029:息を潜めて
秀蘭と忠信の会見は和帝暦16年(2176年)6月13日に、木曽川を超えた先にある得正寺で行なう。
会見の前日12日に、忠信は大広間に朝安と李光の2人を呼び出したのである。別に怒っているわけじゃなく、話したい事があるからと説明していた。
「お主たちを呼んだのは他では無い、婿殿についてだ」
「秀蘭殿についてですか? まさか今となって、会わないと言い出すわけではございませぬな?」
「そんな事あるわけ無かろう。ワシとて、婿殿に会うのは楽しみなんじゃ」
「さすれば何用でございましょうか? 大切な話であれば守人殿たちも呼ぶはず。我々にしか話せぬ事があるのではございませぬか?」
「朝安、分かっておるでは無いか! 今日、お前たちを呼んだのは婿殿の事を聞きたいからじゃ。話によれば、李光は1度愛河で婿殿を見た事があると言っておったな」
もしかしたら今さらになって会うのが、嫌になったのかと朝安と李光は思ったのである。
しかし実際は真逆で、会うのが楽しみなのだ。
李光は過去に愛河へと足を運んだ事があり、その時に秀蘭を目撃した事があった。その事を聞いていたので、秀蘭についての前情報を聞こうというわけだ。
「そういう事にございまするか。確かに愛河へと渡り、この目で秀蘭さまを拝見いたしました……しかしそれは遠くから、少し見ただけで」
「それでも構わん。お前の率直な感想を聞いて見たい、婿殿はどういう男だ?」
「は! 私の第一印象としましては……全くもって分かりませぬ! どういう男なのか、何を思っているのか………とてもじゃありませんが、私には見えませんでした」
李光が秀蘭について語る。
簡単に一言で言えば、自分なんかには計れぬ男。そう李光は複雑そうな表情を浮かべながら語った。
李光の言葉を聞いた忠信は「ほぉ」とだけ言う。
この言葉に全てが詰まっている。凡人と思っている人間からしたら、秀蘭のような男は底が見えず恐ろしい化け物に感じるのである。
まさしく吉丸たちが、忠信に底の見えぬ男と思った時と同じ原理だ。
「そこまでお館様が、秀蘭さまをお知りになりたいのでしたら、私に1つ案がございまする」
「おぉさすがは李光じゃ。して、その案とはなんぞ?」
「一目、秀蘭さまを拝見するというのはいかがでしょう」
「ん? どういう事じゃ? もっと分かりやすく申せ」
李光は忠信に、ある提案をした。
しかしその説明に忠信は首を傾げ、会見をするタイミングで会っても意味が無いだろうと思った。李光が言っているのは会見の前に、秀蘭を見に行こうという事だった。
改めて案を聞いた忠信は、どうやって見に行くのかと、さらに深掘りして李光の話を聞く。
「秀蘭さまが通るルートについては推測できまする。そこで近くにある建物の中に隠れ、秀蘭さまの様子を見る。これでいかがでしょうか?」
「うむ! 確かに会見の前に、婿殿の様子が見れれば面持ちも違うだろうな!」
「その通りでございまする。その時に秀蘭さまが、取るに足らぬ判断されたら会わぬというのも1つの案かと。そしてお館様が、ガッカリするような事があれば……その場で討ち取るというのもありではありませぬか?」
李光は建物に隠れて秀蘭の様子を伺う事を提案。
もしも気に入らなければ朝安が、秀蘭に「お館様は体調が悪い」という理由で欠席した事を伝え会わない。というのも考えの1つでは無いかと言うのだ。
さらには話を飛躍させ、秀蘭を見た時にガッカリするような人間ならば、討ち取るのもアリだと言う。
まさかそんな事を提案されるとは思っておらず、忠信は口を開けて驚く。朝安は忠信に、なんて事を言うのかとアワアワしている両極端の反応である。
そして数秒後に忠信は手を叩いて笑う。
「天晴れ! 李光、天晴れである!」
「はは! ありがとう存じまする!」
「お主の言う通りじゃ。確かに会うのは楽しみじゃが、もしも本当に、ただの大馬鹿者ならば討ち取ってやるわ。そしてそのまま愛河へと侵攻してやろうでは無いか!」
李光の考えた案を気に入った忠信は、この提案を受け入れる事にした。これなら会見の前に秀蘭の人となりを、それなりに知る事ができる。さらに気に入らないだけではなく、ガッカリするような事があれば秀蘭を討ち取ってから愛河に侵攻するという手を打てるのである。
自分の甥っ子が忠信を怒らせたのでは無いかと、ドキドキしていた。実際は気に入って怒るどころか、気分が良くなっているのでホッとした。
「よし! 明日、ワシを案内せよ!」
「はは! 承知いたしました!」
外に漏れたら面倒なので、今のところは3人だけの秘密として内密に決定する。
そして夜が明けて会見の日が訪れた。
李光は秀蘭軍が通るであろう場所を推測し、その近くにあるボロボロの空き家に息を殺して潜んでいた。
いつ来ても良いように、ジッと窓の外を隠れながら見ている。秀蘭は勘のいい人間なので、ちゃんと息を殺していなければバレてしまう可能性がある。
いつ来るんだ、いつ来るんだ。と、考えている時に後ろから「どうだ? 来たか?」と聞いてくる声が聞こえたので、李光は「まだにございまする」と答えた。
しかし直ぐに「ん?」と疑問を持って、後ろを振り返ると、李光の後ろにはイタズラ坊主のように笑っている忠信が立っていたのである。
李光は立ち上がり大きな声で「お館様!?」と頭を下げて挨拶をした。この挨拶に忠信は「そんなに大きな声を出すな」とバレる事を気にした。
急いで自分の口を、パッと塞いだ李光。
「ど どうしてここに!? 秀蘭軍がやって来たら、私が呼びに行く予定でしたよね?」
「あぁ確かに、お主が考えた案はそうじゃったな。しかしワシは待ち切れんのじゃ!」
「待ちきれんって言ったって……まだ安全を確保できていません! ここは私に任せお館様は、もう少しお待ちください」
昨日の話では、李光たちが見張りをして、自分のところにとやって来たら忠信に伝えるというもの。
ここに来て楽しみだからという理由で、忠信は作戦をフル無視してやって来てしまったのだ。
とにかくここから離れるように頼むが、楽しんでいる忠信の耳には入らず「構わんだろ?」と言って来た。下がって欲しいなんて言える空気ではなくなり、李光は「はぁ」と溜息を吐いてから見張りを続けた。
すると愛河の方から大群の歩く音が聞こえて来る。
李光は「おっ!」と言ってから立ち膝になって、軍勢が本当に秀蘭のモノであるかを確認する。
見る限りでは危険な分子は無さそうなので、とりあえず忠信に声をかけ「あちらが秀蘭さまの軍勢にございます」と言って忠信を窓辺に呼ぶのである。
忠信は「アレが婿殿の軍勢か!」と興奮した。
秀蘭の軍勢を目にした忠信は「これは……」と溢す。
「200から300と言ったところでしょうか? 完全武装していますね。どうやら秀蘭さまは、警戒なされて居るみたいですね」
「あぁ鉄砲隊まで用意して、完全に何かあったら戦える用意をしておる」
秀蘭の軍は完全武装をしており、襲われても戦える準備をしているのである。




