 承知いたしました!」
正直な事を言えば、少しガッカリしたところはあるかもしれない忠信だった。それでも会わないという選択肢は、忠信は排除していたのである。
今すぐ寺に戻って会見の準備をするという。
李光も返事をしてから急いで馬を準備させ、その馬に忠信を乗せて馬を走らせる。
秀蘭たちが遅刻するのはあっても、自分たちが遅刻するのはあってはいけないと考えている。そんな事で向こうの風下に立ちたく無いからだ。
忠信たちは得正寺に戻ると、会見用の服装に着替えて本堂の外陣に座って待機する。1番前に忠信が座り、その後ろに朝安と李光に加え、10名の側近が控えていた。
得正寺に秀蘭が到着したと聞いてから約40分が経過。
あまりにも遅いので、忠信は「どうなっている! どれだけ待たせるのだ!」と床を叩いて怒りを露わにする。
「どうやら身支度に手間取っているようで……もう少々、お待ちくだされ」
「身支度に手間取っているだと? あの格好で身支度などあるのか? ただ待たせているだけか?」
配下の人間から秀蘭が、身支度に手間取っている為に時間がかかっていると報告を受けた。
しかしあんな格好をしておいて、なんの身支度があるのかと忠信は疑問を持った。その考えの中に、自分を待たせているだけでは無いかとも考える。
「もう十二分に待った! これ以上、時をかけるようならば、この会見は無かった事にする!」
40分も待たされているので、これ以上は待つ事はできないと忠信は叫んだ。これ以上の時間がかかるならば、今回の会見は無かった事にすると宣言した。
その発言をした瞬間、本望な襖がピシャッと開いた。
全員の視線が襖の方を向く。
そこにはさっきまでの派手な服ではなく、ピシッとした会見の席に似合うフォーマルな服だった。しかもそのフォーマルな服が、秀蘭によく似合っている。
派手な登場に家臣の人間や忠信、李光たちは大いに目を見開いて驚いているのである。
「お父上殿、遅れまして申し訳ございませぬ。このような服は着慣れてない故、着るのに手こずってしまいました」
「お おぉそうか……まぁ婿殿、座ってくれ」
「ありがとう存じまする。それでは失礼いたしまする」
秀蘭は笑いながら自分の服を、前と後ろを忠信に見せて着慣れていないから手間取った事を伝える。
謝罪を受けた忠信は頭の回るような言い方はできず、座るように自分の向かいの座布団を差す。これに秀蘭は「失礼いたしまする」と言って座布団に腰を下ろした。
この服装を変えて登場するという作戦と言うべきか、駆け引きというべきか。そんな事を考えたのは秀蘭の妻であり、忠信の娘である果耶だ。
それは秀蘭が城を出る少し前、服を着替えているところで果耶から伝えられた。
「なに? 行軍する時は、いつもの格好で行けと?」
「はい、そうでございます。父上は物好きでいらっしゃいながら、心配性なのでございます」
「物好きなのと心配性なのが、何か関係あるのか?」
「はい、大いにありまする。きっと父上は、どこかにお隠れになって旦那様の姿を確認するはずです。そこで派手な格好をしているのを見せる。さすればガッカリするでしょう、そこで威厳あるお姿で現れたら!」
「そのギャップにやられる……そういう事か?」
「その通りにございます」
忠信の事を娘として、よく知っているので行動を先読みしたのである。きっちりと秀蘭を、前もって確認するという忠信の行動を先読みしていた。
その前行動を読んだ上で、ガッカリさせてから威厳のある格好をすれば気に入ると考える。つまり下げて上げるという日本時代からある古典的な策である。
普通ならこんな手は通じないかもしれない。
しかしこのタイミングでやるとは思っておらず、さらには待たせるという事で判断を鈍らせていた。
「果耶、そなたの作戦で行くぞ! これはただの会見だと思っていたが……面白くなりそうでは無いか!」
「承知いたしました。犬っ! 服を持って参れ!」
「はは! 失礼いたしまする!」
果耶の作戦を気に入った秀蘭は、その作戦に乗る事を即決したのである。全くもって迷う事は無かった。
作戦が決行される事が決まった瞬間、果耶は部屋の外で待機していた吉丸を部屋の中に呼ぶ。
返事をしてから襖を開けて部屋の中に入って来る吉丸。その手には赤の金の派手な服が持たれていた。
「こ これはまた……とてつもなく派手だな」
「これくらいしなければギャップは起きませぬ。それと、こちらもお持ちになって下さい」
「これは干し柿か? さらに下げるってわけか。さすがは俺の嫁だ、面白い事を考える!」
思いつきもしなかった秀蘭は、さすが自分の嫁であると口を大きく開けながら笑うのである。
服装だけではなく干し柿まで渡してくる徹底ぶり。この一切の手加減の無さに、秀蘭は会見が楽しみになる。
そしてその作戦が、面白いようにピタッとハマった。
「お父上殿、私は仙道 渋谷守 秀蘭と申しまする。どうぞ、よろしくお願い申し上げまする!」
「う うむ私は果耶の父・里見 伏見守 忠信である。婿殿、そなたに会えた事を嬉しく思うぞ」
「はは! ありがたき幸せにございまする!」
ここで初めて相対した。
押しているか押されているのかで言えば、秀蘭の方が押していると言えるだろう。
しかし違いで言えば忠信の後ろには多くの家来が座っているのに対し、秀蘭の後ろには誰も座っていない。これがまさしく現状を表していると言えるだろう。
ここから会見が始まる。




